English

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

国際連携

プリンストン大学 - 連携活動

プリンストン大学 研究滞在記(鈴木誠 助教)

Organizers 形態形成研究部門 鈴木誠
Venue プリンストン大学・分子生物学科
Date 2016. 9. 23 – 2017. 8. 28
自然科学研究機構の戦略的国際研究交流加速事業の支援をうけ、約11ヶ月にわたりプリンストン大学分子生物学科で国際共同研究を行ってきたので、報告します。プリンストン大学では構造生物学や微生物学から生態学まで非常に幅広い分野の生物学研究が行われています。その中で発生生物学は分子生物学科での主な研究分野の1つであり、ショウジョウバエの遺伝学研究でノーベル賞を受賞したEric F. Wieschaus教授らにより活発な研究が進められています。私が所属したRebecca D. Burdine准教授の研究室では左右軸の形成に興味を持ち、この過程に関与するNodalシグナル、Wntシグナル、それから一次繊毛の形成機構をゼブラフィッシュを用いた遺伝学的手法により研究しています。また派生して心臓の非対称形態形成運動や繊毛形成の異常による疾患モデルの解析も展開しており、最近では脳室における可動性の一次繊毛の異常が特発性脊柱側弯症の原因になることを明らかにしました (Grimes et al., Science, 352, 1341-4, 2016)。この成果はNIHからone of the important study in 2016に選ばれています。

photo1.jpg
Burdine研究室が位置する分子生物学科の建物

私はBurdine博士の研究室で主にゼブラフィッシュ心臓の非対称形態形成について研究を行いました。器官が形成される過程では細胞分化に加えて様々な細胞運動による組織の変形が必要とされます。それは心臓においても同様で、複雑な形態が形成される過程の初期では未熟な上皮性チューブである心臓原基が胚の正中線から体の左側に傾くことが重要です。研究室では(Cardiac joggingと呼ばれる)この現象の背景にある分子機構に関する研究が進められていましたが、Cardiac joggingを駆動する細胞動態の正体は不明なままでした。そこで、私は胚発生の細胞生物学的解析とくにライブセルイメージング解析を得意としていたことから、基礎生物学研究所で培った技術を基にこの問題に取り組むことになりました。その結果、心臓原基細胞の形態や細胞骨格を可視化するためのトランスジェニック系統を複数作製したうえで、二光子励起顕微鏡によりライブセルイメージング解析を行うことにより、心臓原基で左右非対称に起こる特徴的な細胞運動とそれに関連した細胞骨格の動態を見出すことができました。また変異体を用いた解析等からこの現象がNodalシグナルの活性に依存することが示され、左右非対称な形態形成運動の引き金になる重要なものである可能性を示唆することができました。この研究は現在も進行中でいずれ論文として成果を報告できるものと思います。またサブテーマとしてWntシグナルの阻害因子であるZNRF3遺伝子の機能解析にも関わり、こちらは哺乳類の性決定におけるZNRF3の新たな役割に関する共同研究へと発展し、帰国後に論文として発表することができました(Haris et al., 2018)。

photo2.jpg
Burdine研究室のメンバー。右から5番目がBurdine准教授、3番目が筆者。

滞在中は研究について多くの興味深い機会を持つことができました。分子生物学科では毎週水曜日にButler Seminarと題したセミナーが開催され、アメリカやヨーロッパ各地から招待された日本では中々お目に書かれない著名な研究者の最新の研究成果を聴くことができましたし、金曜日には発生生物学の研究室が交代で担当するDevelopmental Biology Colloquiaが開催され、活発な議論が行われていました。また実験の合間には研究室の同僚らとコーヒーを飲みつつ世間話や情報交換をして仲を深めることができました。観光名所でもある美しいキャンパス内に置かれたベンチで論文を読んだり実験のアイディアを考えたりしたのも良い思い出です。それからBurdine博士からはラボセミナーや日々のディスカッションを通して研究の進め方やラボ運営について多くのことを学ぶことができました。一般に海外留学は早いほうが良いと思いますが、私のようにある程度日本での研究キャリアを積んでから海外に行くのも、また別の視点から海外の研究システムの良し悪しに気づくことができ意義のあることだと思います。

研究以外のことでは、今回の滞在は比較的長期に渡るものであったためアメリカ入国の際はDS2019という書類やJ1ビサを取得する必要がありましたが、プリンストン大学の人事担当者や機構URAの唐牛宏先生のサポートのおかげで円滑に手続きを進めることができました。住居は最初の1ヶ月はホテルや唐牛先生のご自宅のお世話になりつつ最終的にはキャンパスに近いシェアハウスに移り住みました。プリンストンは街としては程よい大きさで住みやすく、またニューヨークやフィラデルフィアまで電車で1時間半ほどなので週末に足を伸ばして余暇を過ごすことも可能です。おかげで研究だけでなく日常生活でも快適なプリンストンライフを送ることができました。最後になりますが、素晴らしい研究の機会を与えてくださった自然科学研究機構と支援してくださった多くの方々、さらにBurdine博士と研究室の同僚にこの場を借りて感謝申し上げます。

photo3.jpg
機構からプリストンに派遣されている研究者が会して。左からFulvia Pucci博士(核融合研)、唐牛宏特任教授(研究力強化推進本部)、橋本寛博士(基生研)、筆者。
 
参考文献
Harris, A., Siggers, P., Corrochano, S., Warr, N., Sagar, D., Grimes, D.T., Suzuki, M., Burdine, R.D., Cong, F., Koo, B.K., Clevers, H., Stévant, I., Nef, S., Wells, S., Brauner, R., Ben Rhouma, B., Belguith, N., Eozenou, C., Bignon-Topalovic, J., Bashamboo, A., McElreavey, K. & Greenfield, A. ZNRF3 functions in mammalian sex determination by inhibiting canonical WNT signaling. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, 5474-5479, 2018.
https://doi.org/10.1073/pnas.1801223115