基礎生物学研究所
共生・ゲノム・進化
昆虫アブラムシはブフネラと呼ばれる共生微生物を持っており、お互い相手無しでは生存不可能なほどの絶対的な共生関係にある。(左) 当研究室が共生研究のモデルに用いている、エンドウヒゲナガアブラムシ (Acyrthosiphon pisum)。(右) アブラムシ卵巣内で発生中の初期胚にブフネラ (内部の小さい顆粒) が感染する様子。母親の体内で母親由来のブフネラが、次の世代に垂直感染するのである。スケールバーは 20μm。
地球上のすべての生命体は、様々な生物間相互作用のネットワークの中で存在している。中でも「共生」は、広くみられる生物の適応戦略であり、イノベーション (新奇性創出) の大きな源である。アミノ酸合成、酸素呼吸、窒素固定、発光—など新奇形質を共生によって獲得した生物種は枚挙に暇がない。共生によって単一の生物個体では生存が困難な環境に適応することができる。そのため、近年、生態系や生物進化における共生の重要性が認識されてきているが、最近まで共生生物学は分子・遺伝子レベルの実証的アプローチが困難な研究分野だった。この状況にブレークスルーをもたらしたのが革命的な進歩を遂げているゲノム科学とゲノム編集の技術である。私たちは最先端のゲノム科学的アプローチによって共生を理解する「共生ゲノム学」(Symbiogenomics)を推進している。共生系を支える分子メカニズムと進化プロセスを明らかにすること、そして、その多様性と共通原理を理解することを目指している。
私たちの研究室は「共生ゲノム学」のモデルとして、半翅目昆虫アブラムシと共生細菌「ブフネラ」の細胞内共生系を研究している。半翅目昆虫アブラムシは腹部体腔内に共生器官を持ち、その細胞内に共生細菌ブフネラを恒常的に維持している。両者はお互い相手なしでは生存が不可能なほど緊密な相互関係にあり、生理的にも解剖構造的にもまるでひとつの生物のように統合化されている(文献7)。アブラムシは餌である植物の師管液に不足している栄養分 (必須アミノ酸など) をブフネラに完全に依存している。私たちは、エンドウヒゲナガアブラムシとその共生細菌ブフネラの両方のゲノムを解読し (文献1, 8)、その結果、栄養分のアブラムシ/ブフネラ間のギブアンドテイクの関係が遺伝子レパートリーの相補性という形で見事に表れているなど、ゲノムレベルでの共生の理解を深めてきた。また、私たちは、次世代シークエンサーを用いた網羅的遺伝子発現解析(RNA-seq) をアブラムシ共生器官に適用し、共生器官特異的に発現する新規分泌タンパク質(BCRファミリーと命名) を同定し (文献6)、さらにBCRが抗菌活性を有することを明らかにした(文献4)。近年、いくつかの植物と細菌の共生においても同様の抗菌ペプチド様分子が共生系の維持と制御に重要な役割を果たしていることが報告されており、動植物を越えた共生系進化の共通原理の存在を示唆するものとして興味深い。
図1. アミノ酸のアブラムシ/ブフネラ間のギブアンドテイクの関係が遺伝子レパートリーの相補性という形で表れている。
EAA:必須アミノ酸、non-EAA:可欠アミノ酸
次世代シーケンシング (NGS) に代表されるゲノム科学技術、CRISPR/Cas9ゲノム編集等の遺伝子改変技術、超解像度顕微鏡等のイメージング技術 — ここ数年の生物機能の解析手法のめざましい技術革新により、これまで困難であった非モデル生物の分子・遺伝子・細胞レベルの研究が可能になってきた。地球上で最も多様性に富む生物群とも言われる昆虫の研究分野もこれら技術革新の恩恵を大いに享受し、新しい昆虫科学が始まりつつある。私たちは、NGSで得られた情報をもとにそれぞれの昆虫特有の興味深い形態や生理などの進化を遺伝子・ゲノムレベルで明らかにし、さらにゲノム編集で機能解析を行う、このような新規モデル昆虫の確立と研究パイプラインの構築を目指している。例えば、私たちは、発光生物学のモデルとしてホタルを、社会性進化研究のモデルとしてシロアリや社会性アブラムシを研究している。
私たちは、ヘイケボタルのゲノムを解読した (文献5)。ホタルの発光については、ルシフェラーゼ酵素がルシフェリンを基質として、酸素とATPを使って光を発生することがすでに明らかにされていたが、ゲノム解析により、ルシフェラーゼ遺伝子の起源は、光らない生物でも普遍的に持っているアシルCoA合成酵素と呼ばれる脂肪酸代謝酵素の遺伝子であること、この遺伝子が何度も重複を繰り返しそのひとつが発光活性を持つルシフェラーゼに進化したことが明らかになった。
遺伝子重複は社会性の進化にも重要な役割を果たしていることを私たちは見出した。シロアリはコロニーの中に、形態も役割も異なる個体、すなわち女王と王、兵隊、ワーカーが分業と協働を行い、コロニーの繁栄に寄与している。私たちは、日本の在来種であるヤマトシロアリのゲノム解読とカースト別の大規模遺伝子発現解析を行った(文献2)。これらのデータを統合して解析した結果、重複した遺伝子群がカースト間で発現が異なる傾向があることがわかった。ゲノム上で隣接するよく似た遺伝子が、別のカーストで、例えば一方は女王で他方は兵隊で発現するような例が多数見つかった。そのような重複遺伝子の機能は多岐にわたるが、化学的コミュニケーション、社会的防衛、集団免疫など、特に社会性に関連する遺伝子が多く含まれていた。
社会性は昆虫の系統で繰り返し進化しており、アブラムシの中にも社会性を進化させた系統が知られている。私たちは、新たな社会性昆虫のモデルとしてササコナフキツノアブラムシに注目し、その実験室培養系を確立した。まず、兵隊カーストにおける不妊制御について調べた(文献3)。その結果、兵隊は完全に不妊であるにも関わらず一対の卵巣を持つが小さく、胎生胚は十分に発達しないことがわかった。これは栄養細胞のアポトーシスや卵母細胞・胚のネクローシスによって制約されていることがわかった。ササコナフキツノアブラムシも他のアブラムシと同様に細胞内共生細菌を持っている。現在私たちは、共生と社会性の接点についても研究している。
私たちは昆虫のゲノムを「読む」だけでなく、「編集する」技術の開発にも取り組んでいる。私たちは、CRISPR/Cas9によるアブラムシのゲノム編集技術を確立することに成功した(文献1)。
本研究室では、大学院生を募集しています。
重信 秀治 教授 E-mail: shige@nibb.ac.jp TEL: 0564-55-7670