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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

修了生の声

修了生の声 友安慶典さん

voice1.jpg 基生研のある岡崎市を離れてはや6年が経とうとしている。学位取得後すぐに太平洋を渡り、大草原まっただ中のカンザスに移り住んだ。妻と一緒に右も左も分からず始めたアメリカ田舎暮らしも、渡米1年後に産まれたカンザス生まれの息子とともに徐々になじみつつある。この6年間、日本に数回戻ったものの最近ではすっかり日本の出来事にも疎くなった。そんなある日、かつて同じ研究室(形態形成部門、上野直人研究室)に在籍した元同僚からメールが届いた。彼女は現在「基生研戦略室」というちょっと怖そうな所に籍を置き、基生研で行なわれている研究をより一般の人に伝える広報を担当しているらしい。最近、日本だけでなく世界中で科学者と一般の人の間に大きな溝があると感じる事が多い中で、博士号を持つ彼女がそういう仕事に就くのはとても良い事だと思う。その彼女からのメールには、「総研大生として基生研で研究する事を考えている学生たちに何かメッセージを書いてほしい」とあった。少しでも彼女の活動の助けにな ればと思い二つ返事でOKしたが、さて何を書いたものか。メールには「イントロで軽く仕事の話をした後は何でも良い」とある。「何でも」をもうちょっと知りたくて聞いてみると「内容は浅過ぎず、でも説教臭く無く」だそうである。さて、困った。こういうメッセージはふつう「浅い内容」か「説教臭い」のどちらか(または両方)が基本である。実は私がこのようなメッセージを総研大用に書くのはこれが3回目であるが、過去2回の自分のメッセージを読み返してみると かなり説教臭い…。今回は説教臭く無く書けるかどうか。とりあえず「イントロで軽く仕事の話」からでもはじめて見ようか。

 

 総研大生として基生研にいたころは生き物の形態がどのようにして形作られるのかをショウジョウバエを用いて研究していた。よく「なぜハエ(今なら甲虫)なんかの研究をしているのですか?」と聞かれるが、これには少々誤解がある。「ハエの研究」ではなく「ハエを用いた研究」である。過去20年ほどの発生生物学の研究から、ハエであれ線虫であれ、そしてもちろんヒトであれ個体発生に使われる分子メカニズムは驚くほど保存されている事が明らかにされつつあ る。つまり、ハエで分かる事は、多くの場合他の生物にも当てはめる事が出来るわけである。この事実から「モデル生物」という概念が生まれ、現在多くの研究 者が各々の研究にあった生物を選択して解析を行なっている。基生研でもハエやカエルをはじめとして様々な生き物を使った研究が行なわれている。この環境はとても魅力的で、私自身、研究対象以外の生物の研究に多く触れることが出来た。そんな中、自分の中で生まれてきた疑問は「それでは、そんなに保存された分子メカニズムで、生き物はどのようにしてその多様な形態を手に入れたのだろう?」という事であった。もっともこの疑問は私だけの疑問というわけではなく、 当時の発生生物学の流れの中ではごく自然なものであった。この疑問に答えるために、ハエ以外の昆虫を詳細に解析しハエで分かっている事と比べてみたいと思い、学位取得後、冒頭にあるようにカンザスの片田舎の街にある甲虫の発生研究を行なっているラボに来たわけである。
 

 基生研での研究生活の中で私にとって幸運だったのは、学生が自分自身で研究の流れを考え実行する「自律性」を受け入れてくれる雰囲気を基生研が持っていたことだと思う。自分が知りたい事をしっかりイメージし、それを研究するための具体的な手段を自分自身で考えることは研究者としては当たり前のことではあるが、これを身につけるのは意外と難しいと思う。基生研での研究生活の中で知らず知らずのうちにこのような思考を身につけることが出来たのは、学生を研究仲間として扱ってくれる研究スタッフが多くいたからだと思う(今更ながらとても感謝しています)。もう一つ基生研に在籍して良かったと思う事は、卒業後も多くの総研大生が研究の分野に残っている事だと思う。特に学位取得後すぐに渡米した私に取っては、異国での苦労話を共有できる友達の存在はとても大きい。学会等で卒業後何年経ってもかわらず同じ分野にいる仲間と会えるのもとても楽しいものである。
 

 と言うふうに「良い事」を2点挙げたが、実はこれには裏もある。1点目に関しては、最初から「自分の知りたい事」を漠然とでも良いから持っていないと闇雲に研究生活を始める事になる。以前のメッセージで「研究を楽しもう」と書いた事があるが「知りたい事」が分からない中で研究を楽しむのはとても難しい事だと思う。大学院進学を考えている皆さんには是非まず何が知りたくて研究者になりたいのかをしっかり考えてほしいと思う。2点目の「多くの総研大生が研究の分野に残っている」と言う事は、意地悪な言い方をすると「つぶしが効かない」とも言えると思う。実際今の日本のシステムでは大学院を終了して学位を取得した者が選べる職は極めて限られている。何となくで大学院に来てしまうとその後の選択肢を自ら減らしてしまう事にもなりかねない。学位取得後も研究の世界に身を置く覚悟がなければ大学院での研究生活は難しいものになるかもしれない。と、少し脅してみたが、「知りたい事」を持ち「研究を続ける覚悟」がある者には基生研はとても良い環境を提供してくれると思う。
 

 さて、そろそろこの駄文も締めにかからねばなるまい。ここまでを読み返してみるとやっぱり説教臭い気がする。「メッセージ」というものはある意味説教なのだから勘弁してもらおう。この駄文の中で伝えたかったことは「知りたい気持ち」の大切さだと思う。研究の動機には色々ある。世の中の病気を無くしたい、教科書を書き換えるような研究がしたい、良い雑誌に論文を書きたい、隣のあいつには負けたく無い?、などなど色々である。ただ「知りたい気持ち」はそれらの動機の上に立つ研究の原点だと思う。と、偉そうな事を言ってはいるが、私自身研究生活をはじめて10年以上になるのにまだ「知りたい事」はとても漠然としているし、これが具体的になる事は一生無いのかもしれない。それでもこの「知りたい」を大切にできる人はきっと良い研究者/科学者になれると思う。
 

 冒頭で触れたうちの息子、今4歳(もうすぐ5歳)である。最近、周りのもの全てが興味深いらしく、一日に恐ろしいほどの「~はなぜ~なの?」という質問を浴びせてくる。これが本来の科学者の姿なのかなあとも思いつつ、この辺で筆を置こうと思う。この文章が大学院進学を考えている方々に少しでも参考になれば幸いである。
 

 おっと、もう一つ言いたい事を忘れていた。総研大生として基生研で研究することに決めた人も、他の大学で研究生活を送る事を決めた人も、学位取得後は是非日本の外に出てみてほしいと思う。日本では想像もしなかった世界(研究/日常ともに)に出会えると思うし、日本では得る事が難しい日本人以外の研究仲間に多く会えると思う。もちろんそのための英会話の練習も忘れずに!
 

(2007年1月記)
 

友安慶典さん 略歴

1998 : 北海道大学大学院 薬学研究科 修士
2001 : 総合研究大学院大学 生命科学研究科 博士(理学)
2001-2004 : Human Frontier Science Program, Long-term fellow (at Kansas State University)
2004-2008 : Res. Assist. Professor, Kansas State University
2008-現在 : Assist. Professor, Miami University Website