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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2014.11.24

2光子イメージングのリアルタイム解析法によって動物が1個の神経細胞の活動を意志で操作できることを証明

 私たちは、ある行動を行うと報酬がもらえる場合、その行動を繰り返すようになります。また、そうでない場合、その行動をしないようになります。これは脳が報酬に直結する行動を選んで促進しているためですが、行動として出力されない神経細胞活動も、報酬が与えられると促進されたり、逆に与えられないと抑制されたりすることがわかっています。極端な例では、たった一個の神経細胞の活動と報酬を関連付けることによって、まさにその神経細胞の活動を特異的に増大させられることが以前の研究でわかっていました。しかし、そのとき、その一個の神経細胞の周辺の細胞活動がどう変わっているのかについては不明でした。これは、従来用いられていた電気記録法では隣接する細胞をくまなく記録することが非常に困難なためです。

 

 今回、基礎生物学研究所の平理一郎助教、松崎政紀教授、埼玉大学の中井淳一教授、大倉正道准教授、日本医科大学の岡田尚巳教授らの研究グループは、2光子カルシウムイメージングで取得した蛍光画像をリアルタイムに解析する系を構築する事で、マウスの脳の単一の神経細胞活動を報酬と関連付けることにより、マウスが自発的にその単一の神経細胞活動を促進させられることを証明しました。さらに、ターゲットの単一神経細胞の周辺の神経細胞の活動の変化を詳しく解析することによって、報酬と同期する細胞はその活動が促進され、報酬後に活動する細胞はその活動が抑制されること - 報酬タイミング依存的双方向活動調整 (reward-timing dependent bidirectional modulation, RTBM)– を見出しました。この成果は、Nature Communications 誌11月24日号に掲載されました。

 

 

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図1 2光子イメージングを用いたバイオフィードバックシステムの概略図

 【背景】

 ブレインコンピューターインターフェース(BCI)を使った研究によって、被験者の脳活動によってコンピュータや外部機器の操作が可能であることが最近わかってきました。脳活動が自分の身体でない対象を直接操作できるということは、行動に直接結びつかない神経活動を意図的に操作することが可能であることを示しています。しかし、そのメカニズムについては不明な点が多く残されています。例えばBCIのもっとも単純なバージョンである、単一神経細胞活動のオペラント条件付けに関しても、ターゲットの単一神経細胞の活動が意図的に操作された場合、その周辺の神経細胞活動がどのように変化し、ターゲットの神経細胞活動の変化にいかに結びつくのか、わかっていませんでした。この理由は従来の電極を使用した神経活動の記録法では、いくら電極を多く使っても、密集した神経細胞群をくまなく記録することが困難なためでした。

 

 そこで本研究では、2光子カルシウムイメージング法を用いて、マウスの大脳運動野2/3層の神経細胞を同時に35個程度、隣接する神経細胞も含めて密に記録しました。そして、そのうちの一つの神経細胞をターゲットとして指定し、その神経細胞活動が上昇した次の瞬間にマウスに報酬を与えました(図1)。これを2光子イメージングによる単一細胞オペラント条件付け(single neuron operant conditioning by two-photon calcium imaging, 2pSNOC)、と命名しました。また、自発的な神経活動の上昇を人工的な光刺激法で置き換えることにより、2pSNOCで見出した現象を再現する実験も行いました。

 

 【研究の成果】

 図1に示すように、単一細胞オペラント条件付けを2光子カルシウムイメージング法を用いて行った結果、ターゲットした単一神経細胞の活動は15分間の条件付けで活動上昇を示しました(図2、赤)。一方、非ターゲット細胞の活動は増加したり減少したりしていました(図2、黒)。したがって、単一細胞オペラント条件付けによって、ターゲットの神経細胞特異的に活動が上昇する事がわかりました。

 

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図2 単一細胞オペラント条件付け期間中の、ターゲット細胞(赤)と非ターゲット細胞(黒)の細胞活動の時間変化。単一のターゲット細胞の活動が徐々に上昇する一方、非ターゲット細胞活動はゆらいでいる。

 

 

 非ターゲット細胞は活動を増加させたり減少させたりしましたが、どのような神経細胞が活動を上昇させ、またどのような神経細胞が活動を減少させているのかを、詳しく調べました。その結果、非ターゲット細胞でもターゲット細胞と同様にその神経活動が報酬と同時に生じている神経細胞は活動を上昇させ、逆に報酬が出た3秒程度後に活動を示す神経細胞は、活動が徐々に減少するということが見出されました(図3)。これを報酬タイミング依存的双方向活動調整 (reward-timing dependent bidirectional modulation, RTBM)と命名しました。

 

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図3 非ターゲット細胞の、報酬タイミング依存的な双方向活動変化。

 

 RTBMは、単一神経細胞オペラント条件付け中に生じましたが、これが神経活動と報酬のペアのみによって引き起こされるのか、言い換えれば、RTBMにとって、神経活動と報酬のペアリングは十分条件かどうかは不明です。これを調べるために、オペラント条件付けなしで、神経細胞を人工的に刺激し、それと報酬をある時間タイミングで同期させました(図4)。その結果、図3と同様な結論が得られ、RTBMは神経活動と報酬のタイミングだけで決定することが明らかになりました。

 

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図4 2光子イメージングと光刺激法の同時適用の概略図

 

 したがって、単一神経細胞のオペラント条件付け、さらにはより複雑なBCIや運動学習においても、その過程において、報酬と神経活動の相対的なタイミングは神経細胞活動レベルの変化の方向を決めている可能性があり、この現象が大脳皮質の神経活動の適応的変化を知る上で重要であることが示唆されました。

 

【研究グループ】

本研究は、基礎生物学研究所の平理一郎助教、大久保文貴大学院生、正水芳人助教、松崎政紀教授、埼玉大学の中井淳一教授、大倉正道准教授、日本医科大学の岡田尚巳教授による共同研究です。

 

【発表雑誌】

英国科学雑誌 Nature Communications 2014年11月24日発表

"Reward-timing-dependent bidirectional modulation of cortical microcircuits during optical single neuron operant conditioning"

「2光子イメージングを用いた単一細胞オペラント条件付けによる大脳皮質微小回路網における報酬タイミング依存的な双方向活動調整」

著者:Riichiro Hira, Fuki Ohkubo, Yoshito Masamizu, Masamichi Ohkura, Junichi Nakai, Takashi Okada, and Masanori Matsuzaki

 

【研究サポート】

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」領域のサポートを受けて行われました。また、文部科学省科学研究費補助金および文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」のサポートを受けました。

 

【本件に関する問い合わせ先】

基礎生物学研究所 光脳回路研究部門

教授 松崎 政紀 (マツザキ マサノリ)

TEL: 0564-55-7681

E-mail: mzakim@nibb.ac.jp

 

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38

TEL: 0564-55-7628 FAX: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp