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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2015.10.06

女性ホルモンであるエストロゲンの受容体は膣上皮の分化を制御する

 岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所・分子環境生物学研究部門の宮川信一助教と井口泰泉教授の研究グループは、女性ホルモンであるエストロゲンが、マウスの膣上皮における細胞増殖と分化をどのように制御しているのか、一連の分子メカニズムを明らかにしました。この研究成果は米国東部時間2015年10月5日発行の米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)に掲載されました。

 

【背景】

 エストロゲンは主に卵巣から分泌される女性ホルモンで、その働きは多岐にわたり、女性の生殖器官(輸卵管・子宮・膣・乳腺など)だけではなく、骨や血管、神経・脳にも作用して、生体の恒常性維持に大切な役割を果たしています。特に女性の生殖器官では、体内のエストロゲン濃度によって細胞増殖が厳密に制御されています(例えば女性の月経周期)。しかし、エストロゲンが、どのように生殖器官の細胞増殖をコントロールしているのか、実はあまりよくわかっていません。また、エストロゲンが関わる癌の研究は、株化された癌細胞(培養細胞)で長い間研究されてきました。しかし、生体の環境はより複雑で、少なくとも上皮と間質があり、その相互作用を考慮する必要があります。

 本研究グループは、マウスの膣上皮をモデルにして、エストロゲンの作用を研究してきました。マウス膣上皮では、エストロゲンが作用すると、基底細胞の増殖が刺激されて、角化細胞に分化しながら上層に移動してケラチン化され、最後にはがれ落ちます(これは、皮膚でアカがはがれ落ちるのと同じです)(図1)。このように、エストロゲンによってダイナミックな形態変化が起きるので、マウスの膣はエストロゲンの作用を観察しやすい器官です。本研究では、上皮と間質の相互作用という観点から、エストロゲンがどのように膣上皮細胞の増殖や分化を誘導しているのか調べました。

 

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図1. エストロゲンによるマウス膣上皮の組織変化。エストロゲンがない状態ではマウスの膣上皮は2-3層の薄い構造となっている(左)。エストロゲンによって刺激されると、上皮の基底細胞が増殖し、角化細胞に分化して、上層に移動する。やがて、ケラチン化して、はがれ落ちる。

 

【研究成果】 

 エストロゲンは、細胞内でエストロゲン受容体(Estrogen receptor 1; ESR1)に結合して作用します。本研究では膣上皮におけるエストロゲンの作用を解析するために、膣上皮細胞のみでESR1を欠損させたマウスを作成し、解析を行いました。本来、ESR1は、上皮細胞とその下部に存在する間質細胞の両方で発現するのですが、この遺伝子改変マウス(K5-ESR1CKOマウス)では上皮細胞での発現がなくなっています(図2上段)。K5-ESR1CKOマウスを用いて、エストロゲンに対する反応性を調べると、膣上皮にESR1がなくても、上皮は細胞増殖し多層化することが分かりました(図2下段)。したがって、上皮の細胞増殖は、上皮に直接エストロゲンが作用するのではなく、間質細胞に発現するESR1を介しているということが分かりました。一方、K5-ESR1CKOマウスの上皮は、細胞増殖はしますが、角化細胞への分化やケラチン化が生じないことがわかりました(図2下段)。分化できなかった細胞は、細胞増殖能を保ったまま、上層に上がっていきます(通常、分化した細胞は細胞増殖が止まります)。この結果は、上皮細胞の分化には、上皮細胞自身のESR1が必要であることを示しています。さらに、細胞が分化する際には、上皮細胞のESR1は、アンフィレギュリンなどの分泌性タンパクの発現を増加させ、これが角化細胞への分化に必要であることも分かりました。

 以上の結果から、エストロゲンはまず間質細胞のESR1を介して作用して上皮の細胞増殖を間接的に活性化し、その後、上皮細胞自身のESR1を介してケラチン化を誘導することが明らかとなりました(図3)。

 

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図2. (上段)エストロゲン受容体ESR1の発現。左のコントロールでは、上皮と間質両方に茶色く染まったESR1が検出される。右のK5-ESR1CKOマウスでは、間質ではESR1は発現しているが、上皮では発現が見られない。(下段)HE染色による組織染色。左のコントロールでは、上皮は多層化して、最上層はケラチン化している。一方右側の右のK5-ESR1CKOマウスは、多層化はしているが、最上層はケラチン化していない。

 

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図3. エストロゲンによる、膣上皮細胞の細胞増殖・分化の流れの模式図。

 

【本研究の意義と今後の展望】

 女性ホルモンは生体の恒常性維持、生殖、発生・分化をはじめとした様々な局面で重要な機能を果たしていますが、その反面、エストロゲンが正しく働かなくなると、様々な病態(癌など)の要因となります。エストロゲンが、生殖器官の細胞増殖をどのように制御しているか、という問題は古典的なテーマでありながら、今まで適切な実験モデルがないために、詳しくは分かっていませんでした。今回、遺伝子改変マウスを用いて、膣組織において上皮細胞のエストロゲン受容体ESR1は、適切な分化(ケラチン化)のスイッチに必要であることが分かりました。また、上皮細胞にESR1がないと、分化のスイッチが入らずに細胞増殖のスイッチが入りっぱなしになってしまうことが明らかになりました。一般的には、生殖器系の癌の進行は、ESR1の発現が低下するにつれて悪性度が増していくことがわかっています。本研究の成果は、エストロゲンの関わる多くの病態(子宮内膜症や癌など)の発生メカニズムやその対処法を考えるうえで重要な知見となります。今後、他の癌誘発系モデルと組み合わせることにより、女性ホルモンの関わる癌の研究に貢献できると思われます。

 

【発表雑誌】

米国科学アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)  2015年10月5日号掲載

論文タイトル:Epithelial estrogen receptor 1 intrinsically mediates squamous differentiation in the mouse vagina

著者:Shinichi Miyagawa, Taisen Iguchi

 

【研究グループ】

本研究は、基礎生物学研究所 分子環境生物学研究部門の宮川信一助教、井口泰泉教授らの研究グループによって実施されました。

 

【研究サポート】

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(科研費)及び厚生労働省科学研究費補助金の支援を受けて行われました。

 

【本件に関するお問い合わせ先】

岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所

分子環境生物学研究部門

 

教授: 井口 泰泉 (イグチ タイセン)

TEL: 0564-59-5238 (研究室)

E-mail: taisen@nibb.ac.jp

 

助教: 宮川 信一 (ミヤガワ シンイチ)

TEL: 0564-59-5235 (研究室)

E-mail: miyagawa@nibb.ac.jp

 

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

TEL: 0564-55-7628

FAX: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp