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2013年03月01日
160年来の謎、陸上植物の世代交代を制御する因子の発見

 国立大学法人 広島大学

 大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 基礎生物学研究所

 

生物には染色体のセットを1組持っている時期(単相)と2組持っている時期(複相)があります。わたしたち人間の体は複相にあたります。単相に相当するのは卵や精子といった単細胞で、いずれも単独では生活できません。一方、ドイツのホフマイスターは160年以上前に陸上植物は形も特徴も異なる多細胞の体を交互に作ることを発見し、それを世代交代と名付けました。その後、陸上植物は単相と複相のそれぞれ形態の異なる配偶体と胞子体を作り、それを交互に繰り返す世代交代として知られるようになりました。それぞれの形作りのプログラムは厳密に制御されており、切換えに働くスイッチが存在すると考えられてきました。今回、広島大学大学院理学研究科の榊原恵子特任助教、出口博則教授らはオーストラリア・モナシュ大学のJohn Bowman教授、基礎生物学研究所の長谷部光泰教授らとの共同研究により、コケ植物ヒメツリガネゴケを使って単相から複相への切換えにスイッチとして働く遺伝子を発見しました。この遺伝子を欠失させると、複相の時期に間違って単相の体を作ってしまいます。現在、地球上で最も繁栄している陸上植物は花を咲かせる被子植物ですが、その体の大半は複相ですので、このスイッチがうまく働くことは植物に取ってとても大切です。この成果は、科学雑誌Scienceに3月1日に発表されました。

 

[研究の背景]

 陸上植物は単相と複相で異なる形の多細胞の体、配偶体と胞子体を交互に形成する世代交代を行います(図1)。陸上植物に近縁なシャジクモの仲間では単相で多細胞となりますが、複相は受精卵一細胞のみであり、受精後、体細胞分裂を行わずに減数分裂を行い、単相の胞子を形成します。陸上植物が現在のような世代交代を行うようになるには、陸上植物の祖先において受精卵が体細胞分裂するようになり、減数分裂のタイミングが遅れることで複相の多細胞化が起こり、さらに複相独自のかたち作りのプログラムが確立されることが必要だったと考えられています。現在、地球上で最も繁栄している花を咲かせ、種子を形成する被子植物は胞子体が生活の中心であることから、陸上植物の進化において世代交代の成立はたいへん重要なイベントであったと考えられています。しかし、その成立の仕組みはよくわかっていませんでした。

 

[研究の成果]

 広島大学大学院理学研究科の榊原恵子特任助教、出口博則教授らの研究グループはオーストラリア・モナシュ大学、基礎生物学研究所との共同研究によって、クラス2 KNOX(以下、KNOX2)遺伝子と呼ばれるホメオボックス遺伝子が陸上植物の世代交代の制御に機能していることを発見しました。コケ植物のヒメツリガネゴケでKNOX2遺伝子を取り除くと、胞子体の発生が途中で止まり、配偶体が形成されました(図2)。また、この配偶体の細胞に含まれているDNA含有量は通常の配偶体の細胞の2倍でした。このことから、KNOX2遺伝子は複相で配偶体のプログラムを働かないように抑制していると考えられました。KNOX2遺伝子は、植物の胞子体の分裂組織を維持し、胞子体を作り出すのに働いているKNOX1遺伝子の姉妹遺伝子です。陸上植物の親戚である緑藻類クラミドモナスはKNOX遺伝子を1個しか持っていません。陸上植物の進化の初期にもともと1個だったKNOX遺伝子が遺伝子重複して2個に分かれ、一方が胞子体の分裂組織で働くKNOX1遺伝子へ、もう片方が複相で配偶体のプログラムの抑制に働くKNOX2遺伝子へと役割分担するようになり、陸上植物は現在のような世代交代を行うようになったのであろうと考えられます(図3)。この成果は、科学雑誌Scienceに3月1日(アメリカ時間)に発表されました。

 

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図1 陸上植物(コケ植物)ヒメツリガネゴケの生活環

陸上植物はその生活環の中には単相の配偶体と複相の胞子体が存在し、それぞれ異なる多細胞体制を持つ。KNOX2遺伝子は複相で単相の発生プログラムが働かないように抑制する。

 

 

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図2 KNOX2遺伝子は複相で配偶体の発生プログラムが働かないように抑制する

ヒメツリガネゴケにおいてKNOX2遺伝子を欠失させると、胞子体の成長が途中で停止し、配偶体に似た組織が作られる(やじり)。

左:ヒメツリガネゴケの通常の胞子体。中:KNOX2遺伝子を欠失したヒメツリガネゴケの胞子体。右:ヒメツリガネゴケの通常の配偶体。3枚の写真は同倍率である。

 

 

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図3 KNOX遺伝子の重複による胞子体多細胞化の仮説

陸上植物進化の初期において、祖先KNOX遺伝子が遺伝子重複により2個に増えた。その後、KNOX1遺伝子が胞子体の分裂組織形成・維持に、KNOX2遺伝子が複相で配偶体の発生プログラム抑制にそれぞれ機能分化したことで、胞子体の多細胞化が獲得された。

 

 

[今後の展開]

 KNOX2遺伝子は多数の遺伝子の働きを制御することができる転写因子なので、KNOX2がどのような遺伝子の働きを制御しているか調べることで、KNOX2が複相で単相の発生プログラムを抑制する仕組みがわかると期待されます。また、本研究によって明らかになった発生プログラムの知見を用いれば、複相から容易に単相の細胞である花粉や胚のうを作らせるようになり、農業などに有用と期待されます。今回の発見はそのような研究につながる可能性があります。

 

[専門用語]

転写因子:ゲノムDNAの特定の配列に特異的に結合し、様々な遺伝子の働きを促進あるいは抑制する指令遺伝子。ホメオボックス遺伝子やMADSボックス遺伝子が代表として知られている。

配偶体と胞子体:陸上植物では単相に配偶体が、複相に胞子体が形成される。

遺伝子重複:もともと1個だった遺伝子が2つに増えること。その結果できた姉妹遺伝子は最初、同じ機能を持っており、片方に変異がおきて機能できなくなっても、もう片方が機能できる。あるいは片方が元々の機能を維持する一方で、もう片方が新しい機能を獲得できるようになり、新しい形質の獲得につながることもある。

 

[発表雑誌]

科学雑誌 Science

論文タイトル:KNOX2 genes regulate the haploid to diploid morphological transition in land plants

著者:Keiko Sakakibara*, Sayuri Ando, Hoichong Karen Yip, Yosuke Tamada, Yuji Hiwatashi, Takashi Murata, Hironori Deguchi, Mitsuyasu Hasebe, and John L. Bowman*(*責任著者)

 

研究者向けの日本語解説はこちらをご覧下さい。

 

[研究グループ]

本研究は、以下の5機関にわたる共同研究チームによる成果です。

広島大学大学院 理学研究科生物科学専攻(榊原 恵子、出口 博則)

基礎生物学研究所 生物進化研究部門(榊原、安藤 沙友里、玉田 洋介、日渡 祐二、村田 隆、長谷部 光泰)

アメリカ カリフォルニア州立大学デービス校 (Hoichong Karen Yip、John L. Bowman)

科学技術振興機構 ERATO長谷部分化全能性進化プロジェクト(榊原、安藤、長谷部)

オーストラリア モナシュ大学(榊原、Bowman)

 

[研究サポート]

本研究は、科学技術振興機構、文部科学省科学研究費補助金のサポートを受けて実施されました。

 

[本件に関するお問い合わせ先]

広島大学理学研究科 生物科学専攻

特任助教 榊原 恵子 (さかきばら けいこ)

Tel: 082-424-7452
 Fax: 082-424-7452 Email:bara@hiroshima-u.ac.jp


 

基礎生物学研究所 生物進化研究部門

教授 長谷部 光泰(はせべ みつやす)

Tel: 0564-55-7546 Fax: 0564-55-7549 Email: mhasebe@nibb.ac.jp

 

[報道担当]

広島大学 学術・社会産学連携室 広報グループ 多賀 信政

TEL:082-424-6017

E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp

 

基礎生物学研究所 広報室 
倉田 智子

TEL: 0564-55-7628

E-mail: press@nibb.ac.jp