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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2015.10.01

マウス大脳運動野を光刺激することで多様な運動パターンの脳マップを得ることに成功

 朝目覚めてから夜眠りに就くまで、私たちは様々な行動をしています。歩く、走るといった移動を伴う行動や、ご飯を食べる、水を飲む、危険を回避する、といった生命維持に必要な行動、字を書く、スマートフォンを操作するといった、道具を使った行動など、私たちの行動は実に多様です。またこうした運動のそれぞれには、一連の運動がリズミカルに繰り返される場合や、始点から終点までが一つのセットとして独立している場合といった、パターンがあります。大脳の運動野は、こうした運動を意図的に実行するときに働くと考えられていますが、大脳のどの領域がこうした複雑な一連の運動を生成しているのかは正確にはわかっていません。

 

 今回、基礎生物学研究所の平理一郎助教、寺田晋一郎大学院生、近藤将史研究員、松崎政紀教授の研究チームは、光に応答して神経活動を誘発させる技術を用いて、マウスの大脳運動野領域を網羅的に特定周波数で刺激することにより、様々なタイプの運動を誘発することに成功し、これらの運動を司る大脳の領域を詳細にマップすることに成功しました。誘発された運動は、走る・掘る、といったリズミカルな運動と、手を口に持っていく・手を足の方に延ばす、といった開始点から終点までの直線的で離散的な運動の2つのタイプに分類することができ、「リズミカルな運動を誘発する運動野の領域」が「離散的な運動を誘発する2つの領域」に挟まれて配置されていることが新たにわかりました。この成果は、The Journal of Neuroscience誌 9月30日号に掲載されました。

 

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図1 (A) 実験の模式図。オプトジェネティクスの手法により、大脳運動野にパルス状の光刺激を施し、運動パターンを誘発した。チャネルロドプシン2(ChR2)を介して、青色光が神経活動に変換され、最終的に運動パターンに変換される。(B)光刺激によって誘発される、離散的な運動(左)とリズミカルな運動(右)の例。高速ビデオカメラを用いて撮影を行い、右前肢の軌跡を解析した。 (C) 従来のマウスの大脳皮質の領域区分。(D)本研究により新たに得られた、リズミカルな運動(緑)と離散的な運動(マジェンタ)が誘発される脳領域のマップ。リズミカルな運動が誘発される領域が散在的な運動が誘発される領域に挟まれたサンドイッチ構造が確認できる。右のマップ上の小さな矢印は、誘発された運動の上から見た時の方向と距離を示している。

 

【背景】

 朝目覚めてから夜眠りにつくまで、私たちは様々な行動をしています。歩く、走るといった移動を伴う行動や、ご飯を食べる、水を飲む、危険を回避する、といった生命維持に必要な行動、字を書く、スマートフォンを操作するといった、道具を使った行動など、私たちの行動は実に多様です。大脳の運動野は、こうした運動を意図的に実行するときに働くと考えられています。脳梗塞で運動野を損傷すると体を思い通りに動かすことが難しくなるのはこのためです。

 

 大脳運動野は、その中のどの場所が手の動きに対応しているのか、あるいは足、口、目の動きに対応しているのか、といったことは詳細にわかっています。つまり、体の部位と大脳運動野の場所の対応関係は詳細に調べられてきました。しかしながら、私たちの意図的な行動は、いろいろな体の部位を協調して動かすことで成り立っています。そのような複雑な一連の運動は、大脳のどこに存在しているのか、正確にはわかっていません。特に、複雑な運動にはリズミカルなパターンや、開始点から終点まで直線的に動くような離散的なパターンがありますが、そうした異なるタイプのパターン(ダイナミクス)を持った運動は大脳運動野にどのように配置されているのかは、不明な点が多く残されています。

 

 【研究の成果】

 近年開発が進んでいる、オプトジェネティクスという技術を用いると、神経細胞活動を青色レーザー光によって誘発させられることが知られています。これまで私たちの先行研究などによって、パルス状の光刺激を運動野に施すことで運動が誘発されることはわかっていました。今回私たちは、この光刺激を覚醒中のマウスの大脳皮質上で、場所や周波数、刺激時間を調整して施すことで、様々な運動タイプを誘発することに成功しました。誘発された運動の性質を知るため、私たちはまず左の大脳半球を刺激したときの右前肢の動きを調べることにしました。右前肢をマーキングし、2台の高速ビデオカメラでその動きを追跡することで、右前肢の3次元空間上での軌跡を記録しながら、大脳運動野を含む領域を16×8のポイントに分け、このそれぞれに対し光刺激を施しました。

 

 図1に示すように、右前肢の動きのパターンに注目すると、大きく2つの運動タイプが存在することがわかりました。ひとつは「リズミカルな運動パターン」で、もう一つは開始点から終点まで直線的に動くような「離散的な運動パターン」です。リズミカルなパターンはしばしば実験者の目には走っているように映り、離散的なパターンは口に手を伸ばして何かを食べているかのような動きに見えることがありました。リズミカルな運動を定量的に調べるため、右前肢運動の軌跡をフーリエ変換し、5-15Hzの運動成分のサイズ(パワー)を算出しました。また、離散的な運動に対しては、運動のスピードがベル型の関数でどの程度近似できるかを指標として算出しました。これらをリズム運動インデックス、離散運動インデックスと呼ぶことにしました。これらのインデックスを使って、リズム運動と離散運動を大脳皮質上にマップすると、二つの離散運動誘発領域がリズム運動誘発領域を挟み込んだ、サンドイッチ構造が存在することが明らかとなりました(図1D)。

 

 リズム運動や離散運動は、右前肢の動きに着目したときにそのようにカテゴリ化されましたが、他の体の部位の動きも同時に観察した場合、誘発される運動はどのように分類できるでしょうか。これを検討するために、光刺激によって誘発される運動をビデオに収め、これを実験後に丹念に調べました。その結果、意味を持った運動パターンが少なくとも3種類見出されました。この3種類、すなわち、歩行様運動(locomotion-like movement)、前肢-口運動(forepaw-to-mouth movement)、防御様運動(defensive-like movement)は、調べたすべてのマウスで見出され、ほぼ同じ場所の刺激によって誘発されることがわかりました。図2のように、歩行様運動はリズム運動領域に、前肢-口運動は離散運動領域にマップされました。

 

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図2 複雑運動の誘発とマッピング。(A-C) 複雑な運動の3つのタイプ。(A)前肢-口運動、(B)防御様運動、(C)歩行様運動。(D)3つの複雑な運動タイプを誘発した刺激点を大脳皮質上にマップした。色はA-Cに対応している。

 

 動物の行動は、体の各部位が協調的に連動するだけでなく、環境中に存在する物体によって様々な相貌を呈します。これを調べるため、前後に押したり引いたりすることができるレバーをマウスの手の届く範囲に配置し、大脳運動野において光刺激を行ってみました。その結果、レバーを押す領域と引く領域が分かれてマッピングされました(図3)。さらに、これらの領域の境界線はリズム運動と離散運動の境界線とほぼ重なりました。環境との相互作用によって、見た目の異なる運動が生じたように見えても、大脳皮質の内部回路のモジュールは一定なのではないかということが示唆されました。

 

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図3 レバー押し引き運動の誘発とマッピング (A)実験状況の模式図。(B) レバー押し引き運動の誘発。ALMと呼ばれる領域付近を刺激するとレバー押し運動が多く誘発され、CFAと呼ばれる領域付近を刺激するとレバー引き運動が多く誘発された。(C)レバー押し運動(左)とレバー引き運動(右)の相対的な割合を大脳皮質上にマップした。

 

 このように、本研究では、動物が発する様々な運動が大脳皮質運動野のどの場所から誘導されるのかを調べ、いろいろな観点から誘発運動の特徴を解析しました。その結果、リズミカル運動と離散的運動との対比や、レバー押し引き運動いった道具を使用した運動のマップが新しく得られました。現実の動物の運動は、環境中の様々な物体や文脈に応じて選択され、一連のシークエンスとなって目的を遂行しようとします。本研究はそうした目的志向性を有する行為が如何に大脳に表現されているかという問題に手がかりを与えるものであると考えられます。

 

【研究グループ】

本研究は、基礎生物学研究所の平理一郎助教、寺田晋一郎大学院生、近藤将史研究員、松崎政紀教授による研究です。

 

【発表雑誌】

米国科学雑誌 The Journal of Neuroscience 2015年9月30日号掲載

"Distinct functional modules for discrete and rhythmic forelimb movements in the mouse motor cortex"

「マウス大脳運動皮質における前肢の離散・リズム運動のための機能モジュール」

著者:Riichiro Hira, Shin-Ichiro Terada, Masashi Kondo and Masanori Matsuzaki

 

【研究サポート】

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」領域のサポートを受けて行われました。また、文部科学省科学研究費補助金および日本医療研究開発機構「脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」のサポートを受けました。

 

【本件に関する問い合わせ先】

基礎生物学研究所 光脳回路研究部門

教授 松崎 政紀 (マツザキ マサノリ)

TEL: 0564-55-7681

E-mail: mzakim@nibb.ac.jp

 

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

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