English

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

ニュース

プレスリリース詳細

2015.01.19

宿主植物は植物ホルモン「ジベレリン」により共生菌「アーバスキュラー菌根菌」の感染を負にも正にも調節する

 独立して存在しているように見える個々の生物も、様々な生物同士の関わり合いの上に成り立っています。陸上植物の多くは、アーバスキュラー菌根菌と呼ばれる菌類と根において共生関係を構築することで、土壌中から植物の栄養となるリン酸などを効果的に集め、生育促進効果を得ていることが知られています。基礎生物学研究所の武田直也助教および川口正代司教授らは、理化学研究所環境資源科学研究センターの榊原均グループディレクターらとの共同研究により、植物とアーバスキュラー菌根菌の共生の開始点となる感染過程が、植物ホルモンのジベレリンによって負にも正にも調節されていることを明らかにしました。ジベレリンが植物とアーバスキュラー菌根菌の共生に負の作用を持つことはこれまでにも報告がありましが、正の作用があることが本研究によって初めて示されました。この成果は植物生理学専門誌の“Plant Physiology” 2月号に掲載されます。

 

【研究の背景】

 陸上植物の多くは糸状菌の仲間であるアーバスキュラー菌根菌*1と共生関係を結ぶことができ、この共生による効率的な栄養の取得は、宿主植物に大きな生育促進効果をもたらします。アーバスキュラー菌根菌(以下、菌根菌)は、土壌中で宿主植物の根に付着し、細胞間隙を縫うように根の内部へ侵入、樹枝状体や嚢状体と呼ばれる共生器官を形成しつつ、根内に菌糸を張り巡らせていきます(図1)。その一方で、土壌中に長く伸ばした菌糸によりリン酸などの栄養分を集め、樹枝状体を介して宿主植物に供給すると共に、自身も宿主植物から光合成産物などを受け取ります。共生による栄養供給能の利用を目指し、菌根共生の制御機構に関する研究が、近年、植物・共生菌の双方から活発に行われるようになっています。

 

fig1.jpg

図1.菌根菌の宿主植物への感染過程の模式

 

 本研究では、この菌根菌の一種Rhizophagus irregularisの宿主への感染過程における植物ホルモン「ジベレリン」の機能についての解析を、マメ科植物ミヤコグサ(Lotus japonicus)を用いて行い、ジベレリン濃度変化が共生菌感染にもたらす正負の作用について報告しています。

 

【研究成果】

 本研究グループでは、菌根菌が感染したミヤコグサ根において、遺伝子の働きの変動を網羅的に解析しました。その結果、菌根菌感染により、ミヤコグサ根でジベレリン合成・代謝経路が活性化されることが判明しました。ミヤコグサ根の植物ホルモンの定量実験からもジベレリン濃度の上昇を確認しました。

 

 次に、ジベレリン濃度変動が菌根菌感染に及ぼす影響を解析するため、ジベレリンおよびジベレリン合成阻害剤を添加し、ジベレリン濃度を変化させた時の宿主根への菌根菌感染の変化を観察しました。

 

 先行研究において、ジベレリンの添加が菌根菌感染を阻害することが報告されていました。本研究においても、ジベレリンの添加は感染率を大きく低下させることがわかり、そしてこの阻害が、菌根菌の表皮から根内部への侵入過程で見られることが明らかとなりました。一方、ジベレリン合成阻害剤であるウニコナゾールPを添加しジベレリン濃度を低下させると、根内部での菌糸の分岐が抑制され、樹枝状体形成率などの低下が見られました。この現象はジベレリンシグナルを抑制させた形質転換植物体でも再現されました。高ジベレリン濃度状態では宿主への侵入は強く阻害されますが、宿主内部の菌糸の分岐は促進するなど、菌糸の宿主内の拡大に正の作用が見られることが分かりました(図2)。

 

fig2.jpg

図2.ジベレリンあるいはジベレリン合成阻害剤添加(ウニコナゾールP添加)による菌根菌の菌糸の状態の変化(スケールバーは200µm)

 

 このように、ジベレリンは高濃度、低濃度でも菌根菌の感染に大きな影響を与えることが明らかとなり、感染過程においてジベレリン濃度を適正に制御することが正常な菌根菌感染に重要であることが分かりました。

 

 菌根菌との共生に関わる遺伝子の変動を詳しく調べると、表皮における菌根菌の侵入過程に関わるとされるRAM1RAM2といった遺伝子がジベレリンの添加で抑制される一方で、宿主根内部での菌糸の伸長や樹枝状体形成に機能するとされるSbtM1遺伝子の発現はジベレリン合成阻害剤により抑制されることがわかりました。この低ジベレリン濃度下でのSbtM1発現の抑制効果は、阻害剤に加えてジベレリンを添加することで回復することから、ジベレリンの作用がSbtM1遺伝子発現を維持・促進していることが明らかとなりました。

 

 これらの研究結果から、研究グループは下のような菌根菌感染過程におけるジベレリンの作用モデルを提唱しました(図3)。

 

fig3.jpg

図3.ジベレリンの菌根菌感染過程に与える影響

菌根菌感染により上昇したジベレリンシグナルは共生遺伝子発現制御機構に干渉することで、植物体内部への共生菌の侵入と分岐を制御している。

 

 菌根菌の感染によってジベレリン合成系の活性化が引き起こされることは、ジベレリンの負の作用により、すでに感染が生じた部分において重複した感染を防ぐための反応ではないかと研究グループは考察しています。一方で、感染によりジベレリン活性が上昇することによって、根の中での菌根菌の菌糸の分岐を促進しされることから、ジベレリンはその正と負の作用により効率的に宿主植物根全体へ菌糸を張り巡らせる機能を担っていると考えられます。

 

【今後の展開】

 武田助教は「ジベレリンやジベレリン合成阻害剤によって、外部からの物質添加により菌根菌感染を変化させることが可能であることは、環境条件等によって容易に変化する感染を、その添加時期や量で調整することができることを示しています。ジベレリンやジベレリン合成阻害剤などのジベレリン濃度調整剤は、すでに農業的にも広く利用されている薬剤であり、実用化可能な技術と考えています。」と語っています。

 

【補足説明】

*1アーバスキュラー菌根菌

陸上植物の約80%と共生関係を築くことができるとされる共生菌で、宿主植物から光合成産物などの炭素源を得るかわりに、リンなどの無機塩類を宿主植物へ供給する相利的関係を築いている。菌根菌がもたらす宿主植物への生育促進効果は農業的にも重要な生物機能として注目されている。一方、絶対共生菌である菌根菌は、宿主なしに生活環を完結することができない難培養菌であり、このような共生菌をパートナーとする菌根共生機構の研究には多くの障害があり、これまであまり研究が進んでこなかった。

 

*2ジベレリン・ジベレリン合成阻害剤

ジベレリンは植物ホルモンの一種で細胞伸長や種子発芽促進などさまざまな生理作用に関わる。本研究で用いたウニコナゾールPなどジベレリン合成阻害剤は、植物内でのジベレリン合成を抑制することで、植物生体内で低ジベレリン濃度状態を引き起こす。

 

[論文情報]

Plant Physiology (プラント・フィジオロジー) 2015年2月号 掲載

論文タイトル:"Gibberellins Interfere with Symbiosis Signaling and Gene Expression, and Alter Colonization by Arbuscular Mycorrhizal Fungi in Lotus japonicus."

著者:Naoya Takeda, Yoshihiro Handa, Syusaku Tsuzuki, Mikiko Kojima, Hitoshi Sakakibara, and Masayoshi Kawaguchi

2月号の表紙を飾る予定です。

 

[研究グループ]

本研究は、基礎生物学研究所の武田直也助教、川口正代司教授らが中心となって、理化学研究所環境資源科学研究センター榊原均グループディレクターらの共同研究として実施されました。

 

[研究サポート]

本研究は、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業シーズ創出ステージ、文部科学省科学研究費補助金、住友財団、植物科学最先端研究拠点ネットワークの支援を受けて行われました。

 

[本件に関するお問い合わせ先]

基礎生物学研究所 共生システム研究部門

助教: 武田 直也 (タケダ ナオヤ)

Tel: 0564-55-7563 Fax: 0564-55-7563

E-mail: takedan@nibb.ac.jp

ホームページ http://www.nibb.ac.jp/miyakohp/

 

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

Tel: 0564-55-7628

Fax: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp