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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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研究報告

2010.08.27

上皮の形づくりに必要な微小管の制御機構を解明

ヒトの体を構成する細胞のおよそ6割は上皮細胞と呼ばれる特別な形態をとっている。脳、心臓、消化管などの器官が形づくられる過程では、それらの原基を構成する上皮細胞の形態が大きく変化することが重要だ。今回、基礎生物学研究所の鈴木誠助教と上野直人教授らの研究グループは、ヒトの遺伝病の原因遺伝子であるMID1が細胞骨格の1つである微小管を制御することで上皮細胞の形態変化に寄与していることを明らかにした。この成果はイギリスの科学専門誌Developmentの7月15日号に掲載された。また、同誌の巻頭”In this issue”で注目論文として紹介されている。

本研究で研究グループは神経管に着目した。神経管は脊椎動物の胎児が形作られる過程で体の背中側に一過的に生じる上皮性の管(くだ)状の構造で、脳や脊髄といった中枢神経系のもとになる。中枢神経系は外界からの刺激を感じたり体を動かしたりする時に中心的な機能を発揮する重要な器官だ。ヒトにおいて、神経管の形成過程は遺伝的、環境的な変化に影響を受けやすく、この過程が異常になると無脳症や二分脊椎といった重篤な先天異常(神経管閉鎖傷害)が生じる。神経管閉鎖傷害は最も発生しやすい先天異常の1つで、日本では10000人に6人の割合で発生している。

鈴木助教は神経管形成の分子機構を明らかにするため、上野教授らが確立したアフリカツメガエルの遺伝子のデータベースを調べた。アフリカツメガエルはアフリカ原産のカエルの1種であり、脊椎動物の発生過程を研究する上で頻繁に利用されるモデル生物だ。この探索の結果、彼らはMID1とMID2がカエルの胚で活性化していることを見つけた。MID1はヒトの遺伝病のオピッツG/BBB 症候群の原因となっている遺伝子であり、MID2はMID1の関連遺伝子である。オピッツG/BBB 症候群の患者では神経管閉鎖障害は報告されていないが、顔面、心臓、消化管、泌尿器官などの形成異常が報告されている。それらの器官の形成過程には上皮細胞が寄与することから、研究グループはMID1とMID2が補完的に上皮細胞の形態変化に関与しているという仮説を立てた。

これを検証するために、モルフォリノと呼ばれる試薬を用いてカエルのMID1とMID2の機能を抑制したところ、神経管の形成過程が著しく遅延することを見つけた。この原因を特定するために解析を進めたところ、神経管を構成する上皮細胞の形態が異常になっていた。次に、研究グループは上皮細胞でのMID1とMID2の機能を詳しく解析した。MID1とMID2は培養細胞では微小管と間接的に相互作用することが示唆されている。この知見をもとに上皮細胞におけるMID1の細胞内局在を調べたところ、予想通りMID1の細胞内局在が微小管と重なっていた。これを踏まえ、MID1とMID2の機能を抑制した上皮細胞における微小管の分布と安定性を調べた結果、微小管の分布が乱れ、安定性が低下していた。以上より研究グループは、MID1とMID2は微小管と相互作用しながら微小管の安定性を増加させることで、上皮細胞の形態を制御していると結論付けた。

興味深いことに、MID1は神経管以外の幾つかの原基でも活性化していた。それらは全て上皮性の構造をとっていたことから、研究グループはMID1が神経管以外の器官でも上皮細胞の形態を制御していると考え、解析を続けた。その結果、MID1とMID2の機能を抑制した顔面、腎臓、消化管では、上皮構造とそれに含まれる上皮細胞の形態が異常になっていることが分かった。以上の結果は、MIDタンパクが多岐にわたる上皮細胞の形態を制御するという重要な役割を担っている可能性を示唆している。カエルの胚とヒトの胚の間には高い相同性があり、上皮細胞の形態を制御する機構にも高い相同性があると考えられている。このことは、本研究で明らかになったMID1の機能が、我々ヒトでも機能しており、その機能不全がオピッツG/BBB 症候群の患者で見られる上皮性組織の形成異常を引き起こしている可能性を示唆している。

上野教授は「この研究によって、胚発生過程で上皮細胞の形態を制御する機構の一端を明らかにできました。最近の我々の別の研究では、微小管に加えてアクチン細胞骨格が正しく制御されることが、やはり上皮細胞の形態変化に必要であることが明らかになっています。今後は、細胞骨格の制御と細胞の形態変化の間に存在する物理的な性質の変化が器官形成に繋がっていく仕組みを明らかにしていきたい」と語る。

論文情報

MID1 and MID2 are required forXenopus neural tube closure through the regulation of microtubule organization
MID1MID2は微小管の制御を通してアフリカツメガエルの神経管形成に寄与する)
Makoto Suzuki, Yusuke Hara, Chiyo Takagi, Takamasa S. Yamamoto, Naoto Ueno
Development, 137, 2329-2339, 2010
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図:神経管の形成過程におけるGFP融合MID1タンパクの細胞内局在

神経管は胚の背中側に生じる扁平な細胞の板(神経板)が内側に屈曲することで形成される。この時、神経板を構成する上皮細胞はその形態を球状から円錐状に変化させる。MID1は細長くなった上皮細胞において微小管と共局在し、その安定性を制御する。
緑:GFP融合MID1タンパク
赤:微小管
青:核


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