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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2026.04.01

新年度の始めにあたり:初音 

昨年4月に基礎生物学研究所に着任し、早いもので1年が経ちました。36年ぶりに戻った岡崎では、研究所を囲む木々が大きく成長しており、時の流れを実感しています。住宅地の中にありながら豊かな自然に恵まれたこの地で、着任当初は若いウグイスが懸命に歌を練習する声を聴いていました。今年の3月半ばには、親世代になったウグイスの見事な「初音」が響いていて、鳥の鳴き声を通して年度の移り変わりを感じています。
 
かつて分子生物学がファージや大腸菌の研究に集中した結果、遺伝子発現の「セントラルドグマ」が示され、「大腸菌で起こることはヒトでも真実である」という生命機構の普遍性が明らかになりました。この成果は強烈で、特定のモデル生物に集中して研究するスタイルが確立し、生物に共通する分子機構の理解を飛躍的に進展させました。当研究所が創立された1977年は、まさに組換えDNA技術の導入により、研究の進め方が大きく変化し始めた時代でした。それから半世紀。現在は、生物を「物質」としてだけでなく、ゲノムという「情報」として読み解く技術が高度に発展しました。今や種を超え、あらゆる生物からゲノム情報を書き出せる時代を迎えています。
 
地球上には約870万種の生物が存在すると推定されています。これほどの多様性が維持されているのは、ゲノム情報の差異だけではなく、環境に応じてそれらを柔軟に使いこなす仕組みがあるからに他なりません。人類学者のクロード・レヴィ=ストロースは、先住民社会の分析を通じて「bricolageブリコラージュ(器用仕事)」という概念を提唱しました。これは、あらかじめ設計図を用意するのではなく、その場にあるものをうまく組み合わせて新しい仕組みやものを作っていくことを指します。未開なものからより優れたものへと発展する一本道ではなくて、状況変化の中で利用できるものを組み合わせていくことで、十分に優れた仕組や良いものを生みだすことができるのです。生物が新たな遺伝子変異を待たずとも過酷な状況に対応できるのは「ブリコラージュ」を実践しているからではないでしょうか。
 
生命を解き明かす研究手法が日進月歩で進んでいて、モデル生物から普遍原理を探求する研究に加え、これまで光が当たってこなかった多種多様な生物から「ブリコラージュ」の術を引き出す研究に挑戦できるようになってきました。人間の想像を遥かに超える「生物知」に出会える新しい研究の潮流が動き出しているのを感じています。ウグイスは親から歌の学習を始めますが、これからの生物研究は教師も学生も手探りの面白いステージにあります。
三浦正幸
基礎生物学研究所長

 
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