基礎生物学研究所
2014.07.01
基礎生物学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)・神経細胞生物学研究室の椎名伸之准教授、中山啓助教の研究グループは、記憶、神経変性疾患、ストレス防御などに関わるRNA粒子の集合・離散を制御する新たな仕組みを解明しました。この研究成果は、2014年6月11日に米国の科学専門誌Journal of Biological Chemistry誌(先行電子版)で発表されました。
[研究の背景]
細胞内に存在するRNA粒子は伝令RNA (mRNA) やリボソームを含む高次複合体で、mRNAの輸送およびmRNAからのタンパク質合成(翻訳)を調節することによって、いつ、どこで翻訳を起こすかを制御しています。RNA粒子の集合/離散は翻訳の抑制/活性化の基盤となっており(図1)、この集合・離散が正しく起こることが、ウイルス感染や酸化ストレスに対する細胞の防御機構に必要であり、特に神経細胞では記憶の形成にも必要なことがわかっています。集合・離散の異常、例えば神経細胞でRNA粒子の過剰な集合が起こり凝集体が形成されることは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や前頭側頭葉変性症(FTLD)などの神経変性疾患の発症と密接に関係することが明らかにされつつあります(図1)。
本研究では、RNA粒子の構成要素として当研究グループが既に明らかにしていたRNG105タンパク質*1の結合因子を網羅的に同定し、その中からRNA粒子の集合・離散を調節する因子を見出すことを試みました。
図1 RNA粒子によるmRNA輸送・翻訳制御とその破綻
RNA粒子が集合すると取り込まれたmRNAの翻訳は抑制され、その状態でRNA粒子は目的地へ輸送される。また、集合したRNA粒子はストレス防御の役割も担う。RNA粒子が離散するとmRNAとリボソームはポリソームを形成し、翻訳が活性化する。通常はこの集合と離散の状態を行き来するが、神経変性疾患ではRNA粒子が巨大な凝集体となる。
[研究の成果]
本研究では、NFAR2タンパク質*2がRNA粒子の集合を促進すること、逆にNFAR2の結合タンパク質NF45*3がRNA粒子の離散を促進することを見出しました(図2)。RNA粒子の集合の促進には、NFAR2の2つの機能領域が関わっていました(図3)。そのうちの一つはGQSY領域で、これがRNG105と結合すること、さらに、このGQSY領域がALSの原因遺伝子として注目されているFUS/TLSと共通の「天然変性」と呼ばれる構造的特性と機能的性質をもち、RNA粒子の巨大化を引き起こすことを明らかにしました。もう一つの機能領域はDZF領域で、これがリン酸化酵素PKR*4によってリン酸化されることでRNA粒子集合が促進され、逆にこのDZF領域にNF45タンパク質が直接結合することによってRNA粒子が離散することを見出しました(図3)。
以上の結果から、NFAR2はGQSY領域とDZF領域の2つの領域を用いてRNG105を含むRNA粒子構成要素群をつなぎあわせるコネクターの役割をもち、その働きによってRNA粒子の集合が促進されると考えられました。このコネクターとしての機能はDZF領域のPKRによるリン酸化によって増強され、逆にNF45の結合によって抑制されるというメカニズムで集合・離散が調節されるというモデルを提唱しました(図3)。
さらに、NF45を恒常的に過剰発現した細胞では、通常酸化ストレスによって促進されるRNA粒子の集合が阻害され、それに伴い、細胞がストレスに対して脆弱になるという結果も得ました(図4)。この結果から、NFAR2とNF45によるRNA粒子の集合・離散制御が、RNA粒子の機能に重要な役割を担うことが示唆されました。
図2 RNA粒子のNFAR2による集合およびNF45による離散
細胞内のRNA粒子をRNG105-mRFP1 (mRFP1: 赤色蛍光タンパク質)で可視化した。矢印はRNA粒子の一つを示す。NFAR2-GFP (GFP: 緑色蛍光タンパク質)を過剰発現すると、その一部はRNA粒子と共局在し、RNA粒子の集合を促進した。一方、NF45-GFPはRNA粒子を離散させた。スケールは10 μm。
図3 本研究のRNA粒子集合・離散モデル
NFAR2のDZF領域およびGQSY領域がRNA粒子の集合を促進する。DZF領域のPKRによるリン酸化はRNA粒子形成を増強し、逆にNF45の結合はRNA粒子形成を抑制する。GQSY領域は神経変性疾患の原因遺伝子と構造・機能的な共通点をもち、RNG105複合体との結合に関与する。
図4 NF45発現によるストレス脆弱性
培養細胞を亜ヒ酸処理(酸化ストレスを引き起こす)すると、一部の細胞は培養皿からはがれ、細胞死へ向かう(矢頭)。細胞にNF45を過剰発現すると亜ヒ酸処理時のRNA粒子集合が阻害され、細胞死が増加した(下段)。矢印,培養皿に接着した細胞;矢頭,培養皿からはがれた細胞。スケールは100 μm。
[今後の展開]
RNA粒子の様々な役割が現在明らかにされつつあり、その役割はウイルス感染や酸化ストレスに対する防御、細胞分裂の進行、初期胚の発生、記憶・学習など多岐に渡ります。当研究グループでは特に神経細胞での役割に注目し、NFAR2やNF45が記憶・学習においてどのような役割を担うか、またさらに、NFAR2やNF45の機能異常が神経変性疾患とどのような関係があるかを明らかにすることによって、RNA粒子の異常と神経変性疾患の関連性について共通原理を明らかにしたいと考えています。
[補足説明]
*1 RNG105
RNA粒子に局在するRNA結合タンパク質。神経細胞樹状突起へのmRNA輸送に関与する。RNG105遺伝子が破壊されたマウスでは樹状突起が退縮、神経ネットワークが脆弱になり、神経細胞死が増加する。
*2 NFAR2
2本鎖RNA結合タンパク質。ウイルスRNAやmRNAの翻訳を抑制し、ウイルス感染に対する防御機能をもつ。その他、転写調節機能をもつことも明らかにされている。
*3 NF45
NFAR2およびその選択的スプライシングバリアントNFAR1とヘテロ二量体を形成し、NFAR2, NFAR1による翻訳抑制を解除する。その他、転写調節機能も報告されている。
*4 PKR
2本鎖RNAの結合によって活性化するリン酸化酵素。ウイルス感染の他、酸化ストレス等種々のストレスによって活性化し、翻訳抑制とRNA粒子集合を促進する。
[論文情報]
Journal of Biological Chemistry 2014年6月11日先行電子版
著者:Nobuyuki Shiina and Kei Nakayama
[研究サポート]
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業、上原記念生命科学財団のサポートにより実施されました。質量分析は基礎生物学研究所・生物機能情報分析室のサポートを受けました。
[本件に関するお問い合わせ先]
基礎生物学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)・神経細胞生物学研究室
准教授 椎名 伸之(シイナ ノブユキ)
E-mail: nshiina@nibb.ac.jp
TEL: 0564-55-7620