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2002.05.13

生殖部門・長濱嘉孝教授、松田勝研究員らはメダカの性決定遺伝子を発見(Natureホームページに掲載)

生殖部門・長濱嘉孝教授、松田勝研究員らは新潟大学理学部自然環境科学科の濱口哲教授、酒泉満教授らとの共同研究によりメダカの性決定遺伝子を発見しNatureホームページ5月13日号に掲載されました。


Y染色体特異的なDMドメイン遺伝子DMYは雄の分化に必須の遺伝子である

1.研究の背景
 ヒトを含む哺乳類や多くの魚類では、性(オス、メス)は性染色体の組み合わせで遺伝的に決定され、XY がオス、XX がメスである。このオス、メスを決める遺伝子は Y染色体にあると考えられていたが、1990年にイギリスの研究者により Sry がヒトの性決定遺伝子であることが明らかにされた。また、現在この Sry は多くの哺乳類で共通の性決定遺伝子であると考えられている。しかし、これまで多くの研究がなされてきたにもかかわらず、哺乳類以外の脊椎動物(鳥類、ニワトリ;爬虫類、カメ、両生類、カエル;魚類)では Sry の相同遺伝子、あるいは Sry とは別の性決定遺伝子も見つかっていなかった。さらに、哺乳類においても Sry の作用機構( Sry があればどうして精巣ができ、なければ卵巣ができるという仕組み)は未だ明らかにされていない。

2.研究内容
 我々は、性が哺乳類と同じように遺伝的(XX、XY型)に決まっていて、遺伝学を駆使することができるメダカは性決定遺伝子を同定するための研究モデルとして最適であると判断して、メダカの性決定遺伝子の同定を行った。その結果、メダカの性を決定している領域(530kb)をY染色体の約 25 万塩基対の領域に絞り込むことに成功し、その全塩基配列の決定を試みた。塩基配列の決定された領域から、遺伝子予測プログラムにより予測された全ての遺伝子について、性分化の時期における予測された遺伝子の発現を逆転-PCR法により解析したところ、3つの遺伝子のみが生殖腺の性分化が起こる時期に発現していることが明らかにされた。さらに、そのうち PG17 はXX胚では発現がみられず、XY胚で発現が観察された。この遺伝子は、X染色体には存在せずY染色体のみに存在しており、DMドメイントと呼ばれる特徴のあるアミノ酸をコードしていると推測されたので、その遺伝子を DMY(DM-related gene on the Y chromosome)と名付けた。また、DMYは性分化の時期にXY胚の生殖腺で発現していた。
 さらに我々は、性決定/生殖腺の性分化に関わる突然変異個体を探索するために、各地の野生メダカを採集し、 DMY の有無および性の表現型の判定を行った。その結果、福井県芦原町と新潟県白根市から採集したメダカの中から、 DMY を持つ雌を発見した。これらの突然変異体の DMY 遺伝子の塩基配列を詳しく解析したところ、芦原産のメダカでは DMY のエクソン部分に変異があり、不完全なDMY蛋白質がつくられていることがわかった。従って、この突然変異体は DMY遺伝子の機能が破壊されていることが原因で、雄になれずに雌になるものと考えられた。一方、白根産のメダカでは DMY遺伝子の発現量が少ないために雌になるものと考えられた。以上の結果から、 DMY遺伝子はメダカが雄になる(精巣形成)ために必須の遺伝子であることが示された。これらの結果から、 DMY遺伝子は、哺乳類の Sry に相当するような、メダカの性を決定する遺伝子であると結論された。

3.研究成果の学術的、社会的貢献
 「性がどのようにして決まるか」は、我々基礎生物学研究者のみならず、多くの人々が強く関心を抱く問題である。性決定遺伝子は、そのような疑問を解くための鍵となる重要な遺伝子であり、その遺伝子が脊椎動物で哺乳類の Sry に次いで2番目に、我々日本人皆が子供の頃より親しんでいる身近な生物であるメダカで明らかにされた意義は大きい。ヒトの性決定遺伝子が Sry と同定されて以来10年以上が経過したが、その Sry 遺伝子の作用メカニズムはほとんどわかっていない。一方、魚類では生殖腺の性分化に女性ホルモン(エストロジェン)や男性ホルモン(アンドロジェン)などの性ホルモンが重要な役割を果たすことがわかっている。従って、本研究で同定された DMY遺伝子とこれらの性ホルモンとの関連を調べることで、脊椎動物の性決定/性分化の分子機構(遺伝子カスケード)をメダカで世界に先駆け明らかにできるのではないかと期待している。一方、このような研究は、生殖医療、有用魚種の性統御、生物種の保全などの応用研究に有益な基礎的知見を与えるものと思われる。また最近、魚類や両生類などの水生動物で、環境水中の内分泌攪乱化学物質(環境ホルモン)などの影響と思われる性転換や性分化の異常が国内外で頻繁に報告されている。しかし、これまでは遺伝的な性と表現型とを正確に識別できるような生物種は存在していなかった。今回、哺乳類以外の脊椎動物で性の遺伝的なマーカーとなる遺伝子が世界で初めてメダカで発見されたことにより、メダカは野生集団における性異常/性転換を性格に判定できる貴重な研究モデル生物として、国内外で注目されることとなろう。

掲載新聞・雑誌・書籍一覧

2002/05/13 朝日新聞
2002/05/13 読売新聞
2002/05/13 毎日新聞
2002/05/13 中日新聞
2002/05/13 日本経済新聞
2002/05/13 日刊工業新聞

2002/05/30 Nature vol. 417. no. 6888