研究の概要
無脊椎動物の生殖腺刺激ホルモン
脊椎動物では、生殖システムの制御因子として多数のホルモンが単離同定され、それらの作用機構や階層性の解析が進んでいるが、無脊椎動物において、そのような作用を持つホルモンが同定・解析されている例は少ない。我々は、水産無脊椎動物のうち、主に棘皮動物を対象として、生殖システムを制御しているホルモンの同定と解析を行うとともに、それらの多様性と共通性の解明を目指しています。
左図、中央図:GSS投与で誘発されたイトマキヒトデの産卵・放精
右図:クビフリン投与で誘発されたマナマコの産卵
生殖腺刺激ホルモンの精製、同定、解析
我々は、イトマキヒトデ放射神経抽出物中に存在することが分かっていた生殖腺刺激ホルモン(Gonad Stimulating Substance; GSS)を精製し、そのアミノ酸配列を決定する事に成功した。このホルモンは、インスリン超族のペプチドで、脊椎動物で見出されていたリラキシン族と、類似性が高いことが分かった。これを化学合成し、取り出した卵巣に投与したところ、卵の最終成熟が誘起された。また、成体への投与により、産卵・放精行動が誘起され、産卵・放精にまで至った。加えて、それらの卵と精子は通常通り受精し正常に発生した。
更に、種々のヒトデのRNA-Seq登録データの検索を行い、GSSホモログを見出すことができ、アミノ酸配列の保存性の高さが確認できた。加えて、近縁種間においては、イトマキヒトデのGSSが種を超えて作用することも確認された。
次に、相同性の検索から、アメリカムラサキウニにも、リラキシン様ペプチドを見出すことに成功し、キタムラサキウニ、エゾバフンウニ、バフンウニ、アカウニ、ムラサキウニの放射神経cDNAからも、PCRにより相同性の高いmRNAを同定することができた。加えて、ヒトデと同様にRNA-Seq登録データから、多種のウニで、リラキシンホモログを見出すことができた。それらもアミノ酸配列の保存性が高いことが確認できた。
ヒトデ、ウニともに、このリラキシン様遺伝子の発現は、神経組織で極めて高く、また、発現レベルは一年を通してあまり変化がないことが分かった。これらのことから、神経細胞に蓄えられた成熟型ペプチドの分泌の制御が生殖時期の制御に重要であると考えられる。
また、インスリン族の遺伝子は、腔腸動物から脊椎動物や節足動物に至るまで、広く存在していることが知られているが、脊椎動物に見られるインスリン/IGF族と、リラキシン族のそれぞれに相同性を持つ遺伝子が、ヒトデ及びウニで既に分化して存在していることが確認された。
マナマコについても、神経抽出物中に存在することがわかっていた卵成熟誘起因子について、精製を行い、そのアミノ酸配列を決定することに成功した。このペプチドは、5残基からなるアミド化ペプチドで、僅か10
-10~10
-9 Mの濃度で、取出した卵巣で卵の最終成熟を誘起し、生体への投与では産卵・放精の誘起活性が見られ、これらの卵と精子は通常通り受精し正常に発生した。更に、その発現は、神経で極めて高く、周年変化はあまり見られないこともわかり、イトマキヒトデGSSと同様に、分泌制御の解明が、生殖時期制御の解明に重要であると考えられる。
一方、ニセクロナマコの放射神経抽出物中には、生殖線刺激ホルモンとしての活性が認められ、かつ、マナマコのクビフリンとアミノ酸配列の全く等しいペプチドを産すると考えられるmRNAが確認されるものの、このクビフリンは、高濃度でもニセクロナマコには効果が見られない。このことより、ニセクロナマコの放射神経抽出物中には、クビフリンとは異なる生殖線刺激ホルモンの存在が考えられた。
そこで、ニセクロナマコ放射神経抽出物中の生殖線刺激ホルモンの精製を行い、リラキシン様ペプチドがホルモンとしてはたらいていることを確かめる事ができた。
このリラキシン様ペプチドの遺伝子はマナマコを含む、様々なナマコでその発現を確認することができ、またRNA-Seqの登録データからも検索により多数のナマコでその存在を見出すことができている。
加えて、ナマコにおいても配列の相同性は高く、多少濃度を高くする必要はあるものの、やはり種を超えてその作用が見られることも確認された。加えて、これらの卵と精子も通常通り受精し正常に発生した。(投稿準備中)
神経分泌ペプチドの解析
ニホンクモヒトデ、トゲバネウミシダ、などの神経組織でRNA-Seqを行い、リラキシンの発現を確認できた。その配列に基づいて生合成ペプチドでの生理活性の確認を行っている。また、合わせて部分精製分画におけるリラキシンペプチドの存在をMS/MS解析で検証中である。
研究室関連資料
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Annual Report 2021(PDF)
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要覧 2023年 (PDF)