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研究報告

2015.10.26

カエルとイモリで再生研究を進めるための新しいアプローチ(顕微鏡技術による光遺伝子操作と次世代シーケンス技術によるエピゲノム解析)

研究プロジェクト代表

弘前大学 准教授 横山仁

    鳥取大学 准教授 林利憲

所内対応者

基礎生物学研究所 特任准教授 亀井保博

基礎生物学研究所 助教 内山郁夫

 

研究成果概要

私たち哺乳類では皮膚の表皮や、肝臓などの限られた臓器でのみ再生が可能であるのに対し、両生類は強力な再生能力を持ち、手足(四肢)を切っても元の形に再生する。イモリに代表される有尾両生類は終生、四肢を含めた様々な器官を再生し、カエルに代表される無尾両生類は変態後の四肢は再生が不完全である。立体的器官再生のメカニズム解明に向けてこれら両生類に期待が持たれている。ところが、マウスやメダカに代表されるモデル動物と比較して技術的な壁があった。ゲノム配列情報の解析や生体内の遺伝子発現制御技術などである。そこで我々は両生類の再生現象解明に必要な幾つかの技術開発と応用や解析を、共同研究を通して進めてきた。1つは「局所的な遺伝子発現誘導技術」、1つは「エピゲノム解析」である。これらを確立または応用し、再生研究に有効であるとして、下記の3つの論文として公表した。

 

背景

四肢などの3次元構造に基づく再生原理の解明には、完全再生できる生物種と不完全な生物種、そして、再生できない生物種を使って様々な遺伝子の発現制御を総合的に理解することが必要である。例えば、四肢再生に関しては、有尾両生類(イモリ)は元の形態と機能を有する四肢が完全に再生するが、無尾両生類(カエル)では、変態前は完全に再生するものの、変態後はスパイクと呼ばれる棒状の軟骨突起1本の再生に留まる(図1)。発生においては様々な遺伝子群が、特定の場所で、特定の時期に発現することで3次元的な形態を構築していく。再生においても同様に進行すると考えられているが、通常損傷部位は分化した組織であるため、まずは脱分化が起こり、その後に発生と同じように時空間的な遺伝子発現により組織の再構築が起こると推測できる。それを解析するためには、発生と同様に、時空間的な遺伝子発現制御が可能な技術による遺伝子機能解析が重要になると共に、エピゲノムの時間的な変化の解析も必要になる。

 

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図1 ツメガエル(無尾)とイモリ(有尾)の再生能力の違い

同じ両生類であっても四肢の再生能力は異なる。カエルの肢再生能は変態と共に失われるが、イモリは個体の一生に渡って完全な再生が可能である。この違いの解明が再生メカニズムを理解することに繋がると考えている。(林)

 

目的

そこで、東北大学大学院生命科学研究科横山仁助教(現弘前大学農学生命科学部准教授)を中心とする研究グループ[林真一研究員(東北大学大学院)、川住愛子研究員(東北大学大学院・理化学研究所)、森下喜弘ユニットリーダー(理研)、林利憲准教授(鳥取大学医学部生命科学科)、亀井保博特任准教授(基礎生物学研究所生物機能解析センター)他]は、有尾両生類の新規モデルとしてリソースや研究手法の開発が進むイベリアトゲイモリ(Pleurodeles waltl)(図2)と、無尾両生類のモデルであるアフリカツメガエル(Xenopus leavis)を使って、時空間的な遺伝子発現制御が可能な新しい技術であるIR-LEGO法の応用を目指して共同研究を開始した。IR-LEGO法とは、顕微鏡を使って赤外レーザーを集光し個体内の特定の領域だけを温め、熱ショックを起こさせて遺伝子発現を時期特異的かつ領域特異的に誘導できる方法である。カエルとイモリにIR-LEGO法ならびに、温冷負荷装置(金属プローブの温度を制御できる機器)を使って、組織レベルから単一細胞レベルまで様々な領域での標的遺伝子の発現誘導法の確立を目指した。またこれと並行して横山仁助教、林真一研究員らのグループと基礎生物学研究所生物機能解析センター内山郁夫助教他は、全ゲノム配列が解読済みのネッタイツメガエルの利点を生かして、四肢の再生過程におけるヒストン修飾の状態をクロマチン免疫沈降法(ChIP)と次世代シークエンサーの利用によってゲノムワイドに解析した。

 

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図2 イベリアトゲイモリの特徴

本研究で用いた有尾両生類であるイベリアトゲイモリは極めて強い再生能力と旺盛な繁殖力を併せ持つ。再生研究のモデル動物として優れた特徴を持ち、バイオリソース化に向け、分子遺伝学的な解析法などの技術基盤整備を進めている(林)。

 

研究成果

熱ショック応答はほぼすべての生物が持つストレス応答反応である。この応答を制御するゲノム領域(熱ショックプロモーター)の下流に目的の遺伝子とレポーター遺伝子として緑色蛍光タンパク質(GFP)を繋いだトランスジェニック個体をアフリカツメガエルとイベリアトゲイモリで作製した。様々なステージ(幼生期や成体)において、再生中の四肢や尾など様々なターゲットに対してIRレーザー照射条件を検討し、レポーターの発現範囲などを調べた。その結果、極狭い範囲(単一細胞)の誘導には高倍率レンズ(高開口数)を、広い範囲(数十細胞の塊)には低倍率(低開口数)を使えば良いことが確認され、レーザー照射パワーに応じて誘導範囲をコントロールできることがわかった(図3)。また、温冷負荷装置で高温にした金属プローブでは、より広範囲の誘導が可能なこともわかった(論文1)。

 

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図3 対物レンズやレーザーパワーによる遺伝子発現の誘導範囲の制御

IR-LEGOでは対物レンズの特性(開口数)や照射レーザーパワーにより赤外レーザーの集約状態が変わり、熱ショックによる遺伝子発現誘導領域を単一細胞レベルから数十細胞など広範囲まで制御することができる。研究の目的により誘導領域を変えることができる。写真はアフリカツメガエルの幼生の肢芽においてIR-LEGOで蛍光タンパク質の発現誘導を行い、2光子顕微鏡で観察したもの。(川住)

 

次に、この技術を使って、アフリカツメガエルの幼生における再生中の尾での遺伝子機能解析も行った。再生中の脊髄の神経前駆細胞においてHippo経路と呼ばれるシグナル伝達系(注1)が細胞自律的な役割を果たしていることを「単一細胞」での遺伝子発現誘導実験により証明し、立体的な器官の再生においてHippo経路が位置特異的な成長制御に寄与して、無脊椎動物から脊椎動物まで普遍的に「形と大きさ」を制御する機能を有することを示唆した(論文2)。今後、本技術を使って三次元再生原理の解明に向けた研究がもう一段進むことが期待できる。

 

他方で、代表的なゲノムのヒストン修飾としてクロマチンを開いた状態にするH3K4トリメチル化(H3K4me3)と、逆にクロマチンを閉じた状態にするH3K27トリメチル化(H3K27me3)がある(図4)。そこに着目し、変態前のネッタイツメガエルの切断前の肢芽(四肢原基)と肢芽を切断した後にできる再生芽を材料に、四肢再生におけるヒストン修飾状態をゲノムワイドに解析した。その結果、肢芽と再生芽においてH3K4me3とH3K27me3の状態はほとんど変化せず一定に保たれることを明らかにした(論文3)。本研究は両生類において、ゲノムのエピジェネティック修飾と器官再生メカニズムとの関連を明らかにするための先駆的な成果になると期待できる。

 

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図4 ヒストンのメチル化状態は再生の過程で変化しない

細胞核内でゲノムDNAに巻きつくヒストンタンパク質はメチル化される場所によってその領域のゲノムの転写活性を正あるいは負に制御している。ツメガエル幼生の肢芽の再生では、切断前の肢芽と切断後に形成される再生芽との間で、ヒストンのメチル化状態はほとんど変化しない。(横山)

 

発表論文

論文1

発表雑誌:Development, Growth and Differentiation, [E.Pub, doi: 10.1111/dgd.12241]

論文タイトル:Application of local gene induction by infrared laser-mediated microscope and temperature stimulator to amphibian regeneration study.

著者:Aiko Kawasumi-Kita#, Toshinori Hayashi#, Takuya Kobayashi, Chikashi Nagayama, Shinichi Hayashi, Yasuhiro Kamei, Yoshihiro Morishita, Takashi Takeuchi, Koji Tamura and Hitoshi Yokoyama*

#: These authors contributed equally to this study.

*corresponding author(論文2,3も同様)

川住愛子#(東北大・理研)、林利憲#(鳥取大)、小林託也(東北大)、永山誓史(東北大)、林真一(東北大)、亀井保博(基生研)、森下喜弘(理研)、竹内隆(鳥取大)、田村宏治(東北大)、横山仁(弘前大)

 

論文2

発表雑誌:Developmental Biology, 396, 31–41 (2014)

論文タイトル:Transcriptional regulators in the Hippo signaling pathway control organ growth in Xenopus tadpole tail regeneration.

著者:Shinichi Hayashi, Haruki Ochi, Hajime Ogino, Aiko Kawasumi, Yasuhiro Kamei, Koji Tamura, and Hitoshi Yokoyama*

林真一(東北大)、越智陽城(山形大)、荻野肇(長浜バイオ大)、川住愛子(東北大・理研)、亀井保博(基生研)、田村宏治(東北大)、横山仁(弘前大)

 

論文3

発表雑誌:Developmental Biology [E Pub 2015 Aug 14, doi: 10.1016/j.ydbio.2015.08.013]

論文タイトル:Epigenetic modification maintains intrinsic limb-cell identity in Xenopus limb bud regeneration

著者:Shinichi Hayashi, Akane Kawaguchi, Ikuo Uchiyama, Aiko Kawasumi-Kita, Takuya Kobayashi, Hiroyo Nishide, Rio Tsutsumi, Kazuhiko Tsuru, Takeshi Inoue, Hajime Ogino, Kiyokazu Agata, Koji Tamura, and Hitoshi Yokoyama*

林真一(東北大)、川口茜(長浜バイオ大)、内山郁夫(基生研)、川住愛子(東北大・理研)、小林託也(東北大)、西出浩世(基生研)、堤璃水(京大)、鶴一彦(東北大)、井上武(京大)、荻野肇(長浜バイオ大)、阿形清和(京大)、田村宏治(東北大)、横山仁(弘前大)

 

共同研究の経緯と今後の展開

再生過程における遺伝子機能解析のために様々な方法があるが、我々が知りたいことであるHippo経路の細胞自律的な機能を明らかにするために、新しい手法の導入が必要であった。特に単一細胞レベルでの遺伝子機能解析の実験に向けた様々な手法を模索していた時に、基礎生物学研究所で開催された「再生原理トレーニングコース(2011年3月)」の亀井特任准教授のレクチャーでIR-LEGO法の原理と応用例を知り、またそれが共同利用研究で使用できることも知った。すぐに共同利用研究に申請し、当時院生だった論文1の第四著者である永山誓史氏と論文2の第一著者である林真一研究員が亀井特任准教授を所内対応者とする共同利用研究の一員として基礎生物学研究所で条件検討を開始した。その後、論文1の第一著者である川住愛子研究員がさらに検討を進めて、両生類の単一細胞での細胞自律的機能解析が実現し、また、より広い範囲の遺伝子発現誘導実験にも対応できるように条件検討を行って本成果に繋がった。またネッタイツメガエルを対象にしたエピゲノム解析についても、基礎生物学研究所ゲノム情報研究室内山助教を所内対応者とする共同利用研究を申請した。一方で、第二回の「再生原理トレーニングコース(2013年8月:課題番号13-801)」に論文1の共第一著者である林利憲准教授は有尾両生類での実験系の講師として参加した。林准教授はイベリアトゲイモリを有尾両生類のモデル生物として広めるため様々な技術を開発しており、イベリアトゲイモリでもIR-LEGO法の応用を考え、2種類の両生類での技術応用ならびに再生における遺伝子機能解析の研究を連携して進めることになった。

 

本研究成果は、基生研における共同利用研究が、研究会・トレーニングコースと共に有機的に結びつき成果に至った例である。本研究は科学研究費補助金の他に、顕微鏡技術については平成24-26年度の基礎生物学研究所個別共同利用研究(課題番号12-367, 13-347, 14-330[横山仁]、13-384、14-352[林利憲]、13-386、14-350[森下喜弘])によるサポートを受け、エピゲノム解析については平成24-26年度の基礎生物学研究所個別共同利用研究(課題番号12-386, 13-361, 14-360[横山仁])によるサポートを受けて実施された。またエピゲノム解析における次世代シークエンサーの利用に関しては理化学研究所オミックス基盤研究領域(現、ライフサイエンス技術基盤研究センター機能性ゲノム解析部門)の東北支援プロジェクトのサポートを受けて実施された。実験に用いたネッタイツメガエルは文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクトを介して浅島誠博士、高橋秀治博士、柏木昭彦博士から提供いただいた。

 

今後は森下喜弘博士を中心として本格的に本技術を応用し発生・再生過程における細胞動態のトレースを行い、遺伝子機能解析を含めた3次元的な再構築過程の解明を目指す。同時に再生研究者へ広く本方法を普及させるために、研究会「次世代両生類研究会(2015年8月:課題番号15-502と、新規モデル生物開発センターのサポート)」(すでに実施)やトレーニングコースも続けて実施し、技術とリソースの普及も展開したい。

 

用語注釈

*注1、Hippo経路:臓器のサイズを決定するシグナル伝達系として、ショウジョウバエで最初に発見された。哺乳類においても臓器のサイズ調節、発ガン、初期胚発生における細胞分化の制御など様々な生命現象に関与する。下流標的分子のYapとTeadがターゲット遺伝子の転写を調節することにより、細胞増殖や細胞死が制御される。