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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

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研究の概要

最先端顕微分光で迫る光生物の不思議な仕組み


光合成生物は太陽光のエネルギーを巧みに利用し糖類を合成します。学校で一度は習うお馴染みの光反応ですが、その分子機構は未だに分かっていません。特に、色素分子の光励起による局所的な光刺激が、どのように分子→タンパク質→生体膜→細胞と階層を超えて連鎖していくのかは謎のままです。我々は、独自に開発した顕微分光技術を駆使し、生体内の光反応過程を空間的・時間的・エネルギー的に分解し可視化することで、分子から生体膜系の高次階層までをシームレスに連関させる光反応の制御原理を明らかにします。さらに、地質試料中に眠る絶滅光合成生物の分光解析、生体系の揺らぎ分解分光、量子計測を用いた生体観測など、新たな分野の開拓にも取り組みます。

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自作の顕微分光装置を用いてミクロ領域で生じる生体光反応の制御機構を解明する


精妙な光合成光反応系

地球上には太陽光が無尽蔵に降り注ぎ、生命活動を支えている。太陽光を巧みに吸収し活用しているのが光合成生物であり、多数の色素分子が結合する色素タンパク質が光反応を制御している。ここで光捕集を担うのがアンテナタンパク質であり、結合する色素分子が光を吸収する。光エネルギーは色素分子を介して反応中心タンパク質へと渡されて電流に変換される。つまり、光合成系の色素タンパク質は光電変換機能を有する天然の太陽電池と言える。ここで、天然系の凄さを象徴する特徴が3つある。1つ目が高効率性であり、光反応の量子収率がほぼ100%に達する。2つ目が環境適応性であり、光環境に応じて反応系を柔軟に調整できる。光の強弱や色の変動に敏感に応答し、自然環境下の厳しい生存競争を生き抜いている。3つ目が反応連関性であり、生体膜内に埋め込まれた複数多種のタンパク質を介して、光エネルギーや電子だけでなく、プロトンや分子などの流れも制御している。これらの全てがかみ合い互いに連関することで、最終的にNADPHとATPが合成させる。数多の地球環境変動およびそれらに伴う生物進化の荒波にもまれながら最適化されてきた精妙な生体システムである。しかし、その動作原理については多くの謎が残されている。

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図1.光合成光反応系のモデル図
分子・タンパク質・タンパク質超複合体・生体膜という階層的な構造をとる。光捕集アンテナタンパク質の光吸収で光反応が始まり(①)、色素分子間の光エネルギー移動(②)、反応中心タンパク質(RC)における電荷分離・電子移動(③)、還元反応後の分子移動(④)、それらと連動したプロトン移動(⑤, ⑥)が相互に連関し、最終的にNADPHとATPが合成される。しかし、このような系全体を通した反応過程を実験的に解析するのは極めて難しく、詳細は分かっていない。

動的で階層的な反応系

生体機能の動作原理を調べる際に、これまでは主に構造と機能の相関をキーワードに研究が進められてきた。しかし、個々のタンパク質の静的な構造情報だけでは前述した光合成光反応系の3つの特徴(高効率性・環境適応性・反応連関性)を生み出す分子機構は理解できない。そこで我々は、動的な構造や階層的な構造にまで解析対象を拡張し、これを明らかにする。生体分子やタンパク質などの動的な振舞いは反応系の高効率性や環境適応性にとって重要であり、さらに、分子・タンパク質・タンパク質超複合体・生体膜が織りなす階層構造が反応連関性の鍵を握る。

独自の顕微分光アプローチ

では、古今東西様々な研究グループが解析を試みながらも、何故、これらが現在に至るまで謎のままなのだろう。理由は簡単で、単に測定技術が確立されていないからである。そこで我々は測定技術の開発、特にオリジナルの顕微分光装置の開発を進めている。例えば、蛍光の強度と寿命の揺らぎを観測できる単一分子蛍光顕微鏡を開発して光捕集アンテナタンパク質を解析し、光強度の変動に応答する動的な光反応制御機構を明らかにした。揺らぎの統計解析手法も確立し、定量評価に成功した。独自の極低温分光顕微鏡を用い、局所的な構造揺らぎの機能的な役割を解析した。さらに、フェムト秒時間スケールで時間分解測定が可能な超高速分光顕微鏡や、蛍光光子相関が解析できる量子計測顕微鏡、高い空間分解能を実現する超解像顕微鏡、単一分子をマイクロ流路に流しながら測定するフロー分光顕微鏡など、多種多様な測定技術を開発してきた。現在は、フェムト秒過渡吸収顕微鏡や時間分解蛍光スペクトル顕微鏡などの開発も進めている。最終的にはこれらの技術を1つに集約し、超高速・超解像・スペクトル分解を組み合わせた世界初の顕微分光技術を確立していく。オンリーワンの手法を武器に、光合成光反応系の巧みさの真髄ともいえる高効率性・環境適応性・反応連関性の制御機構を明らかにしたい。

参考文献

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Moya, R., Kondo, T., Norris, A. C., and Schlau-Cohen, G. S. (2021). Spectrally-tunable femtosecond single-molecule pump-probe spectroscopy. Opt. Express 29, 28246-28256.
 
Kondo, T., Mutoh, R., Tabe, H., Kurisu, G., Oh-Oka, H., Fujiyoshi, S., and Matsushita, M. (2020). Cryogenic single-molecule spectroscopy of the primary electron acceptor in the photosynthetic reaction center. J. Phys. Chem. Lett. 11, 3980-3986.
 
Kondo, T., Gordon, J. B., Pinnola, A., Dall'Osto, L., Bassi, R., and Schlau-Cohen, G. S. (2019). Microsecond and millisecond dynamics in the photosynthetic protein LHCSR1 observed by single-molecule correlation spectroscopy. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 116, 11247-11252.
 
Kondo, T., Chen, W. J., and Schlau-Cohen, G.S. (2017). Single-molecule fluorescence spectroscopy of photosynthetic systems. Chem. Rev. 117, 860-898.
 
Kondo, T., Pinnola, A., Chen, W. J., Dall'Osto, L., Bassi, R., and Schlau-Cohen, G. S. (2017). Single-molecule spectroscopy of LHCSR1 protein dynamics identifies two distinct states responsible for multi-timescale photosynthetic photoprotection. Nat. Chem. 9, 772-778.

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