基礎生物学研究所
動物の行動は生命の示す最も重要な機能の1つです。行動を作り出す際の中枢神経系神経回路の作動様式を単一細胞レベルの解像度で明らかにすることは、神経科学の大きな目標の1つです。本研究室では、比較的単純な神経回路を持ち、透明で回路全体を観察することが可能なゼブラフィッシュを用いて、この課題に挑んでいます。中枢神経系内に存在する様々なタイプの神経細胞をトランスジェニック手法により特異的にラベルし、おのおののタイプの神経細胞の、神経回路内で果たす役割を調べています。分子生物学、神経解剖学、電気生理学、イメージング、光遺伝学、薬理遺伝学など、さまざまな方法論を組み合わせ、運動系神経回路の動作原理の解明を目指しています。
上段:転写因子、Chx10を発現する神経細胞をGFPで可視化したトランスジェニックフィッシュ。
中段:GFP発現細胞からのパッチクランプ記録。電極内溶液に赤色蛍光色素が含まれており、記録細胞は赤色蛍光を発する。
下段:GFP発現細胞からのパッチクランプ記録。下のトレースが細胞の記録で、上のトレースは、運動ニューロンの軸索からの記録。遊泳運動に伴って、運動ニューロン軸索はリズミックな活動を示す。GFP発現細胞もそれと同期して発火している。
中枢神経系の特徴は、きわめて多くのタイプの神経細胞が秩序だって機能的な回路を作り上げていることである。回路の動作様式を理解するためには、神経細胞のタイプごとにその配線、および活動パターンを調べる必要がある。しかし、哺乳類を用いた研究では、単一神経細胞レベルの解像度で上記の課題を達成するのは難しい状況にある。神経系の全体像を観察することを阻む神経系のサイズ的な膨大さが研究の大きな障壁となっている。このような背景をふまえ、当研究室では、シンプルな脊椎ゼブラフィッシュを用いて、運動・行動が作り出される際の神経系の基本動作原理を解明すべく研究を進めている。
シンプルであることに加え、ゼブラフィッシュの大きな利点は、遺伝学が強力に使えること、および、幼魚の時期は体がほとんど透明であることである。この利点を利用して、当研究室では様々なタイプの神経細胞をそれぞれ特異的に蛍光タンパク質により生きたままラベルするトランスジェニック系統を多数作製して研究を進めている。
図1. それぞれ異なったクラスの神経細胞でGFPを発現するトランスジェニックフィッシュ
トランスジェニック手法により、特定のタイプの神経細胞を同定し、それら神経細胞の活動パターン、および結合パターンを、電気生理学、イメージング実験法を用いて解析している。また、光遺伝学手法や薬理遺伝学的手法により、特定のクラスの神経細胞の活動を人為的に変化させ、その行動に与える影響を調べることで、当該クラスの神経細胞の、運動系神経回路に果たす役割を解析している。
図2. Chx10陽性ニューロンと運動ニューロンとの2細胞同時記録
動物は運動する際、また、一定の姿勢を保持する際にも、常に平衡覚器(前庭感覚器)で重力を察知することで自分の傾きを測り、姿勢制御を行っている。前庭脊髄路は、この姿勢制御のために非常に重要な役割を果たす神経経路である。しかし、長い研究の歴史に関わらず、前庭脊髄路から脊髄内のどのようなタイプの介在ニューロンを介して、最終的に運動ニューロンが制御されているかの詳細は未だに不明である。本研究室では、独自に開発した、対物レンズが回転する顕微鏡システムによるカルシウムイメージングを用いて、この課題に取り組んでいる。具体的には、体の傾き情報が、どのようにして前庭脊髄路ニューロンの情報に変換され、そして、その情報がいかなる脊髄介在ニューロンを介して脊髄運動ニューロンを制御して姿勢制御が行われているかについて、神経回路網の全貌を明らかにすることを目的として研究を進めている。
遺伝子改変ゼブラフィッシュを駆使した研究を進めています。神経発生学、神経生理学、カルシウムイメージング、光遺伝学を利用した神経科学の研究はもとより、ライブイメージングや、CRISPR/Cas9を用いた発生工学技術などを利用する共同研究を行うことが可能です。
本部門では、神経科学に興味を持つ、元気のよい大学院生を歓迎します。運動系神経回路の作動様式を、さまざまな手法を駆使して解明することに興味を持つ方を募集します。体験入学によって、研究室の研究内容や、雰囲気などを体験されることを推奨します。
東島 眞一 教授 E-mail: shigashi@nibb.ac.jp