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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

国際連携

EMBL - 連携活動

EMBL 研究滞在記 (田中 実)

Organizers 生殖遺伝学研究室:斎藤大助・田中実
Venue EMBL Heidelberg
Date Oct. 10-22, 2005

 基生研ニュースでも幾度か報じられているように,EMBL(欧州分子生物学研究所)と基生研との間で共同研究を推進することが 締結されました。これにもとづく実施第1号として研究員の斎藤大助と私とが,従来から交流のあったEMBLの Jochen Wittbrodt Groupを訪問して研究を行ってきました(田中:10月10日-14日,斎藤:10月10日-22日)。

 共同研究を行なうとなると相手先に長期滞在することはよくあることです。EMBLには共同研究者が利用できるホテルと ゲストハウスがあります。我々は郊外にあるホテルに滞在することになりました。このホテルは外見と内装・家具のすべてが バウハウス様式で,当時のバウハウス運動を推進したカンディンスキー、パウル・クレーなどの芸術家のポスター,リトグラフ などが廊下のあちこちに掲示してありました。愛好者にはたまらないところだと思います(実際,ここで年に1回大きな集まり があるようです)。もちろんベッドや机もその様式で作られているのですが,使い心地となると??と感じるところもありました。

 ホテルからEMBLの研究所へは無料のシャトルバスが朝晩出ています。研究所はHeidelbergの南の小高い丘の森の中にあり Max Planck研究所が隣接しています。牧場も周囲に点在しています。バスは森を縫って登っていき,10分ほどで研究所に着きます。 夜8時以降のバスの便はないので少し不便ですが,斎藤君は森の中の小径を30分ほどかけて歩いて帰ったそうです。中々気持ちよ かったと言っていました。湧き水が出てくるところがあり,市街に住む人々が多く汲みにくるのだそうです。グリム童話に出てくる 森もこんなだったのだろうか、と感じ入るような森でした。

 EMBLには世界の顕微鏡会社が最新機器を出しており,第一線の研究の動向に合わせて開発していくと言う理想的な体制を整えて います。我々はCore Facility Unit Coordinatorの Dr.Christian Boulin 氏と全般的な話を行ない,Wittbrodt Group とはSPIMという 顕微鏡の潜在的可能性について試してきました。SPIMはレーザー光を面で照射するため,従来の共焦点顕微鏡のように点光源で面を走査 する必要がありません。従って速い生物現象を捉えるのに適していると言えます。またサンプルを回転させることで2次元的な全周囲照射 が可能でこれも大きな特徴と言えます。

 実験には特定細胞系列で蛍光を発するメダカを用いました。最初の数日はサンプルの置き方,角度,画像取得の方法などの試行錯誤 を行ないました。この装置はレーザー照射面に対して直交して出てくる蛍光を検出します。従って観察したい部分から発する蛍光が他の組織 に阻害されないように角度を決める必要があります。実験では今までは見ることのなかった部分を捉えようとしているので,どの時間間隔の 画像取得でどのくらい長時間実験可能か,またその時々のデータに対するコンピューターの処理能力の状態など,実際に始めると(当然なが ら)他にも試行錯誤を重ねなくてはならない部分が次から次へと出てきました。3日間滞在の私にはとても時間が足りなく,11日間滞在し た斎藤君にとってもあっという間の共同研究であったようです。

 取得した画像の4Dイメージ構築も試みてきました。EMBL の特徴に研究グループ間の垣根が低いことがあげられます。そこで Core Facility(技術課みたいな部署)へ行き,そこのソフトとコンピューターを使用して画像構築を試みました。長時間画像を記録すると (我々の場合長時間必要なのですが)その容量が膨大となり,処理のときの大きな負荷がハード的にも問題となりました。そのため今回は 思い描くようなイメージ構築までは残念ながら至りませんでした。画像取得のときのパラメーター設定など,まだまだ一連の実験と解析方法 について,我々の方が改良しなくてはならないところがあるようです。しかしながら同時に,SPIMそのものが現在もニーズに合わせて改良され, 発展中の装置であることも実感しました。実際EMBLでは数台の改良版を作製中で,我々はその垣根の低さを利用してStelzer Group に行き, その改良版を使うこともできました。彼らのSPIMにはレーザーで細胞が扱える装置が組み込まれており,さらなる装置の改良を重ねていました。

 このGroup間や装置開発のための人的交流が活発な点も日本では見ることの少ない点の一つと言えるのかもしれません。ヨーロッパ中からポスドク の応募があり,数百人の中から数十人がポスドクとして採用されるとのことで,人材面でも恵まれていると言えるでしょう。 以前にJochenがinterviewに数日かかると言っていたのが思い出されました。また考え方が多様になるようになるべく異なる国籍の人をとるように しているとも言っていました。出会った人の出自を尋ねてみると物理系出身であったりして,結果的に異なる分野の人と知ることにもなりました。 一種の異分野融合がなくては生物学分野の装置開発は中々進まないと思いますが,単に生物の特定分野の発展にとらわれるだけでなく,生物学自体 の枠を大きく捉えて研究所に組み込む考え方に,装置開発を容易にする基礎とそれを包含するEMBLの基礎体力の強さが見えているのかもしれません。

 今回SPIMを初めて実験に用いるにあたって,装置そのものの特性を試行錯誤を重ねることで会得しなくてはなりませんでした。またその装置 そのものとは別にサンプル自身の調整の問題もありました。そのためこの短期間の滞在では完璧な画像取得までは至りませんでしたが,それぞれの サンプルに適した方法を確立すれば,今まで見ることのできなかった生体内現象を解析できるであろうと十分期待できる予備的な画像を多数取得する ことができました。EMBLEM technology transfer, Deputy Managing DirectorのDr.Martin Raditsch氏とも話をする機会があり,SPIMを取り巻く様々 な積極的な状況も聞くことができました。その周囲の評価と同様に,この装置には新たな生命現象の発見と解析を可能にしてくれる大器を感じました。

 最後に気持ちよく我々を受け入れてくれたEMBLのメンバーに感謝したいと思います。Jochenから何が食べたいかと言われ,「Very German なもの」と 言うと,初めてEMBLに来たときに妻と訪れたというひいきのドイツ料理店で歓待してくれました。店の奥さんがオーナーとして取り仕切っており, 彼女の機嫌を損ねるとよくないんだと言っていました。幸いその日はとても機嫌が良かったようです。岡崎にも奥さんが中々偉い(?)ドイツ料理店が ありましたが,これはドイツ料理店の伝統なのでしょうか!?この機会を与えて下さった基生研の方々,サポートして下さった戦略室の方々にもお礼を 申し上げます。今後もこの共同研究を継続発展させていきたいとおもっています(写真は斎藤大助撮影による)。

付記:EMBLのカフェテリアはメニューが豊富なだけでなく抜群に美味でしかも値段が驚くほど安い。我々2人とも短期間で体重が増えて帰国したことを付け加えておきます。

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Dr.Boulin氏と話を終えて

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EMBLに広がる森と牧場

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SPIMと格闘中(左端が斎藤大助研究員)

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滞在先研究室のメンバーとドイツ料理店で
(左から2人目がDr.Jochen Wittbrodt氏,
4人目が実際に研究を一緒に行った
Dr.Martina Rembold氏)