基礎生物学研究所
2013.08.12
ダイズやインゲンなどのマメ科植物は、普通の植物が生育できないような養分の少ない土地でも生育できます。これはマメ科植物が、根粒というこぶ状の器官の中に、空気中の窒素を栄養分として利用する能力を持つ根粒菌という微生物を住まわせているためです。このしくみをうまく維持するために、マメ科植物は環境に応じて根粒の数を調節しているのですが、この調節に関わるシグナル分子については、20年以上も前にその存在が予想されながらも、分子実体は謎に包まれていました。今回、基礎生物学研究所の研究グループ(岡本暁研究員、松林嘉克教授、川口正代司教授ら)は、植物内にごく微量含まれるこのシグナル分子を捉え、その構造を解明することに世界で初めて成功しました。この成果は、将来、空気中の窒素を栄養分として利用する能力をマメ科以外の植物にも付与するための基礎研究のひとつとして大きな前進です。この成果は、8月12日に科学雑誌Nature Communicationsに掲載されます。
【研究の背景】
マメ科植物の根粒では、根粒菌の働きにより空気中の窒素が栄養分に変換(窒素固定という)されて植物に供給され、一方で植物は根粒菌に光合成でつくった栄養分を供給するなど、互いにメリットがある関係が築かれています。これを共生関係といいます。この共生関係をうまく維持するには栄養分の需要と供給のバランスが重要であり、必要以上に根粒が形成されて根粒菌が増えてもかえって植物には有害です。これまでの研究から、根粒の数を一定数に保つためのブレーキの役割を果たすシグナル分子が根でつくられており、この分子が組織内を移行して情報が伝えられていることが示唆されていましたが、その実体は謎でした。
【研究の成果】
岡本研究員らは2009年に、マメ科植物であるミヤコグサを材料とした研究で、このシグナル分子の候補をコードすると考えられる遺伝子を発見していました。そして今回、研究グループは、様々な微量分析技術を駆使して、この遺伝子に由来するシグナル分子を検出し、その構造を明らかにすることに成功しました。シグナル分子の実体は、アミノ酸が13個連なったペプチド(小さなタンパク質)で、アラビノースという糖鎖が付加されていました(図1)。人工的に合成した分子を植物に与えると、根粒の数を減らす働きがあることが確かめられ(図2)、糖鎖が活性に不可欠であることも明らかになりました。また、このシグナルは水や栄養の通り道である導管の中を移行し、HAR1という受容体に結合して情報を伝えていることも示しました。
図1:シグナル分子の構造
図2:シグナル分子の活性
合成したシグナル分子を与えると、根粒形成が抑制される(右側)
【本研究の意義と今後の展開】
本研究では、海外のグループとの熾烈な競争の中で、根粒形成メカニズムにおいて残された謎のひとつとして、世界中で研究されてきた根粒数を制御するシグナル分子の構造を明らかにすることに成功しました。この成果は、根粒形成メカニズムの基本的原理の理解に貢献するだけでなく、将来、空気中の窒素を栄養分として利用する能力をマメ科以外の植物にも付与するための基礎研究のひとつとしても大きな前進です。
【掲載誌情報】
Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)
2013年8月12日付け掲載
論文タイトル: “Root-derived CLE glycopeptides control nodulation by direct binding to HAR1 receptor kinase”
著者: Satoru Okamoto, Hidefumi Shinohara, Tomoko Mori, Yoshikatsu Matsubayashi*, Masayoshi Kawaguchi*
【研究サポート】
本研究は,文部科学省科学研究費助成事業のサポートを受けて行われました.
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 共生システム研究部門
教授: 川口 正代司(カワグチ マサヨシ・本研究の共責任著者となります)
TEL: 0564-55-7564
E-mail: masayosi@nibb.ac.jp
基礎生物学研究所 細胞間シグナル研究部門
教授: 松林 嘉克(マツバヤシ ヨシカツ・本研究の共責任著者となります)
TEL: 0564-55-7530
E-mail: ymatsu@nibb.ac.jp
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
FAX: 0564-55-7597
E-mail: press@nibb.ac.jp