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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2013.03.15

緑藻は二重の強光馴化により光合成器官をまもっている

基礎生物学研究所 環境光生物学研究部門(得津隆太郎助教,皆川純教授)とフランス原子力庁生物科学技術研究所(ギヨーム・アロラン研究員,ジョバンニ・フィナッチ研究部長)などの研究グループは、光合成緑藻が強すぎる光によるストレス下で生き残るために、2つの異なる光適応反応を巧みに組み合わせて対応していることを見いだしました。本研究は、植物の強光適応の仕組みの実態を初めて明らかにしたものであり、これをもとに強光ストレスに弱い光合成生物の抵抗性を強化(最適化)し、砂漠などの過酷な場所でも育成可能な農作物やバイオ燃料藻類の創成への足がかりになることが期待されます。この研究成果は、植物科学専門誌The Plant Cellに掲載されました。

 

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図1. 緑藻で明らかとなった二重の強光馴化

<研究の背景>

 植物(陸上植物や藻類)は、動物のように活発に動くことができないため、自分たちが好きな環境に移動できません。このため、たとえ周囲が高温、低温、乾燥といった過酷な環境になったとしても、その場所で生き残っていく必要があります。そのために、植物は体内の様々な生物反応を時にはダイナミックに、時には微細に調節しながら自らを周囲の環境に馴らしています。植物は光を受けて光合成を行うことでエネルギーを作り出し成長しますが、強すぎる光は植物にとって有害であることが知られています。特に曇り空から雲が去り、急に晴れ間がさした時などは、急激に光の強さが変わるため、強い光に対して迅速に適応しなければ、光合成器官が破壊されてしまいます。光合成器官の破壊は、まさしく植物の生死に直結しています。そうならないように、光合成器官もまた、強い光のもとでは精密に調節されていると考えられています。しかし、実際のところ植物がどのように強い光に適応しているのか、その全体像はよくわかっていません。これまでの研究から、植物に強い光が照射された場合の適応反応として、qEクエンチングと呼ばれる『余分な光エネルギーを消去する』反応が有効であることが分かってきています。しかし、この反応だけで十分なのか、qEクエンチング反応が駆動されるまでの間(植物種によっては数時間かかる)は、どのように強い光をしのいでいるのか、といった点が謎でした。

 

<成果の概要>

 今回、研究グループは,単細胞緑藻であるクラミドモナスに強い光を当て,どのように強光に適応しているのかを詳しく調べました。強い光の影響を最も受けるのは光合成そのものを行うタンパク質です。研究グループは今回の研究により、強い光の被害を最も受けやすいPSIIと呼ばれるタンパク質複合体に注目し、生理学的・生化学的に分析することで、緑藻が2つの異なる反応を経時的に駆使して強い光に適応することを証明しました。その実態は、強光が照射されてから最初のうちはPSIIタンパク質複合体から『光を集めるアンテナを切り離す』数分間で完了する反応でしのぎ、強い光を当ててから4時間後にはqEクエンチングも導入し『余分な光エネルギーを消去』するというものでした(図1)。

 

<より詳しい成果解説>

 光合成では通常、まず光を集めるアンテナを使って必要な光を集め、その光エネルギーを利用しています。しかし、先に述べたように、強すぎる光は光合成の反応中心(PSIIタンパク質複合体)を壊す危険性があるため、強光が当たった植物は逆にqEクエンチング反応により光エネルギーを捨てはじめます。緑藻の場合はLHCSRと呼ばれるタンパク質がqEクエンチングの要となっていますが、このタンパク質の合成には少なくとも4時間必要であることが分かっています。しかし、光の変化はとても早いので4時間もの間強い光にさらされてしまうことは、植物(光合成)にとってとても危険です。今回の研究により、この4時間の間は光を集めてもPSIIに渡さないように、光を集めるアンテナをリン酸化修飾することで、一時的にPSIIから切り離すことが分かりました。この一時的な対処は『ステート遷移』と呼ばれており、これまでは光の色(夕日や水中での光)の変化に対応するためのものだと考えられていました。今回の研究から、ステート遷移が、突然の強い光に短期的に対応し、“とりあえず、この場をしのぐ”形で駆動することが分かりました。そして4時間後、たくさん合成されたLHCSRタンパク質を使って“本格的に光エネルギーを消去する”ためにqEクエンチングを駆動します。面白いことに、4時間を超えてさらに強い光にさらされ続けると、今度は、ステート遷移の逆の反応が起こる(一度切り離された光捕集アンテナがふたたびPSIIへと戻ってくる)ことが分かりました(図2)。同時にqEクエンチングの要となるLHCSRタンパク質がPSIIへと結合することが分かりました(図3)。この“逆”のステート遷移反応により、最大限qEクエンチングを活性化させて強光馴化しているのです。

 

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図2. LHCIIの脱リン酸化により明らかになった強光下(HL条件)での逆ステート遷移(S2→S1)の進行

 

 

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図3. ニッケルカラムにより精製した光化学系I(PSI)と光化学系II(PSII)の成分分析

ステート遷移の前(S1)と後(S2)では、各光化学系に結合する光のアンテナ(LHCII)やLHCSR3の量が異なる。

 

<本研究の意義と今後の展開>

 今回の研究により、緑藻は状況に応じて “ステート遷移”と“qEクエンチング”の2種類の方法を巧みにあやつり、強すぎる光から光合成の反応中心部分をまもっていることが明らかになりました。この研究を突破口に、他のさまざまな陸上植物や水中の藻類が、強すぎる光の被害をどのように克服しているかが明らかになっていくことでしょう。強すぎる光のストレスは、植物にとって極めて身近な問題です。こうしたストレスに対抗するしくみが明らかになることで、強い光に弱い植物のストレス抵抗性を上げるなどの応用につながるものと期待されます、

 本研究の一部は、来日したフィナッチ研究部長と共に、得津助教、皆川教授によって基礎生物学研究所の大型スペクトログラフ施設を利用して行われました。

 

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  図4. 大型スペクトログラフを使って進められた実験(Finazzi部長(左),得津助教(右))

 

[論文情報]

植物科学専門誌 The Plant Cell(プラントセル)

Guillaume Allorent*, Ryutaro Tokutsu*, Thomas Roach, Graham Peers, Pierre Cardol, Jacqueline Girard-Bascoui, Daphné Seigneurin-Berny, Dimitris Petroutsos, Marcel Kuntz, Cécile Breyton, Fabrice Franck, Francis-André Wollman, Krishna K. Niyogi, Anja Krieger-Liszkay, Jun Minagawa and Giovanni Finazzi (2013) "A Dual Strategy to Cope with High Light in Chlamydomonas reinhardtii."  (*These authors contributed equally to this work.) 

2月19日電子版先行公開

 

[研究グループ]

本研究は、基礎生物学研究所 環境光生物学研究部門(得津隆太郎助教,皆川純教授)とフランス原子力庁生物科学技術研究所(ギヨーム・アロラン研究員,ジョバンニ・フィナッチ研究部長)などからなる研究グループによって行われました。

 

[研究サポート]

本研究は 科学研究費補助金(研究活動スタート支援)、内閣府最先端・次世代研究開発支援プログラム、植物CO2資源化研究拠点ネットワーク(NC-CARP)および基礎生物学研究所大型スペクトログラフ共同利用実験のサポートを受けて実施されました。

 

[本件に関するお問い合わせ先]

基礎生物学研究所 環境光生物学研究部門

教授: 皆川 純 (ミナガワ ジュン)

〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38

TEL: 0564-55-7515

E-mail: minagawa@nibb.ac.jp 

ホームページ http://www.nibb.ac.jp/photo/

 

助教: 得津 隆太郎(トクツ リュウタロウ)

〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38

TEL: 0564-55-7517

E-mail: tokutsu@nibb.ac.jp

 

[報道担当]

基礎生物学研究所 広報室

TEL: 0564-55-7628

FAX: 0564-55-7597

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