基礎生物学研究所
2004.08.07
高次細胞機構研究部門は京都大学大学院理学研究科西村いくこ教授と共同してウイルス感染による植物細胞死に関わる鍵酵素として液胞プロセシング酵素を同定した。本研究の筆頭著者は総合研究大学院大学院生の初谷紀幸であり、8月6日付の米国科学雑誌「サイエンス」に発表された。
植物も私達と同じように常に病原体の攻撃にさらされながら生きている。動物は生体防御のための特殊化した細胞や組織をもち、免疫系を駆使して自らを守ることができる。しかし、そのような仕組みをもたない植物は、過敏感細胞死という大胆な戦略で病原体の攻撃に対処している。即ち、病原体の感染を受けた植物の細胞は自らを犠牲にして、病原体を巻き込みながら心中するというものである。この過敏感細胞死により、病原体を細胞内に封じ込め、病原体が全身に感染するのを防いでいる。
本研究では、タバコモザイクウィルスの感染によって誘発される過敏感細胞死を解析し、細胞内の液胞と呼ばれる細胞小器官に局在する液胞プロセシング酵素(VPE)が過敏感細胞死を引き起こす重要な鍵酵素であることを発見した。ウィルスの感染を受けた細胞はウィルスを封じ込めるために急速に死んでいく。これに対し、VPEの遺伝子を抑制したタバコでは、ウィルスを感染させても過敏感細胞死は起こらず、ウィルスが葉の組織内に蔓延していた。この結果は、VPEが植物の生体防御のための過敏感細胞死を制御していることを示している。
動物のプログラム細胞死ではカスパーゼと呼ばれる酵素が実行因子であることが知られている。植物の細胞死においても類似した酵素が関与すると信じられ、国内外で競って「植物版カスパーゼ」の探索が続けられてきた。今回、その実体がVPEであることも判明した。面白い点は、VPEはカスパーゼとは全く異なるタンパク質で、細胞内で働く部位もお互いに全く異なっているという事実にある。
高等生物の細胞は、細胞小器官と呼ばれる構造体とそれらを包む細胞質ゾルとから成っている。動物のカスパーゼが細胞質ゾルの酵素であるのに対して、植物のVPEは細胞小器官の一つである液胞の酵素である。動物では、死にゆく細胞は貪食細胞が掃除してくれる。しかし、堅い細胞壁に囲まれた植物の細胞は自力本願的に自らを消化しなくてはならない。そのために植物の細胞が死に向かうときには、多様な分解酵素を含む液胞を破壊することにより自らを分解するという戦術をとる。このようなユニークな細胞死の鍵を握る酵素の特定は世界で初めてのことである。今回明らかになったメカニズムは、病原体の感染を未然に防ぐなどの応用につながると期待される。
2005/08/06 中日新聞
2005/08/06 読売新聞
2005/08 産経新聞
2005/08 日刊工業新聞
2005/08/08 NHK おはよう日本
2005/08/06 毎日新聞(電子版)
2005/08/06 Yahoo!ニュース
2005/08/06 Science