基礎生物学研究所
2011.09.10
自然科学研究機構 基礎生物学研究所、石川雅樹研究員、久保稔研究員、長谷部光泰教授らの研究グループは、分化細胞が幹細胞化する過程で、細胞周期制御因子Aタイプ-サイクリン依存性キナーゼ注1)(CDKA)が、細胞周期注2)の再開と他の過程を協調的に制御していることを発見しました。この研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「長谷部分化全能性進化プロジェクト」(研究総括:長谷部光泰)の一環として行われ、この成果は、2011年8月23日、米国の植物学専門誌プラントセル(The Plant Cell)誌(先行電子版)で発表されました。
[研究の概要]
幹細胞は細胞分裂によって、自分自身と同じ細胞と、自分自身とは異なった性質を持つ細胞を作り出す能力を持った細胞です。幹細胞から生じた細胞は、特有の性質を持った細胞へと分化します。植物の茎や根の先端には幹細胞があり、自分自身を維持しながら、茎や葉、根になる分化細胞を作り出していきます。分化した細胞は分裂をせず、それぞれの役割に応じた働きをします。
一方、分化した細胞をもう一度幹細胞に戻すことができます。哺乳類では、近年可能になった人工多能性幹細胞(iPS細胞)が良い例です。植物は容易に葉挿しや挿し木ができるように、動物よりも分化細胞が幹細胞化する能力が高いことが知られています。
幹細胞化するときには、細胞分裂を停止している分化細胞が、細胞分裂する幹細胞へと変化するので、「細胞分裂の再開」と「分化細胞の性質を幹細胞の性質に変えること」の両方が協調して変化することが必要です。しかし、これまで、どのような遺伝子がこの2つの過程を協調させているのかは分かっていませんでした。
我々は、幹細胞化能力の高いコケ植物ヒメツリガネゴケ(図1)を用いて、細胞分裂制御因子として知られていたAタイプ-サイクリン依存性キナーゼ注1)(CDKA)が細胞分裂だけでなく、それ以外の細胞の性質を変える働きもしていることを発見しました。細胞分裂を制御する遺伝子が幹細胞化の他の変化も制御することがわかったことにより、細胞分裂とそれ以外の変化が協調しておこる理由をうまく説明することができるようになりました。
[今後の展開]
CDKAを中心として、どのような遺伝子が幹細胞化過程に関与しているかを明らかにすることによって、幹細胞化の仕組みが明らかになることが期待されます。仕組みがわかれば、幹細胞化しにくい農作物などを改変することによって、簡単に繁殖できるような作物を作ることができるようになる可能性があります。
[詳しい研究内容]
植物は動物に比べて幹細胞化能力が高いことが50年以上前からわかっていましたが、幹細胞化に関わる遺伝子はほとんど明らかになっていませんでした。その1つの理由は、ゲノム情報や遺伝子導入などの実験技術が確立している既存のモデル植物は、幹細胞化能力が低く実験が行いにくかったからです。もう一つの理由は、幹細胞化が起こるときにカルスという細胞の塊を形成しますが、塊の中のどの細胞が幹細胞になるのかを特定することができず、幹細胞化する細胞を集中的に観察することが難しかったからです。研究グループは、コケ植物ヒメツリガネゴケの葉を切断すると、ただ水につけておくだけで、1日以内に、切り口に面した細胞が幹細胞化すること(図1)を利用して、幹細胞化の遺伝子ネットワーク解明を進めています。
通常分裂を停止した動物細胞や植物細胞は、細胞周期注2)をG1期で停止しています。ところが今回の研究で、ヒメツリガネゴケの葉細胞はS期後半で停止しており、切断することで、ある特定の領域でDNA合成(複製)がおこり、その後、細胞分裂することが示唆されました。このことは、これまでに知られていない細胞周期制御機構が、ヒメツリガネゴケには存在していることを意味しています。
細胞周期は、いくつかのタイプに分かれるサイクリン依存性キナーゼ(CDK)によって制御されています。AタイプCDK(CDKA)は、細胞周期の再開や進行を正に制御しています。研究グループは、茎葉体から葉を切り取ると、その切断葉でCDKAが活性化されることを見つけ出しました。そこでCDKAの機能抑制型変異体注3)や、CDKの酵素活性を阻害する薬剤を用いて、切断後のCDKA活性を抑制すると、細胞周期の再開が停止することを確認しました。ところが予想外なことに、CDKAの機能抑制を行うと、頂端成長の獲得や幹細胞特異的遺伝子発現など、幹細胞化に伴っておこる細胞周期の再開以外の変化も抑制されることを発見しました(図2)。この結果から、CDKAは細胞周期再開と、頂端成長など幹細胞化のその他の過程をともに制御し、協調させていることがわかりました(図3)。
図1 ヒメツリガネゴケ切断葉の葉細胞の幹細胞化。
ヒメツリガネゴケの葉を切断して水につけておくと、24時間ほどで切り口の細胞の幹細胞化がおこり、幹細胞である原糸体頂端細胞へと変化し、伸び出す。赤矢印は、原糸体頂端細胞を示している。
図2 Aタイプ-サイクリン依存性キナーゼ(CDKA)は細胞周期再開と、幹細胞に特有の頂端成長の両方を制御している。DNA合成阻害剤アフィディコリンを添加して細胞周期再開を阻害すると、細胞分裂がおこらないが、細胞周期再開以外の幹細胞化過程が進行し、頂端成長を開始する(左図)。一方、細胞分裂制御因子CDKAを機能抑制すると、細胞周期再開だけでなく、頂端成長も止まってしまう(右図)。
図3 本研究でわかったAタイプ-サイクリン依存性キナーゼの新しい機能。
[用語解説]
注1) サイクリン依存性キナーゼ
サイクリンと呼ばれるタンパク質と複合体を形成することで、タンパク質リン酸化酵素活性が上昇して、その標的タンパク質をリン酸化し、細胞周期の進行を正に制御する。
注2) 細胞周期
細胞分裂した細胞が、核DNAの複製、染色体の分配、細胞質分裂を経て、二つの娘細胞になるまでの過程を繰り返すこと。細胞周期は、 DNA複製前の静止期(G1期)、DNA合成期(S期)、細胞分裂前の静止期(G2期)、そして細胞分裂期(M期)の4段階に分けられる。
注3) 機能抑制型変異体
CDKAの酵素活性を欠失させたCDKA変異型を細胞の中で過剰に作らせることで、細胞がもっている本来のCDKAの酵素活性を抑制させることができる。
[発表雑誌]
「The Plant Cell」(米国植物生物学会発行の学術雑誌プラントセル)
電子版に先行掲載
論文タイトル:
Physcomitrella cyclin-dependent kinase A links cell cycle reactivation to other cellular changes during reprogramming of leaf cells.
著者:
Masaki Ishikawa, Takashi Murata, Yoshikatsu Sato, Tomoaki Nishiyama, Yuji Hiwatashi, Akihiro Imai, Mina Kimura, Nagisa Sugimoto, Asaka Akita, Yasuko Oguri, William E. Friedman, Mitsuyasu Hasebe and Minoru Kubo