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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2012.12.04

ショウジョウバエ卵巣の細胞に位置情報を伝えるメカニズムの解明

 岡崎統合バイオセンター/基礎生物学研究所の林良樹助教、小林悟教授の研究グループは、ミネソタ大学(中藤博志准教授)、ケンタッキー大学(Dougrass Harrison准教授)との共同研究により、細胞から細胞へ情報を伝達する分子(シグナル伝達因子)の一つ、JAK/ STATシグナル伝達因子が組織内で分布する仕組みを明らかにしました。

 JAK/ STATシグナル伝達因子は、細胞が組織中で自身の位置を把握する際に使う分子(モルフォゲン、図1)として機能すると考えられてきましたが、組織中での分布やそれを制御する仕組みは不明でした。研究グループは、ショウジョウバエの卵巣をモデルとして用いることで、JAK/ STATシグナル伝達因子の分布の観察すること、さらに分布を制御する分子を特定することに成功しました。研究の結果、JAK/ STATシグナル伝達因子の分布は細胞外に存在する糖タンパク質の一種、グリピカン(用語解析、図2)の働きにより制御されることを明らかになりました(図3)。本研究の成果は、組織内における細胞同士の的確な情報伝達や、それに伴う細胞の挙動や組織の形態形成などを理解する上で重要な基礎的知見です。本研究は発生生物学専門誌Developmentの139巻(2012年)に発表されました。なお、この成果は生物医学系の研究者により選定されるFaculty of 1000に選ばれました。

 

「研究の背景」

 組織は数百個〜数千億個という多数の細胞が集まって出来ています。組織中でそれぞれの細胞が自身の位置を把握し、適切な役割を果たす上で、細胞同士の情報伝達は重要です。

 シグナル伝達因子は、組織中で細胞から細胞へ情報を伝達することで、細胞の増殖や挙動などを制御することが知られています。その中で特に重要な働きの一つが、組織のなかで細胞に位置情報を与える働きです。組織のなかで細胞に位置情報を与えるシグナル伝達因子はモルフォゲンと呼ばれます。モルフォゲンはそれを作り出す細胞(起点)から分泌された後、その細胞を中心として、濃度の勾配をつくって組織中に分布します(図1)。組織を形作るそれぞれの細胞は、このモルフォゲンの濃度によって起点からの自身の位置を認識し、位置に応じた役割を果たします。細胞が組織のなかで自身の位置を認識し、適切に役割を果たすためには、モルフォゲンの組織のなかでの分布が厳密に制御される必要があります。

 

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図1:モルフォゲンの濃度勾配と細胞の反応

 

 JAK/ STATシグナル伝達因子は多くの生物がもつシグナル伝達因子の一種で、細胞の増殖や移動、免疫応答など多様な生命現象において中心的な役割を果たします。JAK/ STATシグナル伝達因子はこれらの働きに加えて、モルフォゲンとして機能すると考えられてきましたが、その分布の様式、および分布を制御する仕組みは不明でした。

 

「研究の成果」

 ショウジョウバエの卵巣において、JAK/ STATシグナル伝達因子は、卵巣の細胞に位置情報を伝えるモルフォゲンとして機能すると考えられてきました。そこで研究グループは、ショウジョウバエの卵巣をモデルとしてJAK/ STATシグナル伝達因子がモルフォゲンとして分布するのか、またシグナル伝達因子の分布を制御する因子はなにか、明らかにすることを試みました。

 研究グループは、まずJAK/ STATシグナル伝達因子の分布を観察することに成功しました。その結果、このシグナル伝達因子は卵巣のなかで、シグナル伝達因子を作り出す細胞の近くでは濃く、それから遠ざかるにつれて薄く、濃度の勾配をつくって分布することが明らかになりました(図3)。このことはJAK/ STATシグナル伝達因子が卵巣において、モルフォゲンとして働くという仮説を裏付けています。

 次にJAK/ STATシグナル伝達因子の分布を制御する仕組みの解明を試みました。この仕組みの解明にあたり、研究グループはグリピカンと呼ばれる糖タンパク質の機能に着目しました(図2)。それは、グリピカンが様々なシグナル伝達因子と細胞の外側で結合する性質をもつことが知られていたからです。

 

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図2:グリピカンの模式図

 

 研究グループは、まず卵巣の細胞の一部でグリピカンの働きを阻害し、JAK/ STATシグナル伝達因子の分布が影響をうけるかどうか観察しました。するとこのシグナル伝達因子は、グリピカンの働きを阻害した細胞の外側でだけ消失しました(図3)。この結果は、グリピカンが細胞の外側でシグナル伝達因子を保つために必要であることを示しています。この結果を確かめるために、卵巣の細胞の一部にグリピカンを過剰にもたせた場合、シグナル伝達因子の分布が変化するかどうか調べました。すると、シグナル伝達因子はグリピカンを過剰にもたせた細胞の外側でだけ濃く分布することが明らかになりました(図3)さらに、グリピカンとJAK/ STATシグナル伝達因子が結合することができるかどうか調べました。その結果、グリピカンはシグナル伝達因子と結合することが明らかになりました。これらの結果より、グリピカンは細胞の外側でJAK/ STATシグナル伝達因子と結合することで、JAK/ STATシグナル伝達因子の組織のなかでの分布を制御しているということが明らかとなりました。

 

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図3:グリピカンによるJAK/ STATシグナル伝達因子の制御

 

「今後の展望」

 組織は多数の細胞が寄り合って出来ています。それぞれの細胞が自身の役割を把握し、適切に働く仕組みは、組織の機能や形作りにおいて重要です。シグナル伝達因子は細胞同士の情報伝達を行うことで、この仕組みを制御しています。組織内には複数の種類のシグナル伝達因子があり、それぞれの細胞は各シグナル伝達因子の量や組み合わせを把握して組織のなかでの役割を果たします。組織が正常に形成される仕組み、組織内の細胞が正しく働く仕組みを理解するためには、それぞれのシグナル伝達因子が組織内で分布する仕組みを一つ一つ明らかにしていく必要があります。

 今回、そのようなシグナル伝達因子の一つ、JAK/ STATシグナル伝達因子が組織のなかで分布する仕組みが明らかになりました。JAK/ STATシグナル伝達因子は、幹細胞の維持や、細胞の増殖や移動、そして免疫応答など、多くの生命現象を制御するシグナル伝達因子です。このような全ての過程において、細胞が自身の位置を正確に把握して適切に振る舞うことは重要です。本研究でえられた成果は、組織内において幹細胞が適切に維持される仕組み、様々な組織の形態形成が正常におきる仕組み、またそのような仕組みが破綻した場合に生じる発癌のプロセスの理解など、様々な生命現象の理解に通じる基礎的な知見を供出するものであります。

 本研究は岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所の林良樹助教、小林悟教授、米国ミネソタ大学の中藤博志准教授、米国ケンタッキー大学のDougrass Harrison准教授からなる研究グループによる成果であり、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(配偶子幹細胞制御機構)等のサポートのもと行われました。

 

「用語解説」

グリピカン

糖タンパク質の一種。ヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)と呼ばれるグループの糖タンパク質である。細胞膜の外側にGPIアンカーと呼ばれる分子を介して結合している。

 

「論文情報」

発生生物学専門誌 Development

“Glypicans regulate JAK/STAT signaling and distribution of the Unpaired morphogen”

著者: Yoshiki Hayashi, Travis R. Sexton, Katsufumi Dejima, Dustin W. Perry, Masahiko Takemura, Satoru Kobayashi, Hiroshi Nakato, and Douglas A. Harrison

 

「研究サポート」

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(配偶子幹細胞制御機構)および米国NIH科学研究費等のサポートのもと行われました。

 

「本件に関するお問い合わせ」

基礎生物学研究所 発生遺伝学研究部門

助教: 林 良樹 (ハヤシ ヨシキ)

〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字東山5-1

Tel: 0564-59-5876 Fax: 0564-59-5879

 E-mail: yoshikih@nibb.ac.jp

 

「報道担当」

基礎生物学研究所 広報室

TEL: 0564-55-7628

FAX: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp