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お知らせ

2002.06.01

感覚情報処理部門・野田昌晴教授、大学院生檜山武史、形質転換生物研究施設・渡辺英治助教授らは脳が食塩摂取をコントロールするしくみを解明(NatureNeuroscience誌に掲載)

感覚情報処理部門・野田昌晴教授、大学院生檜山武史、形質転換生物研究施設・渡辺英治助教授らは、九州歯科大学・稲永清敏教授、小野堅太郎助手、長崎大学・生理学研究所・吉田繁助教授(現、近畿大学教授)との共同研究により脳が食塩摂取をコントロールするしくみを解明し、NatureNeuroscience誌6月号に掲載されました。

 

Naxチャンネルは中枢神経系のナトリウム濃度検出に関与している

・研究の背景
 ヒトを含む哺乳類では、体内のミネラルバランスが正確に保たれている。そのために塩分が腎臓から排泄・再吸収されるのみならず、脳からの指令で塩分の摂取行動が制御されると考えられている。例えば絶水時、体内の水分が失われることで体液の塩分濃度が上昇すると、動物はあらたに外部から塩分を摂取することを避け、水分のみをとるという「塩分忌避行動」を示す。その反応は速く、脳内に直接塩濃度監視するためのセンサーがあると考えられてきた。しかし、その概念が初めて提唱されて以来半世紀にわたり、多くの研究がされ、また証拠となる生理現象が実験的に示されてきたにもかかわらず、塩濃度センサーの分子実体は不明のままであった。さらに、センサーの情報がどのようにして神経情報を持った信号に変換され、出力されるかも明らかになっていない。

・研究内容
 これまで:我々は哺乳類の中で遺伝子操作法が確立しているマウスをモデル動物として電位依存性ナトリウムチャンネルに構造のよく似た分子、Naxチャンネルの機能を探ってきた。チャンネルは、細胞の表面に存在して物質を通過させる穴を備えた蛋白質であり、多くの種類が存在する。また、それぞれ固有の開閉機構を備えている。これまで知られていた電位依存性ナトリウムチャンネルは、神経細胞上で、入力によって生じたアナログの電位変化をデジタルのパルス信号に変換する働きを持った電位センサーであった。それに対しNaxチャンネルは構造的に不完全であるためにその機能が疑問視されてきた。ところが、我々が詳細に検討した結果、Naxには興味深い特徴があることがわかってきた。まず特徴的なのは脳の中での局在性である。通常のナトリウムチャンネルは脳全体に存在しているが、Naxチャンネルは脳の中でもこれまでの研究で塩濃度センサーがあるとされてきた脳室周囲器官(脳弓下器官、終板血脈器官など)に特異的に発現していた。しかも、行動にもその特徴が現れていた。Naxチャンネル遺伝子を欠損したノックアウトマウス(遺伝子欠損マウス)を作出して行動を観察したところ、絶水時においても「塩分忌避行動」を示さないことが明らかになった。
 今 回:我々はこうした現象の実体を探るために、Naxを発現した神経細胞を単離し、溶液の塩濃度を上昇させた。すると、通常の体液の塩濃度から約10%上昇した時に細胞外からナトリウムイオンが流入する様子が蛍光プローブを用いることにより観察された。また、パッチクランプ法を用いてそのイオン流入が電流を生成することも明らかにした。以上の結果より、Naxチャンネルは電位ではなく、体液の塩分(塩化ナトリウム)の濃度上昇を電気信号に変換するナトリウムセンサーであると結論された。さらに、Naxチャンネルが抑制性神経細胞に存在することや、Nax遺伝子欠損マウスにおいて神経活動の指標である最初期遺伝子産物の発現が上昇することから、体液の塩分濃度上昇は、抑制性信号として出力されると結論した。

・研究成果の意義
学術的意義
 これまで体内の塩分調節に関しては、一度体内に入った塩分を後から補完的に調節するための腎臓による排泄・再吸収と、それに関わるホルモンが知られていた。今回、脳内塩濃度センサーからの情報に基づいて、塩分の摂取を行動制御により調節するしくみが明らかになったことにより、入口と出口の両方における調節機構が明らかになった。生体内ミネラルバランスを正確に保つことは、あらゆる生命活動を維持する上での必須条件である。しかし、こうした生命活動の最も基本的生理現象であるにもかかわらず、その保持機構にはいまだ不明な点が多い。Naxチャンネルの機能解明が有益な知見を与え、バランス保持機構の解明につながると期待される。
社会的意義
 日本を含む先進国各国において、生活習慣病(成人病)が死亡原因の上位を独占する今日、その罹患リスクを高める要因の一つとされる塩分の摂取量をいかにコントロールするか、多くの人が強く関心を抱く問題である。Naxチャンネルは、そのような疑問を解くための鍵となる重要な遺伝子でありその機能の一端が世界で初めて明らかにされた意義は大きい。

掲載新聞・雑誌・書籍一覧

2002/06/01 朝日新聞
2002/06/01 読売新聞
2002/06/01 毎日新聞
2002/06/01 中日新聞
2002/06/01 東海愛知新聞
2002/06/03 日本経済新聞
2002/06/04 日刊工業新聞
2002/06/14 科学新聞
2002/07/15 月刊ソルト・サイエンス情報

Nature Nurosciece 2002年6月1日