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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

修了生の声

修了生の声 花岡 秀樹さん (ライフテクノロジーズジャパン)

 

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 私は1999年から2002年まで総研大の博士課程に在籍しました。当時、基生研にいらっしゃった大隅良典先生(現・東京工業大学)のもとでオートファジーという生命現象の研究を行いました。博士課程修了後、留学やポスドク等を経て、今は外資系バイオテクノロジー企業で技術サポートの仕事についています。今回、このような場をいただけたので、依頼に沿って、私の現在の仕事の紹介や、企業への就職について私なりのコメントをしてみたいと思います。

 

 私の現在の仕事ですが、正式には”FAS (Field Application Specialist)”というものでして、日本では「学術」という言葉が近い意味で使われているようです。欧米では研究者コミュニティで”FAS”という言葉が市民権を得つつあるようですが、日本ではまだ外資系バイオ企業人にしか通じない言葉かと思います。基本的には、元々研究者、製品のユーザーであった経験を活用して、先生方に商品の技術的な説明をさせていただいたり、使用法のご案内やトラブル解決のお手伝いをするといった職業になります。なので、機械の売り込みに行くのであれば「技術営業」、売った後の訪問であれば「(技術)サポート」が仕事になります。

 

 私自身はこの職業について6年強を経たところですが、やってみると仕事が非常に多岐にわたっていて退屈しません(笑)。前述のように、商品の強みをお客様ないしは営業に説明する場面では「営業」的な感性が要求されます。また、新技術であれば、どういった事に活用できるか、使われたお客様の声を紹介できる資料に落とし込む、学会などでセミナーを実施して市場を作っていく、このあたりは「マーケティング」の範疇になるでしょう。特に、私の会社の場合、研究開発部門はアメリカ本社になりかつ商品の特性上、新製品情報を把握するにはどうしたって技術がわかり英語がわかる必要がある、すると自分たちに求められる要素も大きくなります。そして、実際に自分たちで触ってみて使い方を把握して説明することは本業(?)である「FASないしはテクニカルサポート」業務になります。

 

 仕事に対して端的な感想を述べるならば「面白い」と言えるかと思います。ただ、全ての職業には光と影があるかと思いますので良い点3つ、悪い点3つをあげるならば。

良い点、1)基礎技術が実用化される最先端の情報に触れることができる。2)日本各地の研究者と接する機会があり、純粋な基礎研究から現場に即した応用研究まで幅広い分野を覗ける。3)自分のバックグラウンドを活用できる。

悪い点、1)米国本社の企業の日本販社社員という位置づけなので出来ること、出来ないことがある。2)対応件数が多く、対応内容が多岐にわたるのでなにかと忙しい。3)日本は欧米と比較して、官尊民卑の傾向を感じることがある。

それほど特殊な点はないかと思います。

 

 さて、総研大は、研究に特化した大学院大学という色があるかと思います。その中で民間企業に就職した私は少数派かもしれません。以降は、博士課程修了後の民間企業への就職という観点でお話したいと思います。

 

 私が現在の仕事に就いた一番の理由は、最初にオファーが来たから、というのが正直なところです。自分がもともと工学部出身ということもあり、企業に就職して仕事をするというのが自然な流れの世界にいたのですが、縁あって博士課程、さらにポスドクまで経験させていただく機会に恵まれました。そのままアカデミアで研究を続けるという選択肢もありだったのですが、ポスドクを長く続けることに魅力は感じておらず、アカデミアなら「テニュアないしはテニュアトラックのポジション」、企業なら「正社員」、その前提で就職活動をしていました。結果、最初にオファーが出たのが現勤務先ということになります(しかも、実は選考過程で一度落ちたという通知をいただいた後に、改めて合格という連絡をもらっています。敗者復活枠?)。

そういう意味では「運」や「偶然」の要素が多いかもしれません。でも、個人的には世の中そんなものでしょう、とも考えています。ずれた比喩かもしれませんが、私にとっては「野球選手」になることが目的であって、「球団」や「ポジション」にはそれほどこだわっていなかったという感覚です。ちなみに、民間企業に関して申し上げますと、2007年当時の私の経歴(ポスドク、32歳)で外資系企業はほぼ100%面接に進みました。日系企業はほぼ100%書類で落ちました。

 

 そんな私ですが、その後、新人の採用にも毎年のように関わることになりました。その観点から博士課程修了後に企業へ就職希望される方へは「あなたの+αは?」という問いに対する答えを磨かれることをお勧めします。研究者としての分野背景、論文などは履歴書等を見ればわかるといえばわかりますし、2010年頃からポスドクレベルの応募者もだいぶ増えた印象があります。無論、純粋な研究職への応募において研究者としての力量で自分を差別化できる方は論文リストでの勝負というのもありなのですが、私のような少し異なる職種に応募される場合には、研究業績にたいした意味はなく、むしろ「研究者バックグラウンドを持ちつつ私はこういうことができる」と語れる人に+αの魅力が出ます。

 

 そして、企業への就職を希望される方は、早めに実際に企業勤めをされるのがよいでしょう。日本において博士課程修了後に企業へ入るところのハードルは事実としてやや狭き門という認識ですが、とにかく一度企業勤めをしてしまえば、他企業への転職となるとかなりハードルが下がる印象があります。実際に会社で働いてみると他の部署が実際にどのような業務をしているのか見聞きする機会も多くなるので、いろいろと今まで見えてなかったものが見えてくるようになります。

 

 こんな私ですが、基生研(総研大)へ進学した博士課程の3年間というのは今思っても非常に有意義なものでした。やはり、ひとつの環境にとどまらず、新しい環境でかつ多様な背景を持ったひとの中で研究を進めていくというのは、研究のみならずもっと広い視点で他では得難い経験であったと断言できます。しかも、職業柄、多くの大学、研究機関を見てきましたが、「基生研は研究をする環境として日本最高峰であった」、という思いをより強くしています。3年で博士課程を終えられたのは、あの研究環境があったからこそ、というのは間違いありません。研究に専念できてかつ、レベルの高い環境。しかも規模が適度に小さく、皆が新しい立場で研究を始めるので、自然と研究室の垣根を越えたコミュニケーションというのがうまれやすい素養があったように思われます。「古き良き研究者の楽園」というのが私が過ごした基生研(総研大)のイメージです。駅や都市へのアクセスなど生活面でも非常にいいものでした。周囲にいた方々のその後の進路をみても、本当にレベルの高い人達に囲まれていたのだなとつくづく恵まれていたと思います。

 

 私の基生研(総研大)への進学を後押しした大隅先生の言葉に「人生にコントロール実験はないんだよ」というものがあります。確かに、やってみるかやってみないか、結局のところ選択した人生以外を歩むことはできません、たら・ればを想定しても意味がないことです。何が大事で何がフィットするかは個々人の価値観によるかと思いますが、基生研(総研大)への進学は、面白い研究をのびのびとやってみたい、という当時の私に間違いなく応えてくれた選択でした。新しい環境に船出してみたいという夢をもった若い方が今後も

基生研(総研大)に進学し、幸多い人生を送られることを願ってやみません。なかなか楽しい研究所です。

(2013年 12月記)

 

追記

 その後、縁あって日本子会社を退職し、2015年からアメリカ本社でプロダクトマネージャーという職種で働いています。言語と文化の違いにひーひー言っていますが、そういう道もありえますということで。詳しい話はまた次の機会に。(2015年10月追記)