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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

修了生の声

修了生の声 大河原剛さん (三重大学大学院 医学研究科 講師)

 

ohkawara_250px.jpg まずは、私がなぜこの"修了生の声"を執筆したのかその理由に関して、簡単に述べたいと思う。

 

 2012年10月某日、基礎生物学研究所(基生研)の友人のK氏からメールが来た。彼女は、基生研の広報担当者である。久しぶりの連絡なので、なんだろうと思いつつメールを開くと、本文章の執筆依頼であった。私は根っからの理系人間で、自慢じゃないが国語は小学生のころから大の苦手である。私が執筆することで基生研のイメージが悪くなり、受験者が減ると困るので、最初はこの依頼を断るつもりであった。いきなり断るのも悪いので、私が執筆することで基生研のイメージが悪くなる可能性があることを伝えた。そのうえで、どのようなことを書いたほうが良いのか、対象は誰なのか、そして執筆期限なども尋ねてみた。その後、K氏から、私の博士課程の時の指導教官である野田教授の許可も得たので、ぜひ執筆いただきたいという内容のメールをいただいた。もう、そこまで話がついているのでは、執筆を断るのは失礼に当たると考え、執筆を承諾した。本文章には、至らない点や分かりにくい点など多々あると思われるが、私の文章力のなさのためである。その点は、あらかじめ、ご勘弁いただきたい。

 

 今から13年前、私は、博士後期課程の学生として総合研究大学院大学・生命科学研究科・分子生物機構論専攻に入学し、基生研で研究生活をスタートすることになった。基生研は、愛知県岡崎市にある日本の基礎生物学分野の研究の中核を担う国立の研究所であり、その正式名称は、大学共同利用機関法人・自然科学研究機構・基礎生物学研究所という非常に長ったらしい名前である。基本的に学生が基生研で研究を行うためには、総合研究大学院大学に入学する必要がある。現在は、5年一貫制博士課程と博士後期課程に分かれており、前者のほうは筆記試験(英語、小論文)と面接を行い、合否を決めているようである。しかし私が入学した当時は、博士後期課程からの入学しかなく、試験形式も今までの研究内容をプレゼンして、質疑応答を行うというものだった。その試験に何とか合格して、基生研で研究を行える資格を得た私だが、なぜ私のような馬鹿な人間が、試験に合格できたのか、いまだ持って自分自身でも不思議である。当時の私は、基生研の感覚情報処理部門、現在の統合神経生物学研究部門の野田昌晴教授の指導のもとで研究生活をスタートさせた。野田先生には、研究に対する姿勢や考え方を一から教えていただいた。以下に野田先生から教えていただいた研究に対する姿勢について少し書きたいと思う。

 

 ある日、午前2時ごろ実験を終えて帰宅しようと基生研の駐車場に出たところ、同じく帰宅しようとしていた野田教授にばったり出会った。その後、真夜中の駐車場で研究のお話を1時間以上していただいた。当時は、ちょうど夏で基生研の駐車場には、やぶ蚊がたくさんいたため、私は蚊に刺されまくって、いろいろなところを掻き、痒さにたえながら先生のお話を伺った思い出がある。野田先生は蚊に刺されない体質なのだろうかと心配していると、帰り際に、「君は、蚊に刺されていないのか、私は何か所も刺されて痒くてたまらんわ。」と私に仰った。先生は蚊に刺されて痒くてたまらないのに、1時間以上も私に研究とは何かというお話をしてくださったのかと感動を覚えた。野田先生に伺ったわけではないので、真意はわからないが、あの夜、先生が身を以て私に伝えたかったことは、"一度始めた研究は(一度話し始めたら)、どんな困難なことがあっても(蚊の大群に襲われようとも)、最後まであきらめずにやりぬけ(最後まで話す)。"というメッセージだったと思っている。

 

 野田先生から頂いた多くのお言葉の中で、私が最も好きなものの一つに"努力は無限"というお言葉がある。ある日、先生は我々に、「"努力は無限"というのをグラフで表すとどうなるかわかるか。」と問いかけられた。我々は、どんなグラフを書けばよいのか分からず、ただあたふたしていた。その後、先生に答えを伺うと、「まず縦軸に研究時間と睡眠時間の比を取り、横軸を睡眠時間にしたグラフを書くのだ。つぎに睡眠時間を削って、どんどん研究時間を増やすと、その曲線は無限に増加していく。」と仰った(野田先生の恩師の沼先生の言葉とのこと)。当時の私は、いまにも増して無知で浅はかな人間であったため、ただ感心しただけで終わったが、生意気にも最近になってやっとその真意がわかった気がしている。先生が伝えたかったのは、"1日か2日徹夜で働いたときや、2週間ずっと睡眠時間が1日3、4時間であっても努力した気になるな。少し努力しただけで慢心せずに、もっと努力を続けなさい、常に上を目指し続けなさい。"ということではないだろうか。

 

 基生研には良いところがたくさんあるが、その中の一つに、経験は豊富だが若い研究スタッフが多いというところがあげられる。私が基生研にいたころ、当時、助教(現在は准教授)の新谷隆史先生に直接的な研究の指導をしていただいた。新谷先生には、ミーティングの前日や研究で困ったことがあるとよく相談に乗っていただいた。さらに新谷先生は、午前0時すぎにも関わらず、いやな顔を一つせずに貴重なご意見をいただいたことが月に何回もある。それ以外にも、助教の作田拓先生やその他大勢の人々に大変お世話になった。この場を借りて、お礼申し上げます。このように学生の研究指導に熱心なのは野田先生の研究室に限ったことではなく、基生研の他の研究室でも同様に学生に熱心に研究指導してくださると聞いている。

 

 私がいた当時の野田研究室では、ほとんどの人は、平日は午前9時から午前0時ごろまでは研究室におり研究をしていた。そのおかげで、意志の弱い私も、自然と朝から晩まで研究室にいて研究するようになり、充実した博士課程を過ごすことができたと感謝している。一つだけ弊害があったとすれば、私の場合、基生研から帰った後は、しばらくの間、神経が高ぶっていたため、アパートに帰った後も2~3時間は寝られなくなったことだ。そのため、毎日の睡眠時間が3,4時間しかないことがしばらく続いた。どうにかしてアパートに帰ってすぐに寝られないのか考えた結果、編み出した方法が、あたまのスイッチが切れるまで、お酒を飲んで寝るという方法だ。その方法は、いつの間にか習慣になり現在も続いている。その結果、妻に"酒代が高くて困る"としばしば小言を言われている。

 

 基生研は、他の大学などに比べて、研究所全体で飲み会をする機会が多くある。立食式の飲み会では、お酒が置いてあるコーナーに酒好きの人たちがたむろするようになる。そこでは、どの研究室に所属しているのか関係なく、大いに盛り上がる。このようにして、他の研究室の人ともすぐに仲良くなれる。また愛知県岡崎市は、花火で有名であるが、毎年、岡崎の花火大会の日は、基生研の屋上で花火見物と称した飲み会が開かれる。そこで、留学していたロシア人の人たちと仲良くなった私は、留学生たちとウォッカを回し飲みしたこともある。また、別の機会では、他の研究室へお邪魔して、4つの研究室の人が集まって明け方までお酒を飲んでいたこともある。この時できた人脈は、非常に貴重であり、今でも学会などであったりすると、色々と研究の役に立つ話が聞けたりする。

 

 基生研には良いところがたくさんあるが、最後に一つだけ言っておきたいことがある。私は、基生研で学位を取得した後、いくつかの大学に在籍していたが、基生研ほど外部の先生をお招きしたセミナーの数が多いところはなかった。さらに基生研では、アットホームな雰囲気のため学生も活発に議論に参加でき、質疑応答が白熱することも多い。通常は、学会に行かないと、自分の興味のある研究のお話は聞けない場合が多いが、基生研では、そのようなことがない。また、一見自分の興味とは少し違うが、たまたま時間があるので参加したセミナーで、自分の研究に役立つヒントが得られたりする。これはセミナーが多い基生研ならではだと思う。このようにセミナー一つをとっても基生研で研究をする意義は大きい。

 

 次に、基生研での経験が、現在の仕事にどのように役立っているのかについて述べたいと思う。現在、私は、三重大学大学院・医学系研究科・発生再生医学講座の講師として、"妊娠時のウイルス感染が、胎児の神経発生に与える影響"に関して研究を行っている。妊娠時のウイルス感染により、統合失調症や自閉症スペクトラムを含む発達障害を持つ子が生まれる確率が増加するという報告があることから、我々は、妊娠ラットの免疫系を活性化し、その胎仔や生まれてきた仔の神経系に異常が見られないのか解析を行っている。胎仔の異常を調べるためには、組織学的な手法や生化学的な手法や分子生物学的な手法が主に用いている。一方、生まれてきた仔を解析する際には、これらの手法に加えて、行動に異常が見られないのか調べる行動実験や神経伝達物質の量に違いが見られないのか高速液体クロマトグラフィを用いて調べるなど特殊な技術が必要になってくる。これまでの私の研究は、主に分子生物学的な手法、生化学的な手法、組織学的な手法を用いたものがほとんどであり、三重大学に赴任するまで、行動解析や高速液体クロマトグラフィを用いた解析を行ったことがなかった。しかし、ここでも基生研で学んだ姿勢が役に立った。研究の分業化が進んだ現代では、特殊な実験方法を用いる場合は、共同研究という形で他の研究室の人にやっていただく場合がほとんどである。しかし、私が所属した野田先生の研究室では、自分の論文はなるべく他の人の手を借りずにまとめるという研究方針であったため、博士課程の学生であるにもかかわらず、様々な実験手法を用いて研究を行わせていただいた。そのなかには、研究室で行われていない実験手法を用いなければならないものも多く、その際には一からその実験系を立ち上げなければならなかった。それらの経験が、研究テーマを変えた今でも非常に役に立っている。

 

 基生研での経験が役立っているのは、何も研究に限ったことだけではない。現在、私が所属している発生再生医学講座は、解剖学の講義と実習を担当している。解剖学は、覚えることが非常に多く、多くの医学生たちが丸暗記しようとして苦労する学問である。私は、解剖学は暗記の学問ではないと、大学で学生たちに言っている。ただ暗記しようとしても、知識量が膨大なため暗記しきれないからだ。しかもそのような方法で暗記した知識は、すぐに忘れてしまう場合が多い。彼らには、幹から枝葉のほうに関連付けをしながら学習していくことを勧めている。これは、研究をするときは、まず現象(幹)を発見し、それがどのような分子(枝や葉)によりどのようなメカニズムで行われているのかを明らかにするのと似ている。複雑な学問を学習する方法と研究のやり方が非常に似ていることに、気づかされたのも、基生研での経験のおかげだ。

 

 基生研では、3年に1度、研究所の一般公開というものがあり、一般の人々に研究所内を開放して、行っている研究の紹介や実験体験コーナーを設けて、一般市民との交流を図っていた。一般公開には、多くの一般市民の方が訪れて、多くの人が楽しんで見学していたことをよく覚えている。見学者の中には、小中学生も多くみられ、理系離れが進んでいると言われているが、科学に興味を持っている子供たちが多くいることに、安心感を覚えた。また私が基生研の学生だったころ、友人たちと学生セミナーを企画した。具体的には、学生のみで企画、運営をし、学外の先生をお招きして研究のセミナーを行っていただくというものだ。ただし学生の企画運営なので、運営費がなく、来ていただいた先生に講演料が出せないという厳しい条件があった。しかし、講演をお願いした先生方の多くは、大変お忙しいにもかかわらず、お金など関係なく、遠路はるばるセミナーをしに来てくださった。講演に来てくださった先生に、「最近は自主性がない学生が多いなかで、自分たちだけで、セミナーをやろうとした気持ちは素晴らしい。」と仰っていただいたことが心に残っている。現在、私は、三重大学において、高校生を対象とした実験体験学習を行っている。毎年、三重大学には、近隣の高校から、講演や実験体験を行ってほしいとの要望があり、その中の一つを私が担当している。私が実験体験学習を担当しようという気持ちになったのも、基生研で一般公開や学生セミナーの体験し、少しでも多くの人に科学の楽しさや素晴らしさを知ってほしいと思ったからだ。私ができることは微々たることだが、このような学習を通じて、学生たちの理系離れが少しでも減れば良いと思っている。

 

 最後に、博士課程に進もうと考えている人は、博士号を取った後、どうしたいのか、その目的を達成するためにはどうすることがベストなのかをよく考えてほしいと思います。例えば、海外に留学したい場合、留学希望の研究室で給与が支払われるならそれに越したことはありませんが、多くの場合、給与は支払えないので、財団や国の海外留学助成金を得てから来てくださいと言われます。またベンチが空いていないなどの理由で断られる場合もあります。希望の研究室に留学できるかできないかの最大の基準は、研究の業績だと思います。同様に国内で有名な研究室のポスドクになろうとしても、それに見合う業績がなければ、通常雇ってもらえません。私の場合も学位取得後、いくつかのポスドクに応募しましたが、履歴書と研究業績を送っただけで断られた経験があります。だからといって、学位を取った時点で優れた業績がなければ、その人は研究者としてやっていけないのかというと、必ずしもそういうわけでもありません。博士課程の時はパッとしなくても、ポスドクになって立派な研究をしている人もいます。しかし、日本の大学や研究所の多くのポストには、年齢制限があるものが多く、なるべく若いうちに優れた研究を行ったほうが、大学の教員や研究所のスタッフになるのに有利であることは間違いありません。基生研は、論文の被引用回数が、日本の研究機関の中でも上位に位置しており、多くの優秀な若手研究者を輩出しています。

 

あなたも基生研で研究生活を送ってみませんか?

 

 写真は、私がオーストラリアでヨットを操縦した時のものである。この写真のなかの自分のように、研究に対しても常に上を見て(目指して)いきたいと願っている。

 

(2012年 12月記)
 

大河原剛さん 略歴

1996年 : 東京理科大学 基礎工学部 生物工学科 卒業
1998年 : 東京理科大学大学院 基礎工学研究科 生物工学専攻 修士課程 修了
1998年-1999年 : 大塚製薬株式会社
2004年:総合研究大学院大学 生命科学研究科 分子生物機構論専攻 博士(理学)
2004年:基礎生物学研究所 統合神経生物学研究部門 研究員
2005年:信州大学 医学部 人体構造学講座 研究員
2005年-2007年:財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 流動研究員
2007年:Department Pathology・Northwestern University(Chicago, USA), postdoctoral fellow
2007年-2010年:藤田保健衛生大学 医学部 解剖学II 助教
2010年-2012年:三重大学大学院医学系研究科 生命医科学専攻 ゲノム再生医学講座 助教
2012年:三重大学大学院 医学系研究科 生命医科学専攻 基礎医学系講座 助教
2013年-現在:三重大学大学院 医学系研究科 生命医科学専攻 基礎医学系講座 講師