研究の概要
昆虫の社会を創る脳基盤
脳がどのように行動を制御しているのかは神経科学のモデル生物を対象に研究が進んでいます。しかし、動物の多様な行動の理解には従来のモデル生物のみでは限界があります。昆虫は地球上のあらゆる環境へ進出して適応行動を獲得してきました。中でも多様な行動を示すハチ目昆虫は、行動進化の脳基盤を調べる上で有用な系統です。当グループでは、主に真社会性昆虫であるセイヨウミツバチを用い、ミツバチにおける分子・神経行動学ツールの拡充や、異なる行動を示す近縁種との脳領域・構成細胞の遺伝子発現比較解析などを通して、社会性行動を司る脳の分子神経基盤やその進化の解明を目指しています。

セイヨウミツバチの脳
ミツバチの行動を司る分子神経基盤
農作物の重要な花粉媒介昆虫として知られるセイヨウミツバチは、古くから社会性行動の研究対象として基礎研究にも用いられてきた。ミツバチの雌は女王蜂と働き蜂にカースト分化し、また働き蜂はコロニーを維持するために巣内の様々な仕事を分業する。動物行動学の始祖の一人であり、1973年にノーベル賞を受賞したKarl von Frischが解読したミツバチの尻振りダンスは、動物の高度なコミュニケーション手段の1つである。また、ゲノムが比較的早い2006年に解読されたこともあり、異なる役割を担うミツバチ個体間の脳で発現変動する遺伝子の同定や、着目した遺伝子の脳内発現局在解析など,行動と相関する脳神経機構は多く報告されている。しかし、行動を司る脳の分子神経基盤を因果関係で説明した研究例はほとんどない。この主因は、社会性をもつがゆえに遺伝子操作が難しかったことにあるが、近年、ミツバチでもゲノム編集法やトランスポゾンを用いた遺伝子操作が可能になってきている。これまで相関関係の説明にとどまっていた候補因子や遺伝子操作によって同定されうる新規因子の行動制御における機能を明らかにすべく、ミツバチにおける遺伝子操作法や行動実験系の確立を含め、研究を進めている。

図1. ゲノム編集法によるノックアウトミツバチの作出
ハチ目の行動差異と関連する脳基盤の探索
ハチ目昆虫では、異なる社会性段階の種や、植食性、寄生性、営巣性などの行動を示す種が、系統分岐に伴って進化してきた。これまでに、昆虫脳のキノコ体と呼ばれる高次中枢に着目した種間比較解析により、ハチ目の行動進化に伴ってその形態や細胞構成が変化してきたことが明らかになっている。一方、ミツバチなどが示す真社会性は、ハチ目の中でも武器としての毒針をもつ有剣類において複数回独立に獲得されたと考えられているが、真社会性種に特徴的な脳基盤は見つかっていない。私たちは、ハチ目で最初に分岐するハバチ亜目に属するカブラハバチや、有剣類の中でもミツバチを含むハナバチ類に属する種を用い、脳の細胞構成やその発生基盤の種間比較を通し、行動の違いと関連する脳基盤やその進化を駆動した分子基盤を探索している。

図2. 行動様式の異なるハチ目昆虫を用いたキノコ体の種間比較解析
ハチ目は主にハバチ亜目、有錐類、有剣類に分かれており、キノコ体構成細胞(ケニヨン細胞)のサブタイプ数は系統分岐に従い増加している。ハバチ亜目のカブラハバチと有剣類のセイヨウミツバチの各サブタイプの遺伝子発現プロファイルを比較することで、祖先的なケニヨン細胞から機能の分岐と専門化によりサブタイプ数が増加してきたことが示唆された。
参考文献
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