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基礎生物学研究所

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2017.05.15

幹細胞化する細胞がとなりの細胞の幹細胞化を抑制することをコケ植物で発見

名古屋大学

自然科学研究機構 基礎生物学研究所

金沢大学

 

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM、拠点長 伊丹 健一郎)の佐藤 良勝(さとう よしかつ)特任講師、金沢大学の西山 智明(にしやま ともあき)助教、基礎生物学研究所/総合研究大学院大学の長谷部 光泰(はせべ みつやす)教授らを中心とした研究グループは、コケ植物ヒメツリガネゴケの再生能力に着目して研究していたところ、分化した葉から1つの細胞だけをとり出し培養した場合でも、その細胞が90%以上の高頻度で直接幹細胞化し植物個体をつくりなおす飛び抜けた再生能力があることがわかりました。

 その一方で、となり合う2つの細胞をとり出し培養した場合には、2つの細胞のうち、片方の細胞だけが幹細胞化することが多く、両方の細胞が再生する頻度は低いことがわかりました。このことは、先に幹細胞化した細胞がとなりの細胞の幹細胞化を抑制していることを示しています。幹細胞化の抑制はおそらく通常の発生過程の制御においても重要と考えられ、今後、幹細胞化を抑制するシグナル物質の実体が明らかになることにより、植物の通常の発生過程における幹細胞の機能の解明に繋がることが期待されます。

 また、2つの細胞の性質が子孫をつくる幹細胞と直接子孫をつくらない分化細胞に分かれることは、多細胞生物進化において本質的なことであり、この抑制システムの解明は多細胞体制進化の理解につながると期待されます。

 この研究成果は、平成29年5月15日(月)午後6時(日本時間)英国国科学雑誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)」に掲載されます。この研究は、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業ERATO、日本学術振興会科学研究費補助金、文部科学省最先端研究基盤事業植物科学最先端研究拠点ネットワークなどの支援のもと行われました。

 

【ポイント】

 ヒメツリガネゴケの個体からとり出された体細胞(分化細胞)は、1つの細胞から90%以上の高頻度に幹細胞化し個体をつくりなおすことができます。一方、となり合う2つの分化細胞をとり出した場合には、片方の細胞だけが幹細胞化し、となりの細胞の幹細胞化は抑制されることが分かりました。

 

【研究背景と内容】

 多細胞生物の体は、性質の異なる細胞からなっています。この異なる細胞を作るにあたって重要な役割を果たすのが幹細胞です。幹細胞とは、細胞分裂によって自分と同じ細胞を作る(自己複製する)能力と、性質の異なる細胞を作る(分化する)能力をもつ細胞です。幹細胞から生じた分化した細胞には通常分裂しなくなるような細胞もありますが、こうした分化細胞も幹細胞へと戻ることができ、この現象はリプログラミングと呼ばれています。植物は比較的リプログラミングされやすいことが知られていますが、とりわけコケ植物のリプログラミング能力は高く、個体から切り離した葉の一部の細胞から幹細胞がつくりなおされることが知られています。この時、植物ホルモン処理や遺伝子導入など特別な処理を用いる必要もありません。

 

 研究グループは、コケ植物のヒメツリガネゴケを用いて、リプログラミングの過程を詳しく観察しました。分化した葉の一部を切り取りさらに小さく刻み、ついには1つの細胞だけとり出して培養したところ、細胞は90%以上の高い頻度でリプログラミングされ直接幹細胞化されました(図1左)。そして、とり出された細胞は培養4週間後には再び茎葉構造をもつ個体を再生させました(図1右)。

 

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図1 分化細胞1つからの幹細胞化 葉の分化細胞1つからでも容易に再生し個体をつくりなおすことができる。左図の細胞はカーボンナイフを用いて周囲の細胞を手動で切り取っている。右図ではマイクロダイセクション装置を用いて生きている細胞を1つだけにしている。

 

 このように、研究グループはとり出された1つの細胞に高いリプログラミング能力があることを明らかにしました。一方、葉の一部を切り取ったときのような複数の生きている細胞がある場合には、すべての細胞が幹細胞化してしまうようなことはありません。そこで、複数の細胞があるときには、細胞と細胞のコミュニケーションにより一部の細胞しか幹細胞化されない仕組みがあるのではないかと考えました。実際にとなり合う2つ細胞を単離して培養したところ、1つの細胞をとり出した場合と比べて幹細胞化する割合が顕著に低下することがわかりました(図2)。一方、1つの死細胞を挟んだ2つの細胞をとり出した場合には、幹細胞化する割合は低下しませんでした。このような単純な実験により、幹細胞になる運命の細胞が周囲の細胞の幹細胞化を抑制することが示されました。また、抑制は葉の葉脈に沿った方向の方が強く働くこともわかりました。

 

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図2 細胞間コミュニケーションによる幹細胞化の抑制 1つの細胞をとり出した場合にはほとんどの細胞が幹細胞化するが、葉の葉脈に平行にとなり合う2つの細胞をとり出した場合、幹細胞化の割合が顕著に低下する。

 

 さらに、研究グループは、細胞分裂にともなうDNA合成を調べました。となり合う2つの細胞において、DNA合成は幹細胞化した細胞だけで見られ、幹細胞化しなかった細胞には見られませんでした(図3)。このことから、細胞間コミュニケーションによる幹細胞化の抑制は、DNA合成よりも前の段階に働いていることがわかりました。

 

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図3 となり合う2つの細胞におけるDNA合成 DNA合成は幹細胞化した細胞だけで観察され、幹細胞化しなかった細胞では観察されない。(DNAの構成成分に似たEdUという物質を取り込ませた後に化学反応により蛍光体を付加し、新たに合成されたDNAを区別して観察している)。

 

 本研究から、ヒメツリガネゴケの分化細胞は、1つの細胞からでも直接幹細胞化する能力があり、幹細胞になる運命の細胞は周囲の細胞の幹細胞化を抑制する機能をもつことがわかりました。また、抑制機構は葉の軸に対する方向性があり、抑制される細胞におけるDNA合成の進行よりも前に働いていることもわかりました(図4)。

 

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図4 幹細胞化した細胞によるとなりの細胞の幹細胞化抑制 幹細胞がつくる未同定の抑制シグナルが存在し、すべての細胞が幹細胞にならないように幹細胞化を抑制していると考えられます。

 

【成果の意義】

 2つの細胞間のコミュニケーションによって、どちらか一方の細胞が幹細胞化することがわかりました。今後、抑制シグナルの実体を明らかにすることにより、リプログラミング過程だけでなく通常の発生過程における幹細胞の機能が明らかなることが期待されます。また、2つの細胞の性質が子孫をつくる幹細胞と直接子孫をつくらない分化細胞に分かれることは、多細胞生物進化において本質的なことであり、この抑制システムの解明は多細胞体制進化の理解につながると期待されます。

 

【用語説明】

*  1 マイクロダイセクション装置: レーザー照射装置が顕微鏡に搭載され、顕微鏡下でレーザー照射により細胞の破壊、切り出し、回収が可能な装置のこと。

 

【論文名】 

発表雑誌:Scientific Reports(サイエンティフィック・レポーツ)

論文名:Cells reprogramming to stem cells inhibit the reprogramming of adjacent cells in the moss Physcomitrella patens

著者:Yoshikatsu Sato, Nagisa Sugimoto, Tadayoshi Hirai, Akihiro Imai, Minoru Kubo, Yuji Hiwatashi, Tomoaki Nishiyama, Mitsuyasu Hasebe

DOI: 10.1038/s41598-017-01786-1

論文公開日:平成29年5月15日(月)(日本時間午後6時)

 

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>

佐藤 良勝(サトウ ヨシカツ)

名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所特任講師

Tel: 052-789-2970

E-mail:sato.yoshikatsu@i.mbox.nagoya-u.ac.jp

 

<報道に関すること>

名古屋大学 総務部広報渉外課

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E-mail:kouho@adm.nagoya-u.ac.jp

 

自然科学研究機構 基礎生物学研究所 広報室

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金沢大学 総務部広報室

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