基礎生物学研究所
総研大の同級生から思いがけず電話をもらい、基生研における総研大生としての経験を書くよう依頼を受けました。現在、出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeを用いて、真核細胞に普遍的な細胞内タンパク質分解システムであるオートファジーの研究を進めています。この研究テーマに出会ったのが、総研大の博士課程で所属していた研究室でした。そこで、博士課程の研究テーマを選んだいきさつを振り返ってみることにしました。
私は修士課程を修了した後、バイオイメージングシステムを作っているメーカーに勤務していました。研究者に装置を提供し続けるうちに、生命の不思議を自分自身の手で解明していきたいという気持ちがふつふつとわき上がり、博士課程への入学を検討し始めました。
総研大の博士課程が目に留まった理由は、実家が基生研に近かったこともありますが、入学試験に筆記試験がなかったことが最大の理由です。修士修了後五年間にわたって生物研究の現場から完全に離れていたので、専門科目の試験に対応する自信がもてなかったからです(笑)。もうひとつ、当時の総研大には三年間の博士課程しかなかったことも理由として挙げられます。同級生も博士課程から同時に研究をスタートするので、新しいテーマで研究を始めるハンデも基本的にはないだろうとの判断が働きました。当時の門戸の広い入試システムは、色々な意味で幅広い学生を集められるものになっていたように思います。
大学院説明会では、耐震工事前の1階の講義室で様々な研究室の紹介を聞き、アカデミックな雰囲気に懐かしさを感じたことを今でも覚えています。修士課程でお世話になった先生に博士課程での進学先を相談したところ、基生研でオートファジーの研究を行っている大隅良典先生(現・東京工業大学)を紹介されました。自分自身、顕微鏡観察を通じて細胞内のプロセスを解明したい気持ちがありました。オートファジー研究にバイオイメージング技術の入り込む余地があるのではないかと直感的に感じ、大隅研究室で博士課程を過ごすことを決心しました。
大隅研究室は、オートファジーに必須な遺伝子群(ATG遺伝子)の研究で世界をリードしていました。当時、Atgタンパク質は細胞質に分布しているものと漠然と考えられており、詳しい局在解析はなされていませんでした。そこで、博士課程において私が最初に関わった(そして現在も続いている)のがAtgタンパク質の局在を可視化するというプロジェクトでした。1999年当時は酵母の蛍光ライブイメージング観察を主力としている研究室はさほど多くはなく、私は通信総合研究所(現在は情報通信研究機構に改称)の平岡泰先生に教えを請い、GFPを融合させたAtgタンパク質の蛍光ライブイメージングに着手しました。
Atgタンパク質はオートファゴソームという二重膜オルガネラを新規に形成する過程に働いています。オートファゴソーム形成時にはAtgタンパク質とオートファゴソームの材料となる生体膜が出会う場所があるのではないかと考え、Atgタンパク質の局在解析を進めました。蛍光ライブイメージングをする上でAtgタンパク質が厄介だったのは、発現量が低い上に、蛍光を見やすくするために発現量を増加させるとオートファジー活性が低下することでした。さらに頭を抱えたのは、光障害が顕著で蛍光像の撮影に少しでも手間取るとオートファジーが止まってしまうという問題でした。最短の露光時間で十分な画質の像を得るべく一年あまり試行錯誤を重ねた結果、Atgタンパク質を用いた蛍光ライブイメージングがようやく実用的な実験系として立ち上がりました。こうして確立したシステムを用いてオートファゴソーム形成に重要な構造体を同定することができ、この発見を契機に無事三年間で博士課程を修了することができました。
博士課程ではしばしば壁に突き当たることもありました。しかし、その都度研究室の先輩やスタッフの方々に相談にのっていただき、何とか乗り越えることができました。精神的に辛かったのは博士課程を修了してからでしたが、その話はまた次の機会に。
(2012年 8月記)