研究の概要
植物の膜交通研究から探る細胞内輸送のメカニズムと進化
真核生物の細胞内には、小胞体やゴルジ体など様々なオルガネラがあり、それぞれが独自の機能を果たすことで生命現象が成り立っています。これらのオルガネラ間では小胞や細管を介した膜交通と呼ばれるメカニズムによって物質が運ばれています。膜交通の基本的なメカニズムは真核生物において広く保存されていますが、それぞれ生物が独自の膜交通の仕組みを有していることも明らかになりつつあります。我々は、シロイヌナズナとゼニゴケを用いて、植物における膜交通の普遍性と独自性を明らかにするべく研究を行なっています。
植物細胞における膜交通経路の多様化。
(A)シロイヌナズナの細胞膜やtrans-Golgi network(TGN)では様々なアダプタータンパク質複合体が積荷タンパク質を選別している(文献3より)。(B)ゼニゴケ葉状体細胞において、分泌経路ではたらく膜融合因子(SNARE)の一種であるMpSYP13B(マゼンタ)が細胞膜に局在するのに対し、ホモログであるMpSYP12B(緑)は油体膜に主に局在する。分泌経路で機能するSNARE分子の機能が進化の過程で多様化していることが分かる。(C) ゼニゴケは雄性配偶子として運動能をもつ精子を形成する。精子形成過程におけるオルガネラの再編成には、膜交通やオートファジーが重要な役割を担っている。(文献2,3より改変)
植物に特徴的なオルガネラと膜交通
膜交通は、小胞や細管状の輸送中間体を介したオルガネラ間の物質輸送システムである。そこではRAB GTPase、SNARE、被覆複合体などが機能しており、これらの因子の多様化が、オルガネラの多様化と密接に関連していると考えられている。当部門では、膜交通とオルガネラ機能の多様化の観点から、植物の膜交通のなりたちと制御機構の研究を進めている。
植物の液胞は不要タンパク質の分解を担うことに加え、タンパク質の貯蔵や膨圧の発生など、植物に特有の機能も有している。このような多様な液胞機能の発現には、液胞ではたらくタンパク質や液胞に貯蔵されるタンパク質を、正確かつ大量に液胞に輸送する仕組みが必要である。そこでは、植物が進化の過程で独自に獲得した膜交通の制御因子が重要な働きを担っていることが明らかになってきた。我々は、植物固有の液胞輸送経路について、その獲得の歴史と制御メカニズムを明らかにするべく研究を進めている。
並行して、基部陸上植物の苔類ゼニゴケを用いた研究も進め、シロイヌナズナの研究から得られた知見と比較することにより、陸上植物における膜交通の多様化の仕組みを解明することも目指している。例えば、苔類のみで見られるオルガネラである油体が、細胞外および細胞膜方向へ物質を輸送する分泌経路の方向性を、一時的に細胞内方向へ方向転換することで形成されることを見出した。また、油体発生のマスター転写因子であるMpERF13を同定し、油体が捕食者に対する防御に役立つことも証明した(文献4)。現在は油体形成過程における分泌経路の方向転換機構の解明を進めている。
図1.油体の形成と機能。
油体形成マスター転写因子MpERF13の過剰発現変異体では油体が過剰に形成され、機能欠損変異体では油体が全く形成されない。オカダンゴムシを用いた被食アッセイでは、油体を持たない変異体が多く被食される(文献4より改変)。
膜交通の多様化は多様な植物機能に関与する
進化の過程における膜交通の多様化は、植物の様々な生理機能の発現と密接に関連している。例えばクラスリン依存的なエンドサイトーシスにおいてアダプターとして機能するPICALMは、植物の進化の過程で劇的に多様化している(文献1)。シロイヌナズナでは、PICALM1が栄養成長期に細胞膜からのタンパク質の回収を担うことで成長や発生に重要な役割を果たすのに対し(文献5)、PICALM5が花粉管で生殖過程に必須の細胞膜タンパク質のリサイクリングに関わっている(文献6)。ゼニゴケでは、キナーゼドメインを有するユニークなPICALMに注目し、AIを援用してこれが精子の運動に関わることを突き止めた。さらに、ゼニゴケの精子変態の過程で、オルガネラの再編成にオートファジーやエンドサイトーシスを介したオルガネラ分解が必須であることも見出した(文献1,2)。引き続き、植物の生殖過程に起こる様々なオルガネラ再編成の仕組みと意義を明らかにするべく解析を進めている。
図2. PICALMはシロイヌナズナの多様な発生段階で機能する。
(左図)PICALM1が欠失すると、栄養器官における細胞膜からのタンパク質の回収がうまくいかず、植物の栄養生長の様々な段階に異常をもたらす(文献5より改変)。(右図)PICALM5の欠失は伸長中の花粉管における細胞膜からの特定のタンパク質の回収が異常になり、花粉管が伸長中に破裂してしまう(文献6より改変)。
参考文献
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