English

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

修了生の声

修了生の声 A. Mさん(浜松医科大学 先進機器共用推進部 技術職員)

 

 

 

 こんにちは。私は2009年から2015年9月まで、形態形成研究部門(上野研)に院生として在籍しました。博士取得後、2016年4月からは浜松医科大学の技術職員として就職し、現在1年半を経過したところです。

 

 総研大は「研究者を養成するための大学院」です。教授陣も我々が研究者として育つことを期待し、ビシバシ指導してくださいます。私もそのつもりでここを選び、学んできました。そうした環境で、修了後に研究者ではない道を選ぶのは中々勇気が要ります。私からは、どうしてその道を選ぶに至ったか、どうやってその道に進んだか、といったことをご紹介しようと思います。どちらかというと、総研大受験希望の学生さんよりも今在籍している院生さん向けな内容かもしれません。

 

 高校生の時、発生学の授業がありました。イモリの双頭胚を作るアレです。私はその授業以来ずっと発生学に興味があり、大学も発生学研究室のあるところを受験しました。学部生時には研究者になることを決め、院は最先端の研究や実験手技を学べる所を、と考え総研大を選びました。総研大・基生研の学びの場としてのメリット・デメリットについては、既に先輩方の声に記載のある通りです。

 

 入学後はひたすら実験、徹夜で実験することもよくありました。新しい実験系の立ち上げもやりましたし、多くの実験手法を積極的に学んできました。おかげさまで、広い範囲の実験手法をカバーできる知識と経験を積むことができました。研究への取り組み方・考え方についても教授陣や先輩方から学び、2年ほど経つまではこのまま研究を続けて博士を取り、どこかでポスドクをして、そのうち海外にも行こうか?なんて考えていました。

 

 ところが、まぁ皆が皆そんな順調に研究生活を送り続けられるわけではありません。2年ほど経った後、「本当にこのまま研究者を目指して大丈夫なのだろうか?」と考えるようにもなるわけです。きっかけは人それぞれでしょうが、多分20代半ばにもなると、これは誰でも1度は考えることじゃないかと思います。また個人的に思ったのは、研究者は体力がないとキツイです。20代前半まではバリバリ徹夜もできましたが、私は20代半ばになった途端、恥ずかしながら徹夜が辛くなってきました。計画的にやっているつもりでも、やはり生き物を扱う研究ですから、不測の事態で真夜中になることも多々生じます。そこでさらに効率よく賢くスケジュールを組むよう考えるようになるわけですが、そうすると自分の能力の限界を感じるようになります。能力の限界なんて、努力次第でいくらでも超えられる、と思っていましたが、今度はそこにどれほど精神的な強さがあるかが求められるようになるわけです。

 精神的な強さに自信があり、この道に迷いもなければむしろ研究者に向いていると思います。成功するかどうかは、それこそ努力次第なのではないでしょうか。私はそれなりに忍耐力と負けん気があり、それでここまで進んで来られた、と思っています。が、逆にそのせいで、自分にとって本当に研究者が一番適した職業なのか、ということを見極めるタイミングが遅くなったとも感じます。実際に研究者の道に進んでみないと分からない・気づかないことも多いので、この辺は中々判断が難しいところだとは思いますが、同じような状況になっている・なりそうだという方、案外いるのではないでしょうか。早々に気づけた方は修士を取って就職、という道を取るでしょう。良い選択だと思います。一方で私のように気づくのが遅れた、という方には、なんとか博士までは取ることをお勧めします。後で書きますが、やはり博士を持っていると周りからの目が違いますし、何より就職に有利です。世間では就職なら修士の方が有利、とも言われますが、それはおそらく20代前半までの話です。後半を過ぎてからでは、私の就活からの実感では博士の方が需要があると思います。

 

 就職を考えるようになった時に思ったのは、「研究者でなくなっても、何か研究に関わることがしたい」「これまで習得した知識や技術を活かしたい」ということです。そうすると選択肢は自然に絞られてきて、製薬・ライフサイエンス系企業の社員か大学・研究機関の技術系職員となります。企業への就職も考えましたが、基生研では身近に優れた技術職員・技術支援員の方がいて、かつ普段の仕事など業務内容がどのようなものかもある程度知っていたので、就職するならこちらの仕事がいいと考えました。何より手を動かすことが好きだったので、技術職の方が自分には合っているように感じたのです。

 

 生命科学系の技術職員には、大まかに研究室系と共同実験室系の2つがあります。研究室系では、そこの研究室のテーマに沿った実験や実験支援がメインの業務になります。共同実験室系の方は、共用の大型機器や先端機器の管理とメンテナンス、サンプル解析依頼の引き受けがメインの業務です。特に共同実験室系については、近年の解析機器の高性能化・複雑化に伴い、それを扱う技術職員にもそれなりの知識と経験が要求されます。そのため今では、博士レベルの技術職員というのはかなり需要が高いのです。実際今の職場に就職できたのは、博士を持っていたことが大きかったと思います。また支援業務の過程では、実験の段取りや論文作成を見越したデータの取り方などの相談を受けることも多いので、研究経験・論文発表の経験があることはとても役立ちます。就活・就職をして初めて、博士を持っていること、博士を取るまでの経験があることの大きさを実感しました。先に「せめて博士は取るべき」と書いたのは、このためです。このことは、おそらく企業へ就職する場合でも役立つのではと思います。

 

 ただ、実は博士が技術職員になるのは別の理由で難しいです。大学・研究機関の技術職員というのは、準公務員という職種に該当しますので統一採用試験(公務員試験に準じた試験)に合格しないといけません。これ、受験資格に年齢制限があります。30歳までです。博士を取っていると、結構ギリギリな年齢です。受験勉強をする時間も考えると・・・実験、論文投稿、卒論発表もあるし、そんな時間は取れないぞ、となります。これを知った時は、技術職員は無理だな、と思いました。ところが、やはり募集する側も考えています。どうしても博士レベルの技術職員を採りたい・でも年齢に縛られて難しい、これを解消するために、独自採用方式で技術職員を採用しているところがあり、私はこれで採用していただきました。選考方法は書類選考と面接(博士取得論文のプレゼン)でした。採用方法が一般と異なりますが、正規の技術職員になれます。現状、同様なシステムで技術職員を採っているところはまだごく限られた所だけだと思います。ただ、どうしても機器の高度化は進みますので、今後は年齢に縛られない博士技術職員の採用は増えるのではないかと思います。

 

 現在の職場では、充実した毎日を送っています。基礎研究をしている講座の先生や(医大では研究室ではなく講座と呼びます)、数年の研修医を終えて再び大学へ戻り、博士取得を目指す院生の先生方の研究支援がメインの業務です。一般の大学や研究所とはまた違う、医大独特と思われる雰囲気を感じることもあります。ここでは現状、講座配属でない技術職員の場合は研究禁止が暗黙のルールです。また予算も限られますし研究職ではないので当然ですが、研究をおもいっきりやるということはできません。ただ、研究支援に役立てられるものであれば奨励されます。なかなかその方針に沿わせるのは難しいのですが、本来の業務に支障のない程度になら研究活動を行うことは可能です。企業のようなノルマや競争は無いので、じっくりと考える時間や準備のための時間は十分確保できます。ですので、今企んでいる(?)将来の研究活動に向けて、一歩一歩歩んでいるところです。私の場合はこっちの方が性に合っていて、この職に就けて良かったと感じています。また、職場にもよると思いますが基本定時で帰れますし、定年制で将来も安定しています。時間だけではなく、精神的にも余裕を持つことができます。

 

 技術職員のススメになってしまいましたが、そんなわけではありません。あくまで同じように研究者への道に悩んだ方に、こんな道もあるよ!という経験をご紹介できたらと思い書かせていただきました。「研究者の支援」という間接的な形ではありますが、このような職業も科学技術の発展に貢献できる有意義な職業の一つだと考えています。参考になれば幸いです。

 

 余談ですが、時間が取れるようになって趣味が増えました。趣味を通して、今まで考えもしなかった、全く分野の異なる研究を始めてみようか、といった新しいモチベーションも生まれてきます。分かってはいることですが、やはり時間と精神的な余裕を持つことはとても大事であると実感して過ごしています。

 

(2017年 3月記)
 

略歴

2015:総合研究大学院大学 生命科学研究科 5年一貫制博士課程 博士(理学)
2016:浜松医科大学 光尖端医学教育研究センター 先進機器共用推進部 技術職員