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2016年01月18日
生物の形態を定量的に記述する画像情報解析手法の開発

自然科学研究機構 新分野創成センター

自然科学研究機構 基礎生物学研究所

 

 

生物の形態を定量的に記述する画像情報解析手法の開発

 

自然科学研究機構新分野創成センターイメージングサイエンス研究分野の木森義隆特任助教と基礎生物学研究所の真野昌二助教らの研究グループは、 数理形態学*1に基づく画像処理理論を用い、画像中から生物形態情報を抽出し、定量的に記述する手法を開発しました。この成果は、理論生物学専門誌 Journal of Theoretical Biology に掲載されました。

 

【背景】

生物科学の諸分野においては、解析対象の構造や動態は多様な方法で可視化され、画像として記録されます。研究を行うには、そのような画像データから情報を抽出して、生命現象をより理論的に捉えることが大切で、現在、数理モデルの構築やコンピュータシミュレーションを駆使して多くの取り組みが行われています。この実現のためには、画像データから解析に有用な情報を抽出し、それを数量的に表現できるような画像処理・解析過程が必要になります。これまでは主として、マニュアル操作による情報抽出が行われてきましたが、客観性や再現性、さらには反証可能性を担保するという観点からみると問題が残る場合もあります。また、大容量のデータ処理や目視では識別できないような微細な構造の記述など、人手では対応が困難な処理も多く存在します。とりわけ、生物試料の複雑な形態情報を定量的に取り扱うことは難しく、未だ定まった方法もありません。このような背景を踏まえ、本研究では、数理形態学と呼ばれる数理体系を基礎とする画像処理理論を用い、画像中から生物形態情報を抽出し、定量的に記述する手法を開発しました。今回、この手法を用いて、シロイヌナズナの根毛細胞における細胞骨格(アクチンフィラメント)の構造解析に成功しました。

 

【研究手法と成果】

本研究では、シロイヌナズナのrhd3変異体における細胞骨格の形態異常を野生型と比較することにより、その差を定量的に記述しました。根毛細胞は、根の表皮細胞から外側に向かって伸びる毛のような構造をしており、土壌中の水や栄養分を吸収する働きがあります。シロイヌナズナのrhd3変異体は、この根毛細胞が短く波状になってしまう表現型を示します。これまでの解析から、細胞内のオルガネラや小胞の輸送が異常になっており、それはオルガネラや小胞が移動するのに利用するレールのような役割をするアクチンフィラメントの異常によることが報告されていましたが、実際にアクチンフィラメントがどのように異常となっているかは明らかにされていませんでした。

図1に野生型(WT)および変異体(rhd3)の細胞骨格像(蛍光顕微鏡像)を、それぞれ3例示しています。野生型では、フィラメント径が細く、複雑なネットワーク構造をもっていることに対し、変異体では、個々のフィラメントが束化して太く、野生型で観察されるネットワークのような複雑な構造がありません。しかし、目視でこのような表現型の記述はできても、それらの差異を数量的に把握することはできませんでした。そこで本研究では、野生型と変異体それぞれの表現型を定量的に記述する画像解析手法を開発しました。

 

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図1 シロイヌナズナ根毛細胞における細胞骨格(アクチンフィラメント)。野生型(WT)および変異体(rhd3)の細胞骨格像をそれぞれ3例示す(スケールバー:20μm)。

 

 

まず、画像中から解析対象領域を自動で切り出す、画像セグメンテーション手法および、フィラメントの形態特徴量の抽出する手法を構築しました。形態特徴量として、フィラメントの太さ(T: thickness)、方向性(MOI: multi-orientation index)および、二次元ネットワークパターンの複雑さ(C: complexity)の3つを抽出しました。この処理過程を図2に示します。

次に、以下の手法を導入し、形態特徴量を計測しました。

(1) フィラメントの太さ(T)の計測:数理形態学に基づくpattern spectrum*2解析

(2) フィラメントの走行方向(MOI)の計測:Opening演算に基づく多方向性解析

(3) フィラメントのネットワークパターンの複雑さ(C)の計測:フラクタル次元解析

最終的には、二次元空間でのフィラメント構造の複雑さを表す、(2)と(3)を統合してひとつの特徴量(BFPF: binarized filament pattern feature)にしました。

 

 

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図2 自動セグメンテーションによる細胞骨格の抽出。(a)原画像 (スケールバー:20μm)。(b)細胞領域のセグメンテーション結果。白画素の領域が細胞領域を、灰色の画素領域が背景を表す。(c)細胞骨格領域の抽出。(b)をセグメンテーションマスクとして、(a)から解析対象領域を抽出した。(d)アクチンフィラメントのセグメンテーション結果。(e)アクチンフィラメントの骨格線表示。形態特徴量であるフィラメントの太さ(T)、フィラメントの走行方向(MOI)、フィラメントのネットワークパターンの複雑さ(C)は、それぞれ、画像(c)、(d)、(e)から抽出した。

 

 

 解析の結果、野生型と変異体の細胞骨格フィラメントの形態特徴量は有意差をもって異なることがわかりました。変異体におけるフィラメントの形態は、野生型に比べフィラメント径が太く、またそれに伴い、フィラメントの二次元空間分布構造がより単純であることがわかりました。また、特徴量TおよびBFPFで張られる二次元特徴空間に解析結果をプロットしてみると(図3)、変異体のフィラメント形態は2つのクラス(Class 1,Class 2)に分かれることが分かりました。Class 2ではフィラメントの太さの平均値は小さくかつ構造の複雑性は比較的大きくなりました(野生型に近い形態特徴を呈す)。これに対し、Class 1では、フィラメントが太く、構造の複雑性が小さくなりました。これは、細胞の週齢による違いということが考えられます。週齢が小さいと表現型は野生型に近くなり、週齢が進むにつれ、Class 1の表現型に変化することが推測されます。形態特徴量の値から、変異体におけるアクチンフィラメントの構造変化は、初期では局所的に生じ、週齢とともに、細胞領域全体に波及していくことが示唆されます。

 

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図3 形態解析結果。アクチンフィラメントの形態を示す特徴量である、太さT(y軸)および走行方向(MOI)とネットワークパターンの複雑さ(C)の統合量BFPF(x軸)の2次元特徴空間に、野生型および変異体の画像それぞれ15例についての計測値をプロットした(左側)。野生型および変異体のアクチンフィラメント形態は有意な差をもって区別できた。また、変異体のアクチンフィラメント形態は2つのパターンに分類することができた。線形判別分析を行った結果、判別関数y = −28.113x + 50.210(点線で示す)で、2つのクラス(Class 1およびClass 2)に分離できた。それぞれのクラスに属する画像3例を散布図の右側に示す。さらに、Class 1のデータに対し、回帰分析を行ったところ、回帰直線y = −6.560x + 13.051(実線で示す)にフィットした(決定係数R2 = 0.834)。この関係式により、Class 1の表現型として、フィラメント径が太くなるにつれネットワーク構造の複雑さが低減することを表現できる。

 

【今後の期待】

本研究では、数理形態学に基づく画像処理理論を用い、生物形態情報を抽出し、定量的に記述する手法を開発しました。これに基づき、これまで定性的にしか表現できなかった細胞骨格の形態情報を、フィラメントの太さや構造複雑性などの特徴量を用い、定量的に表現することが可能となりました。また、野生型と変異体の表現型の差や変異体の微妙な形態的差異を検出し、数量化することを可能にしました。本手法は、アクチンフィラメントのみならず、タンパク質、細胞レベルから組織レベルにおける、フィラメント形状やネットワーク形状の構造をもつ多様な生物学的、医学的な研究対象(微小管や中間径フィラメントなどの細胞骨格やオルガネラ、神経細胞の樹状突起、さらには組織中の血管構造や乳腺構築など)の形態解析に適用可能であると考えられます。今後、汎用性や頑健性がより高まるよう改良を加えていくことにより、本手法が生物の理論研究にとって、有用な基礎ツールのひとつとなることが期待されます。

 

【用語解説】

*1 数理形態学 (英語ではmathematical morphology) :画像に含まれる様々な構造を数学的に解析することを目的とした、集合論に基づく理論体系。数理形態学は画像中の局所的な情報を用いた演算により多様な画像処理・解析手法を提供する。代表的なものにopeningやclosingと呼ばれる非線形画像処理フィルタがある。

*2 Pattern spectrum:数理形態学を用いた形態の記述手法。画像中の解析対象領域を構成する様々なサイズの構造に関する密度関数を与える。領域中にどのようなサイズの構造がどの程度含まれているのかを定量的に記述することができる。

 

【論文情報】

Journal of Theoretical Biology 2016年1月21日付掲載 (オンライン版先行公開済み)

論文タイトル: Quantifying morphological features of actin cytoskeletal filaments in plant cells based on mathematical morphology

著者: Kimori Y, Hikino K, Nishimura M, Mano S.

 

【研究サポート】

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(科研費)および自然科学研究機構若手研究者による分野間連携研究プロジェクトの支援を受けて行われました。

 

【本研究に関するお問い合わせ先】

自然科学研究機構 新分野創成センター イメージングサイエンス研究分野

特任助教 木森 義隆(キモリ ヨシタカ)

TEL: 0564-59-5885(研究室)

E-mail: kimori@orion.ac.jp

 

自然科学研究機構 基礎生物学研究所

助教 真野 昌二(マノ ショウジ)

TEL: 0564-55-7504(研究室)

E-mail: mano@nibb.ac.jp

 

【報道担当】

自然科学研究機構(NINS)

研究力強化推進本部 小泉 周  

事務局 企画連携課 木村 隼生

E-mail:a.koizumi@nins.jp [広報担当:小泉]

    nins-kikakurenkei@nins.jp [企画連携課]

電話:03-5425-1898 FAX:03-5425-2049

 

基礎生物学研究所 広報室

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