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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

研究部門・施設

研究者情報

吉田 拓也
特任准教授
吉田 拓也
YOSHIDA, Takuya
所属:

研究の概要

オミクス解析で植物ホルモン応答を俯瞰する


植物の生長・発達・ストレス応答は、光、温度、水などの周囲の環境からの刺激と植物生体内のシグナルとの調和によって適切に調整されています。植物ホルモンは生長やストレス応答を制御する司令塔としての機能を有しており、その受容・シグナル伝達機構が分子レベルで明らかにされ、各シグナル伝達経路で機能する転写因子などの機能解析が進められています。しかし、細胞内の多数の生体分子(タンパク質、アミノ酸、etc.)の量的および質的変化についてはよく分かっていません。そこで、タンパク質や代謝産物を網羅的に測定するオミクス解析(プロテオーム解析/メタボローム解析)の手法を用いることで、植物ホルモン応答の全体像を明らかにします。また、これらの手法の要(かなめ)である質量分析について、新規技術の開発に取り組んでいます。

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質量分析を中心としたオミクス解析を通じて植物ホルモン応答の全体像を解明する


植物ホルモンと生長・発達・ストレス応答

内在性の微量シグナル分子である植物ホルモンは、植物の生長・発達・ストレス応答を制御する司令塔として機能している。例えば、アブシシン酸(ABA)は土壌の乾燥や湿度の低下時に細胞内に蓄積し、遺伝子発現や気孔閉鎖を誘導し、生長およびストレス応答の最適化に寄与する。モデル植物シロイヌナズナを中心とした遺伝学的および分子生物学的研究から、植物ホルモンの受容・シグナル伝達の分子機構が明らかにされ、植物ホルモン応答性遺伝子やそれらを制御する転写因子が同定されてきた。しかし、タンパク質や代謝産物など異なる階層の生体分子についての知見は少ない。私たちはプロテオーム解析やメタボローム解析などのオミクス解析の手法を通じて、植物ホルモン応答の全体像の解明を目指している。

生長とストレス応答のバランス

生長とストレス応答のバランスが適切に保たれている一例を示す。植物はSnRK2と呼ばれる一群のタンパク質リン酸化酵素を持ち、シロイヌナズナゲノムには10個のSnRK2遺伝子が存在する。そのうち9個のSnRK2リン酸化酵素は浸透圧ストレスにより活性化され、さらにそのうち3個はABAにより強く活性化を受ける。これらSnRK2リン酸化酵素は浸透圧ストレス応答やABAシグナル伝達経路で重複した機能を持つことが実験的に証明されている。興味深いことに、給水が十分されている通常の生育条件下でも、シロイヌナズナのsnrk2多重変異体は植物体が小さくなる(図1)。この結果は生長とストレス応答が切り離すことができないことを示唆しているが、これらをつなぐ鍵因子については未だ明らかにされていない。私たちはオミクス解析から得られる大規模データを基に、新規因子の探索および機能解析を進めている。

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図1. シロイヌナズナsnrk2多重変異体の生育表現型
シロイヌナズナを通常の光(短日)、温度、給水条件下で5週間生育させた。野生型植物(左)と比較して、snrk2欠損遺伝子の数や組み合わせをかえると植物体が小さくなる変異体が現れる(右3枚)。スケールバー=1 cm。

ABAが関与する一次代謝

乾燥などの環境ストレスによって細胞内に蓄積するABAは、植物の生長に関与しているのだろうか?その問いを明らかにするため、生長と密接に関わる一次代謝に着目し、質量分析に基づく代謝プロファイリング解析をおこなった。これまで、ABA受容体RCAR(別名PYR1またはPYL)、共受容体PP2Cタンパク質脱リン酸化酵素、およびABA活性化型SnRK2タンパク質リン酸化酵素について、過剰発現体や変異体を用いて解析を進め、ABAシグナル伝達経路が植物の一次代謝に関与していることを明らかにした。さらに、トランスクリプトーム解析やプロテオーム解析の結果と組み合わせることで、標的遺伝子およびタンパク質の絞り込みに成功した。ABAによる代謝制御機構の解明を目指し、現在、これら候補遺伝子・タンパク質の機能解析に取り組んでいる。

参考文献

Yoshida, T., Mergner, J., Yang, Z., Liu, J., Kuster, B., Fernie, A.R., and Grill, E. (2024). Integrating multi-omics data reveals energy and stress signaling activated by abscisic acid in Arabidopsis. Plant J., 119, 1112–1133.

Yoshida, T., Obata, T., Feil, R., Lunn, J.E., Fujita, Y., Yamaguchi-Shinozaki, K., and Fernie, A.R. (2019). The Role of Abscisic Acid Signaling in Maintaining the Metabolic Balance Required for Arabidopsis Growth under Nonstress Conditions. Plant Cell, 31, 84–105.

Yoshida, T., Anjos, L.D., Medeiros, D.B., Araújo, W.L., Fernie, A.R., and Daloso, D.M. (2019). Insights into ABA-mediated regulation of guard cell primary metabolism revealed by systems biology approaches. Prog. Biophys. Mol. Biol., 146, 37–49.

Yoshida, T., Christmann, A., Yamaguchi-Shinozaki, K., Grill, E., and Fernie, A.R. (2019). Revisiting the Basal Role of ABA - Roles Outside of Stress. Trends Plant Sci., 24, 625–635.