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共同利用研究

共同利用研究の成果

2018年01月25日

視覚・色覚研究のプラットフォーム構築のための重点共同利用研究 〜視覚優位の行動をするメダカをモデルに〜

日本女子大学 深町昌司(重点共同利用研究代表者)

基礎生物学研究所 渡辺英治(共同研究者)

基礎生物学研究所 吉村崇(共同研究者)

基礎生物学研究所 亀井保博(所内対応者)

 

[背景と目的]

視覚・色覚の研究は、光情報を受容する視覚器(眼)における解剖学や光受容体の分子生物学から、情報伝達と脳による情報処理を解析する神経科学・脳科学、そして、情報処理後の認知や判断としての行動を解析する心理学と広範囲の生物学研究領域を含む。モデル生物であるマウスが様々な生物学領域で使用されているが、哺乳類は基本的に二色型の色覚しか持たない上に、嗅覚優位の行動が多いためマウスは視覚研究のモデルとしては適さない。色覚モデルとしては三色型色覚を持つサルが利用されているが、特別な飼育施設が必要なことなどハードルが高い。視覚認知研究のすそ野を広げるためには三色型色覚以上で、視覚優位な行動を解析するための遺伝学的ツールの整ったモデル動物と解析基盤整備が期待されている。

 

平成22年度から24年度に実施した基礎生物学研究所重点共同利用研究「脊椎動物の社会性を生み出す脳神経基盤と行動法則の解明を目指した生医工連携研究の確立」(代表者:東京大学竹内秀明助教(現岡山大学准教授))では、メダカをモデルにした遺伝学的な基盤にした個体識別による求愛行動の解析を推進し、2014年のScience誌への成果論文(研究報告:2014年1月16日)へと繋がった。この論文では、メダカが視覚によって個体識別し、行動することを強く示唆する結果であった。また、平成23年度から25年度には、「ヒト疾患モデルとしてのメダカ:コンディショナルKOなどを使った多面的解析系の確立」(代表者:慶應義塾大学谷口善仁講師(現杏林大学教授))で、メダカをモデルにKO法やトランスジェニック個体作製、様々な遺伝子機能解析プラットフォームを確立してきた。こうしたメダカの実験手法を最大限に活かし、かつ、メダカは四色型色覚(紫外、青、緑、赤)を持ち、視覚優位で行動する動物であるため、この特徴を活用して視覚研究へと展開することを目指し、平成28年度からは、「視覚・色覚による個体識別と求愛行動の分子メカニズム解明を目指して」(代表者:日本女子大学深町昌司准教授)を始動させた。NBRPメダカ(*A)の活用による視覚器の分子遺伝学や地域集団や近縁種の利用、大型スペクトログラフ(*B)の活用による光による視覚・色覚情報提示や、神経生理学研究室で進めている心理学的アプローチ、そして新分野創成センターイメージングサイエンス研究領域の参画による個体の行動軌跡の画像解析ならびに、体表にある色素分布の画像解析などの手法と共に、基礎生物学研究所が有する共同利用機器や、バイオリソースならびに共同研究者のネットワークを最大限活用できる体制の構築を目指している。

 

昨年度から本重点共同利用研究や、すでに構築してきたプラットフォームの一部を利用した研究成果報告があったため、この機会に本共同研究の目指す方向性などを公知し、利用ならびに参画して頂く機会とするために幾つかの成果をまとめて報告する。

 

[最近の論文成果概要]

(1)ヴァーチャルメダカアニメーションの心理学研究への有効性を示す

2017年4月12日に基礎生物学研究所のプレスリリース「リアルなヴァーチャルメダカ、メダカの群れ形成メカニズム解明に貢献」として、神経生理学研究室から3次元コンピューターグラフィクス(3DCG)アニメーション技術による群れ行動における「同種認識」の特徴解析が行われ、成果はPLoS ONEに掲載(*1)されている。(詳細:基礎生物学研究所プレスリリース:http://www.nibb.ac.jp/pressroom/news/2017/04/12.html

 

この研究においては、3DCGアニメーションなどのヴァーチャルリアリティ技術を取り入れ、実物とほとんど見分けがつかない「ヴァーチャルメダカ」を作成、活用することで、メダカが、色、形、移動軌跡、体軸運動など様々な情報を駆使して、群れる相手を選択することを明らかにしている。色、形などの形態情報に加えて、運動情報を同時に操作できるヴァーチャルメダカを開発することで、従来不可能であった動物行動の制御研究が可能になり、ヴァーチャルメダカを活用した視覚・色覚認知研究の展開を予感させるものとなった。

 

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図1:実際の写真をもとにメダカの3次元モデルを復元(プレスリリース資料より転載)

 

(2)メダカ色覚の解析(体色による好みと、赤色色覚の認識波長域の同定)

メダカ体色は4種類の色素細胞(黒、白、黄、虹色)を有するが、特定の色素欠損変異体や、色素発現を強化したトランスジェニック個体を用いた雄の雌体色の好みに関する研究が日本女子大学深町昌司准教授らのグループで進められてきた。2016年5月31日に、大型スペクトログラフを利用した配偶者選択の行動実験や、体色の反射スペクトル解析により、特定の波長における明暗だけでなく、波長の異なる光の割合により配偶者の色を見極めていることを示す結果を得た。この成果はHormones and Behavior誌に掲載(*2)された。単色光の下では色覚がうまく機能しない点など、メダカの色覚はヒトと同じく複数の波長域の錐体細胞(紫外・青・緑・赤)の出力割合が重要であることが強く示唆されたため、引き続き視細胞に関する研究を展開した。

 

2017年5月6日に、大型スペクトログラフと行動解析装置を活用して、赤色域を受け持つ光受容体(赤オプシン:遺伝子名LWS)の赤色覚の波長範囲を解析した論文成果がBMC Geneticsに掲載(*3)された。CRISPR/Cas9によるゲノム編集技術でメダカにある2つの赤オプシン(LWSa、LWSb)をKOしたメダカは、野生型と較べて赤色波長域の視覚が失われるが、その波長域を決定した。同時に、ヒトの視覚機能と同じ「明順応・暗順応」機能(夜間に高感度で働く色の無い視覚)がメダカにもあることを示した。

 

現在はさらに他の錐体細胞に発現するオプシン類の変異体作製と行動実験を継続し、色覚の総合研究基盤構築を目指している。

 

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図2:配偶相手の体色に強いこだわりを示す色違いメダカ(上)と大型スペクトログラフが発する単色光下での見え方(下)

 

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図3:視運動反応を用いた波長感受性の計測(Homma et al. 2017より転載)

 

(3)季節による視覚器の変化と繁殖行動

2017年9月4日には、季節生物学研究部門によるNature Communications誌への論文掲載(*4)に対する発表プレスリリース(http://www.nibb.ac.jp/press/2017/09/04.html)があった。

 

動物の行動は季節によって変化する。季節生物学研究部門ではメダカの行動の季節変化に着目して研究を行ったところ、メダカの走光性、配偶者嗜好性に季節変化があることを見出した。夏と冬のメダカの眼の遺伝子発現をゲノムワイドに検討したところ、オプシンを含む光情報伝達系の遺伝子の発現が季節によって大きく変動していることが明らかになった。さらに深町昌司准教授らが作出した赤オプシンノックアウトメダカを用いた機能解析によって、オプシンの発現の季節変動がメダカの走光性、配偶者嗜好性の季節変化に重要な役割を果たしていることが明らかになった。色覚は一生を通じて変化しないと考えられてきたが、この研究によって色覚に季節変化があることが示された。

 

本研究は、基本的には同部門によるメダカを使った季節による環境適応の研究であるが、重点共同利用により整備された視覚・色覚認知研究プラットフォームであるヴァーチャル3DCG アニメーションによる行動解析、体色のスペクトル解析、赤オプシンノックアウトメダカ等を用いたことでより説得力のある論文となっており、今後もこのような研究で活用できる体制を整え、他の基盤技術(特に3DCGをもっと有効に利用するための視覚情報提示モニターや、行動解析基盤の開発)を行う予定である。

 

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図4:ヴァーチャルメダカを用いた体色に対する嗜好性の評価(プレスリリース資料より転載)

 

発表論文詳細

*1  発表雑誌:PLoS ONE

論文タイトル:Three-dimensional computer graphic animations for studying social approach behaviour in medaka fish: effects of systematic manipulation of morphological and motion cues.

著者:Tomohiro Nakayasu, Masaki Yasugi, Soma Shiraishi, Seiichi Uchida, and Eiji Watanabe

(中易 知大、八杉 公基、白石 壮馬、内田 誠一、渡辺 英治)

 

*2  発表雑誌:Hormones and Behavior

論文タイトル:Characterization of assortative mating in medaka: Mate discrimination cues and factors that bias sexual preference.

著者:Umi Utagawa, Sho-ichi Higashi, Yasuhiro Kamei and Shoji Fukamachi

(宇田川 夏海、東 正一、亀井 保博、深町 昌司)

 

*3  発表雑誌:BMC Genetics

論文タイトル:Protanopia (red color-blindness) in medaka: a simple system for producing color-blind fish and testing their spectral sensitivity.

著者:Noriko Homma, Yumi Harada, Tamaki Uchikawa, Yasuhiro Kamei and Shoji Fukamachi

(本間 典子、原田 裕美、内川 珠樹、亀井 保博、深町 昌司)

 

*4  発表雑誌:Nature Communications

論文タイトル:Dynamic plasticity in phototransduction regulates seasonal changes in color perception.

著者:Tsuyoshi Shimmura, Tomoya Nakayama, Ai Shinomiya, Shoji Fukamachi, Masaki Yasugi, Eiji Watanabe, Takayuki Shimo, Takumi Senga, Toshiya Nishimura, Minoru Tanaka, Yasuhiro Kamei, Kiyoshi Naruse and Takashi Yoshimura

(新村毅、中山友哉、四宮愛、深町昌司、八杉公基、渡辺英治、下貴行、千賀琢未、西村俊哉、田中実、亀井保博、成瀬清、吉村崇)

 

用語解説

*A:NBRPメダカ;ナショナルバイオリソースプロジェクト中核的拠点形成ブログラムの支援によりメダカの生体リソース(近交系統、地域集団、突然変異体、トランスジェニック系統、近縁種等)の収集・保存・提供を行っている。生体に加えcDNA/BAC/Fosmidクローン及び孵化酵素の提供も行っている。これらのリソース提供に加え学会での広報活動、技術講習会・国際会議の開催等によりメダカコミュニティーへ情報発信を行っている。基礎生物学研究所はNBRPメダカの中核機関として小型魚類コミュニティを支える中心的な活動を担っている。

詳細情報:https://shigen.nig.ac.jp/medaka/

 

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基礎生物学研究所メダカ飼育施設(左)とセビリア(スペイン)での国際会議の開催(右)

 

*B:大型スペクトログラフ;世界最大級の大型の分光照射装置で、UV域から近赤外域までの単色光を試料に照射することができる。太陽光を分光した強度の2倍程度まで照射が可能。各種生物個体の光反応を高分解能の波長依存性を解析することが可能であり、UVによるDNA損傷や修復の研究や、様々な生物種の光受容体研究に利用されてきた。本重点共同利用ではメダカの視覚・色覚研究の光源として利用されている。

詳細情報:http://www.nibb.ac.jp/lspectro/OLS.html

 

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大型スペクトログラフ照射の様子(左)およびメダカ視覚実験の見学の様子(右)。