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研究報告

2025.11.10

「メスばかりの世界」で生きるトゲナナフシから性の退化を探る:8年間の飼育で出現したレアなオスと性モザイク個体を詳細解析

自然科学研究機構 基礎生物学研究所
 
【研究の背景】
動物ではオスとメスの両性が存在するのが一般的ですが、メスだけで繁殖を行う「単為生殖」種も多数知られています。枝や葉に擬態する昆虫、ナナフシには単為生殖を行う種が多く、日本に広く生息するトゲナナフシ(図1)もその仲間で、野外では通常メスしか観察されません。しかし、単為生殖種であっても非常に稀な頻度でオスが出現することがあり、これは有性生殖に関する要素が退化するプロセスや、生殖様式の可逆性を理解するうえで貴重なサンプルとなります。トゲナナフシではこれまで数例のオスが報告されてきていますが、その形態学的・解剖学的な特徴づけは十分ではありませんでした。

この研究は、田原市立福江中学校の森下泰成氏が、1匹のメスから始まったトゲナナフシの飼育系統を延べ8年間観察する中で、オス的な特徴を持つ個体を3個体発見したことからスタートしました。この貴重な標本を学術的に検証するため、名和哲夫館長(名和昆虫館)を通じて、基礎生物学研究所の野崎友成助教が共同研究に参加しました。

研究チームは、これらのトゲナナフシの稀な個体が本当にオスなのか、どのような特徴を持つのかを、詳細な形態学的・解剖学的観察をもって丹念に調べ、今後の研究の学術的基盤を確立しました。
 
【研究の成果と展望】
8年間で得られたオス的特徴を示す3個体(外部生殖器[ペニス]を持ち、産卵しない)のうち、1個体は腹部末端に明確なオス特異的な構造(メスの腹部を把握する器官)を持ち、交尾行動を示しました。トゲナナフシの近縁種では、オスは一般的に「触覚が長く体長が短い」という傾向があり、この個体の触覚―体長比は典型的な近縁種のオスと同じ値を示しました.一方で残りの2個体に関しては、腹部末端には明瞭なオス器官は存在せず、交尾行動は全く見られませんでした。さらに触覚―体長比はメスと近い値を示しました。腹部を解剖したところ卵巣が確認されたため、この2個体はオスの外部生殖器を持ちながら卵巣も持つ、「性モザイク個体」であると結論づけました(図2)。

本研究では、オスと断定された個体が実際に機能を持つか、つまり次世代に遺伝的な貢献ができるかどうかに関しては未解明ですが、トゲナナフシにおけるオス、メス、そして性モザイク個体の形態学的・解剖学的なデータを示した点で将来の研究のために非常に有意義です。また、触角―体長比はトゲナナフシにおける稀なオスと性モザイク個体を区別する定量的な基準となるため、単為生殖種における稀なオスの進化的意義を探るための重要な基盤情報となります。稀なオスは、その性質上、個体の発見頻度が極めて低く、観察データとして蓄積しにくいという現状があります。 本研究の成果は、この難題に挑むための重要な第一歩です。今後、このような稀な現象を科学的に捉え、性の進化の謎を解き明かすためには、引き続き地道な知見の蓄積が不可欠です。

本研究成果は、2025年11月2日付で国際学術誌「Entomological Science」誌に発表されました。

fig1.jpg
図1:トゲナナフシのメス
 
fig2.jpg
図2:トゲナナフシのオス(A)と性モザイク個体(B、C)
白い矢じりは露出したペニスを示す.
 
【発表論文情報】
雑誌名: Entomological Science
掲載日: 2 November 2025
論文タイトル: Sex mosaics and a rare male in the parthenogenetic stick insect Neohirasea japonica (Phasmatodea: Lonchodidae)
著者:Taisei Morishita, Tetsuo Nawa and Tomonari Nozaki
DOI: https://doi.org/10.1111/ens.12625
論文はオープンアクセスです。
 
【研究グループ】
田原市立福江中学校
森下泰成
 
名和昆虫館
名和哲夫 館長
 
基礎生物学研究所 進化ゲノミクス研究室
野崎友成 助教
 
【研究サポート】
本研究は、科学研究費助成事業(25K18554)および孫正義育英財団による支援を受けて行われました。
 
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 進化ゲノミクス研究室
助教 野崎友成
E-mail: nozaki.t@nibb.ac.jp