2011年5月30日

ペルオキシソームのタンパク質輸送に関わる植物特異的な新規因子を発見


植物細胞の中には、核や葉緑体など様々なオルガネラ(細胞内小器官)がありますが、これらのうち、ペルオキシソームは植物の発芽や光合成、種子形成に関わり、植物生長に必須なオルガネラです。しかし、植物細胞におけるペルオキシソーム形成の仕組みはあまり明らかにされていませんでした。今回、基礎生物学研究所・高次細胞機構研究部門の後藤志野大学院生(総合研究大学院大学)、真野昌二助教および西村幹夫教授らは、ペルオキシソームのタンパク質輸送に関わる植物特異的な新規因子を発見しました。この成果は、国際植物学専門誌 The Plant Cellの電子版にて発表されました。

 

2011年5月6日

シダゲノムの解読
〜陸上植物遺伝子の予想外の多様性を発見:遺伝子資源として有用〜


大学共同利用機関である基礎生物学研究所の長谷部光泰 教授、金沢大学学際科学実験センター遺伝子研究施設の西山智明助教らは、国内5大学および国外9ヵ国による国際共同研究チームと共同で、シダ植物の一種であるイヌカタヒバのゲノム解読に成功しました。従来、陸上植物の中で最も複雑な形を持った被子植物と最も単純な形を持ったコケ植物のゲノムは解読されていました。しかし、両者の中間に位置するシダ植物はゲノムの大きさが大きく、ゲノム解読が難しかったことから、どのような遺伝子のどのような進化によって陸上植物が進化してきたのかは謎でした。今回、ゲノムの大きさが極めて小さいイヌカタヒバを用いることで、シダ植物のゲノム解読に初めて成功し、シダ植物とコケ植物、被子植物のゲノムを比較解析した結果、陸上植物が共通に持つ遺伝子が明らかになりました。また、花の咲く植物(被子植物)と花の咲かない植物(シダ植物)との間で、遺伝子の発現を制御する遺伝子(転写因子)の数が増えており、これが単純な形を持った植物から複雑な形を持った植物への進化を引き起こした可能性が高いことも分かりました。これまで、植物は動物と比べると互いに形が似ていることから、動物よりも遺伝子の進化の程度がずっと少ないだろうと思われてきましたが、今回の研究結果より、陸上植物のゲノムは動物よりも大きく変化していることが明らかになりました。さらに、病気や害虫に食べられないようにしたり花粉を運ぶ昆虫を引き寄せたりする働きを持つ二次代謝産物や植物の生育に必要な植物ホルモンの合成酵素遺伝子などは、被子植物・シダ植物・コケ植物でそれぞれ独自に数を増やしたり減らしたりして多様性を産み出していることも分かりました。今後、シダ植物やコケ植物特有の“有用な性質を産み出す遺伝子”を見つけ出し、作物などの改良に利用することによって、製薬やバイオマス生産を含む農林業への応用が進むものと期待されます。なお本研究の一部は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「長谷部分化全能性進化プロジェクト」(研究総括:長谷部光泰)の一環として行われました。本研究成果は、2011年5月5日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Science」のオンライン速報版で公開されました。

 

2011年3月28日

オオミジンコの性決定遺伝子の発見


岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所 分子環境生物学研究部門の井口泰泉教授らと大阪大学の研究グループは、オオミジンコのオスを決定する仕組みを明らかにしました。ミジンコは甲殻類で、池や湖で春から夏にかけて爆発的に増え、藻類を食べて育ち、魚の餌にもなる生態系で重要な動物プランクトンです。ミジンコ類は環境が良ければメスがメスを産んで単為生殖(クローン)で増えますが、餌不足、混雑、短日など環境条件が悪くなるとオスを産み、交尾して乾燥にも耐えられる耐久卵を産みます。耐久卵からはメスが発生します。従って、ミジンコにはヒトのような遺伝性の性決定ではなく、環境条件による、環境性の性決定の方式をとっていると思われています。環境性性決定の仕組みを持つ生物は、ミジンコの他にも、ワニやカメなどで知られていますが、今まで、その環境性性決定の仕組みはミジンコを含めて他の生物でも謎でした。井口らは国立環境研究所と行った先行研究で、オオミジンコに“幼若ホルモン類似物質”とよばれる化学物質が作用するとオスばかりが産まれることを見つけていました。今回、研究グループは、その手法を用いてオスになる卵を集め、メスになる卵とオスになる卵の違いを調べました。研究グループは、メスとオスで働いている遺伝子の違いを比較し、オスだけで強く働いている遺伝子、「doublesex1 (ダブルセックス1)」を発見しました。ミジンコの卵内で遺伝子の働きを止める手法(ミジンコにおけるRNA干渉法)を新たに開発し、この方法を用いて、ダブルセックス1遺伝子の働きを止めると、オスになるはずの卵から生まれたミジンコはメスの形態を示しました。また、この遺伝子をメスになる卵に注入するとオスの形態を示しました。これらの結果より、井口らは、ダブルセックス1遺伝子の働き方の違いが、オオミジンコのオスとメスを決めていることを明らかにしました(ダブルセックス1が働くとオスに、ダブルセックス1が働かないとメスになる)。これは、環境性性決定において、具体的に性を決めている遺伝子が明らかになった世界で初めての例です。以上の成果は、遺伝学専門誌PLoS Genetics(プロスジェネテイックス)2011年3月号にて発表されます。

 

2011年2月9日

てんかん発作に関わる遺伝子の同定


基礎生物学研究所の上野直人教授、理化学研究所発生再生科学総合研究センター、およびアイオワ大学医学部のBassuk博士らの研究グループは、細胞の極性(形や機能的な非対称性)を決め個体の発生にも重要な役割を担う因子のひとつPrickle(プリックル)遺伝子の変異が、てんかん発作のおこりやすさに関わることを示しました。研究グループは、Prickle遺伝子の機能が低下したマウスでは、正常マウスに比べて発作を起こしやすいことを明らかにしました。この成果は、2月11日に米国人類遺伝学会誌 The American Journal of Human Geneticsで発表されます。

 

2010年12月24日

心臓や動脈系、胸腺、副甲状腺などの形成に不可欠な遺伝子を新たに発見


岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所の大久保直助教および高田慎治教授らのグループは、東京女子医大との共同研究により、心臓や大動脈、胸腺、副甲状腺などの形成に不可欠な遺伝子を、マウスを用いた実験により新たに発見しました。ヒトやマウスなどの脊椎動物では、心臓の一部である流出路やそれに繋がる大動脈系、ならびに胸腺や副甲状腺などの咽頭部に形成される器官の一部は、胎児の時期に、咽頭弓と呼ばれる組織から発達します。咽頭弓やそこから発達する器官の形成には、Tbx1と呼ばれる遺伝子が重要であり、この遺伝子の異常によりディジョージ症候群という先天性の多臓器疾患が引き起こされることがすでに知られています。今回、大久保助教らは、Ripply3(リプリー3)と呼ばれる遺伝子の解析を行い、咽頭弓ならびに心臓や動脈系、胸腺、副甲状腺などの器官が正常に形成されるためには、Ripply3遺伝子が不可欠であることを、マウスを用いた実験により明らかにしました。さらに、Ripply3がTbx1の機能を調節することも同時に示しました。この結果は、心臓血管系や胸腺、副甲状腺などが形成されるしくみや、ディジョージ症候群のような先天性の多臓器疾患の発症メカニズムの解明に大きく貢献するものと期待されます。この研究の成果は、12月22日に発生生物学専門誌Development(電子版)において発表されました。

 

2010年12月7日

蝶類コムラサキ亜科はベーリング海峡を経由して、ユーラシアから新大陸へ繰り返し分布を拡大した


基礎生物学研究所の毛利秀雄名誉教授(元所長)らの研究グループは、日本の国蝶であるオオムラサキを含むコムラサキ亜科(タテハチョウ科)の代表的な種を網羅して、核ゲノムにある8つの遺伝子、ミトコンドリアゲノムにある7つの遺伝子の塩基配列決定を行い、その情報を基に、亜科内の属の類縁関係を明らかにするとともに、コムラサキ亜科はユーラシアから新大陸へ二度分布を拡大したこと、および、食草を転換した時期を明らかにしました。この研究はこれまで形態によって分類されてきたコムラサキ亜科の分類を再検討することが必要であることを示し、今後、より詳細な形態観察によって、系統を反映した分類体系の見直しが期待されます。この成果は、分子進化学専門誌Molecular Phylogenetics and Evolution(モレキュラー ファイロジェネティクス アンド エボリューション)電子版にて米国時間2010年11月9日に発表されました。

 

2010年11月20日

マメ科植物において、根粒の数と植物の形作りを同時に制御する遺伝子を発見


基礎生物学研究所の宮澤日子太大学院生および川口正代司教授らの研究グループは、マメ科植物において、根粒の数と植物の形の両方を制御する遺伝子を発見しました。マメ科植物が養分の少ない荒れ地でも生長できる秘訣は、根に根粒を形成し、内部に根粒菌と呼ばれる微生物を住まわせて共生し、その微生物の能力を上手く利用して空気中の窒素から栄養を作り出すことが出来るからです(この能力は、窒素固定能と呼ばれます)。根粒は、マメ科植物が進化の過程で獲得した特殊な共生器官です。今回の成果は、根粒の数の制御と植物の形づくりの機構を直接つなぐ重要な知見であり、将来的には荒れ地でも良く育つ植物の開発など、食料問題や環境問題の解決への貢献が期待されます。この成果は、発生生物学専門誌 Development (デベロップメント)電子版にて英国時間2010年11月19日に発表されました。

 

2010年11月16日

葉の大きさは細胞間のコミュニケーションにより制御される


種(しゅ)が同じ生物の間では、器官の大きさは非常に均一です。 これは、各々の種に特徴的な発生のプログラムが、器官に含まれる細胞の数と大きさを厳密に制御しているからだと考えられています。 また近年、植物の器官サイズがどのようにして決まるかの理解は、バイオマス増産という観点からも、その重要性が広く認識されています。 しかし、個々の細胞を組織化してできている器官が、いつも均一な大きさに発達するメカニズムは、未だによく分かっていません。 東京大学大学院理学系研究科の塚谷裕一教授、同研究科博士課程3年川出健介および立教大学の堀口吾朗准教授らの研究グループは、葉に含まれる細胞の数と大きさが細胞間のコミュニケーションを通じて統合されていることを、今回明らかにしました。 これは葉の大きさが、個々の細胞を越えた多細胞レベルで制御されていることを実証した初めての成果であり、国際誌Development誌に掲載され、掲載号中の注目すべき論文として紹介される予定です。

 

2010年9月22日

神経細胞のネットワーク形成には、樹状突起での局所的なタンパク質合成が不可欠


岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所(神経細胞生物学研究室)の椎名伸之准教授、東京工業大学大学院生命理工学研究科の徳永万喜洋教授らの研究グループは、マウスの脳神経細胞を用いて、神経細胞の樹状突起での局所的なタンパク質合成が、正常な神経ネットワークの構築に必要であることを明らかにしました。細胞の核の中のDNAに記録されている遺伝情報は、伝令RNAに写し取られ、その伝令RNAを鋳型にしてタンパク質合成が行われます。通常、タンパク質の合成は核の周辺の細胞質で行われるのが普通です。一方、神経細胞は「樹状突起」と呼ばれる長い突起がいくつも飛び出た特殊な形をしており、一部の遺伝情報については、核で写し取られた伝令RNAが核から遠く離れた突起内に輸送され、樹状突起内にて局所的にタンパク質合成が行われます。しかし、この樹状突起内での局所的なタンパク質合成の生理的な役割についての知見は限られていました。今回、椎名らは、「RNG105(アールエヌジー105)」と呼ばれる遺伝子に注目して研究を行い、樹状突起への伝令RNA輸送とそれに伴う局所的タンパク質合成が、正常な神経ネットワーク構築に必須であることを初めて示しました。以上の成果は、米国神経科学会誌Journal of Neuroscience(ジャーナルオブニューロサイエンス)2010年9月22日号にて発表されます。

 

2010年8月23日

基礎生物学研究所がテマセック生命科学研究所(シンガポール)と国際連携協定を締結


自然科学研究機構 基礎生物学研究所はシンガポールの国際的科学研究機関テマセック生命科学研究所(Temasek Life Sciences Laboratory,TLLと略)との間で5年間の国際連携協定を2010年8月16日に締結しました。本協定に基づき、共同研究の推進、学生および研究者の交流、実習コースの共催などを企画します。テマセック生命科学研究所は、基礎生物学研究所と同様に、動物・植物研究で最先端研究を展開するアジア屈指の研究所で、シンガポール国立大学のキャンパスの中に位置し、多くの主任研究者が同大学や南洋理工大学での研究職を併任するなどシンガポールの各大学とも提携関係にあります。

 


2010年8月9日

幹細胞の寿命は意外にも短かった!
〜マウスの精子幹細胞は次々と入れ替わる〜


精子は、次の世代を作るとても大切な使命を帯びた細胞です。精子を作るおおもととなるのは「幹細胞」です。大切な遺伝情報の原本(オリジナル)を持つ「幹細胞」は精巣の中で一つ一つ大切に守られていると、当然のごとく信じられて来ました。ショウジョウバエなどの場合は確かにその通りなのです。今回、基礎生物学研究所(生殖細胞研究部門)の吉田松生教授、英国ケンブリッジ大学(物理学科)のBenjamin D. Simons教授らの研究グループは、マウスの精子幹細胞の運命を1年以上にわたって追跡した結果を数学的に解析しました。その結果は驚くべきものでした。個々の幹細胞は決して特別に守られている訳ではなく、平均してわずか1〜2週間の寿命しか持たず、次々と消滅していたのです。そして、失われた幹細胞は、他の幹細胞から生まれた細胞によって補充されていたのです。更に、数学的解析の結果は、どの幹細胞が消えてどの幹細胞が生き残って増えていくかは、偶然に(確率論的に)決まることを示していました。このことから、幹細胞のグループがお互いに入れ替わりながら自らの集団を維持すると同時に精子を作る細胞を供給していることが分かりました。一つ一つの幹細胞が厳格に非対称分裂をするという定説に代わる、新しい幹細胞の姿です。以上の成果は、米国科学雑誌 Cell Stem Cell (セル・ステムセル)2010年8月号にて発表されました。

 


2010年7月26日

不妊を回避するメカニズムを発見


自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所の北舘祐 助教および小林悟 教授は、ショウジョウバエを用いた研究により、雄が不妊を回避するメカニズムを明らかにしました。生涯を通じて精子をつくり続けるためには精子幹細胞と呼ばれる細胞が必要です。この細胞は、細胞分裂を繰り返すことにより精子を枯渇させることなくつくり続けることができます。精子幹細胞が失われると不妊が引き起こされてしまいます。精子幹細胞が失われる原因として、精子幹細胞を生み出す前駆細胞(始原生殖細胞と呼ばれる)の数が著しく減少することが考えられます。北舘と小林は、始原生殖細胞の数が減少すると、少数の始原生殖細胞から効率よく精子幹細胞を作り出し不妊を回避する調節機構があることをショウジョウバエを用いて明らかにしました。これは、生物の最も重要な性質である「生殖機能」を確保するための巧妙な仕組みといえます。この成果は米国科学アカデミー紀要電子版で今週中(7月26日の週)に発表されます。

 


2010年7月16日

アヤメやネギがもつ、裏しかない葉「単面葉」の形作りの仕組みを解明


葉は光を受けて栄養分を作り出す光合成をおこなう場所です。多くの光を集めて効率の良い光合成をおこなうために、葉はふつう、表側と裏側の性質をもつ平たい形になるのが特徴で、このような葉を「両面葉」といいます。一方、アヤメやネギといった一部の植物は、「単面葉」という裏側の性質しか持たない葉をつくります。この単面葉の形作りの仕組みはこれまで不明でしたが、今回その基本的な仕組みが世界で初めて明らかになりました。基礎生物学研究所の山口貴大助教と東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の塚谷裕一教授らの研究グループは、単面葉では、葉の裏側の性質を決める遺伝子が葉全体で働くことで、裏側の性質しかもたなくなることを発見しました。さらに単面葉では、両面葉とは異なる仕組みで平たい形の葉をつくることを明らかにし、DROOPING LEAF (ドゥルーピングリーフ、略号DL) という遺伝子が、単面葉を平たくする働きを持つことを発見しました。この成果は、米科学雑誌 The Plant Cell(プラントセル)誌に掲載されました。

 


2010年7月16日

極小ペプチドによる発生制御のしくみを発見
〜最も小さな遺伝子の驚くべき役割〜


岡崎統合バイオサイエンスセンターの影山裕二特任助教らは、真核生物で最も小さなペプチド遺伝子が、遺伝子発現のスイッチとしてはたらいていることを発見しました。ヒトを含む動植物のゲノムには、普通のたんぱく質よりも小さいペプチド(アミノ酸100個以下)をコードする遺伝子が多数存在していると言われています。しかし、このようなペプチドが細胞内でどのようなはたらきをしているかについてはよく分かっていませんでした。影山特任助教らは今回、わずかアミノ酸11個からなるペプチドをコードするpri遺伝子が、ショウジョウバエの胚の発生過程を制御する一群の遺伝子の発現に必要であることを突き止めました。さらに、pri遺伝子にコードされるペプチドが、転写因子であるShavenbabyたんぱく質を転写抑制型から転写活性化型へと変換することにより、遺伝子発現制御のスイッチとしてはたらいていることを明らかにしました。今回の発見によって、遺伝子発現という生命の根幹を制御するしくみに小さなペプチドが関わっていることが明らかになりました。この発見が起点となって、さまざまな研究分野で小さなペプチドの研究が促進され、ペプチドの新たな役割の解明や新規ペプチド医薬の開発へとつながるものと期待されます。本研究成果は、2010年7月16日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌Scienceに掲載されました。

 


2010年5月27日

原因不明だった高ナトリウム血症の発症機構を解明
〜脳の体液Naレベルセンサーに対する抗体が産生される自己免疫疾患だった〜


通常、血中ナトリウム(Na)レベルは145mM付近に厳密に保たれています。例えば、絶水状態が長時間続くと体液中のNaレベルが上昇しますが、この状態で水と塩水を同時に提示されると、水を大量に摂取すると共に塩分摂取を回避します。また、抗利尿ホルモン(anti-diuretic hormone; ADH)であるバソプレッシンの脳下垂体後葉からの分泌量が増加し、排尿に伴う水分流出が抑えられます。こうした制御は脳内のセンサー分子群により体液の浸透圧やNaレベルが感知され、その情報が水分/塩分摂取行動の制御に関わる神経回路やバソプレッシン産生細胞へ送られることにより実現されています。この制御機構が何らかの理由で破綻すると体液Naレベルに恒常的な異常が現れます。基礎生物学研究所の野田昌晴教授らは、これまでの研究で電位依存性Naチャンネルと相同性のある分子Naxが体液Naレベルセンサーであることを明らかにしていました。血中Naレベルが恒常的に高くなる疾患は本態性高Na血症(essential hypernatremia)と呼ばれます。脳腫瘍形成や外傷によりバソプレッシン産生細胞のある脳内視床下部領域が損傷を受けてバソプレッシンの分泌能が低下したことが病因であることが多いことが知られています。しかし、核磁気共鳴画像法(MRI)を用いて検査を行っても著明な脳の異常が見当たらない症例もあり、その場合は原因不明とされてきました。野田昌晴教授らは、そのような原因不明の本態性高Na血症の一症例を解析したところ、患者の体内でNaxに対する自己抗体が産生されていたことを見出しました。この成果は、2010年5月27日に米国科学専門誌ニューロンにて発表されました。

 


2010年5月21日

成体メダカの卵巣で卵を継続的につくり出す幹細胞のゆりかごを発見
〜魚類の高い繁殖能力の基盤も明らかに〜


生き物にとって、自分たちの子孫を残していく事は最も基本的で重要な事柄です。多くの動物のオスでは、幹細胞が沢山の精子を一生涯にわたって作り続けることが明らかとなっています。一方で、メスが卵を作り出すメカニズムについては、不明な点が多く残されています。基礎生物学研究所の中村修平研究員、田中実准教授らは、メダカを用いた研究により、メダカ成体のメスの卵巣内に、精巣と似た構造があり、その“ゆりかご“に卵を作り出す幹細胞が存在することを発見、幹細胞が卵を継続的に作り出していることを世界で初めて明らかにしました。ほ乳類では、卵の元になる細胞の増殖は出生前に止まる、という考え方が定説です。今回の成果は、脊椎動物で初めて、卵巣内に卵をつくる幹細胞が存在することを示したものです。また、魚類が沢山の卵を作り続けることができる仕組みの謎が明らかになりました。この成果は、2010年5月21日に米国科学雑誌サイエンス(電子版)にて発表されます。

 


2010年3月23日

神経管形成に必要な細胞内のアクチン集積を引き起こす仕組みを発見


神経管形成は、脳や脊髄などの中枢神経系を作り出す重要な過程です。基礎生物学研究所の森田仁大学院生および上野直人教授は、シンシナティ小児病院医学センターのワイリー教授らとの共同研究で、細胞同士の接着を司るふたつの細胞接着分子の巧妙な働きによって、中枢神経系をつくる神経管が閉じるしくみの一端を明らかにしました。上野教授は「いままで、神経管閉鎖のメカニズムはアクチンなど細胞の中の細胞骨格の制御機構に注目が集まっていたが、今回の研究で細胞外での新たな調節機構が浮き彫りになった」と語っています。この成果は3月24日に発行予定の英科学専門誌Development(電子版)にて発表されます。

 


2010年3月19日

多く、長く、精子を作り続ける秘訣
‾ほ乳類精子形成における新しい分化モデル‾


ヒト男性の精巣では、一日に1億にもおよぶ精子を約50年にわたって作り続けます。この、沢山の精子を長い期間作り続けるという、生命にとって極めて重要な営みは、どんな細胞が支えているのでしょうか?従来、精巣の中の、ごく少数の自己複製能力を持つ限られた特別の細胞(幹細胞)だけが、この役目を果たしていると信じられて来ました。今回、基礎生物学研究所の吉田松生教授、京都大学の中川俊徳研究員、鍋島陽一教授らの研究グループは、マウスを用いた研究によりこの問題に挑戦しました。その結果、精子へと変わり始めた細胞が、しばらくの間は自己複製できる潜在能力を保っていて、幹細胞に何かあった時にはいつでも幹細胞に取って代われることが分かりました。実際、精巣が障害を受けた時には、これらの細胞の潜在能力が発揮され、速やかに障害を修復して精子の数を保とうとする事が明らかになりました。このように、従来信じられて来たよりもはるかに多くの細胞のグループが、継続する精子形成を支えているのです。これは、40年近く信じられて来たモデルを修正するものでした。以上の結果は、2010年3月19日発行の米国科学雑誌サイエンス(電子版)に掲載されます。

 


2010年2月2日

栄養環境によるオートファジー制御の解明に成功


基礎生物学研究所の鎌田芳彰助教、大隅良典教授(現東京工業大学)、神戸大の吉野健一助教、米澤一仁教授らの研究グループは、出芽酵母を用いて、細胞のリサイクルシステムであるオートファジーの「スイッチ」として機能するタンパク質の働きを明らかにしました。この成果は2010年1月27日発行の米国微生物学会誌Molecular and Cellular Biology誌に掲載されました。

 


2009年11月20日

幹細胞の居場所(ニッチ)の広さを決める糖タンパク質の働きを解明


私たちの体は数多くの細胞から作られており、それらの細胞は日々、傷害や老化、新陳代謝などにより失われています。それでも私たちの体が無くならない訳は、幹細胞と呼ばれる細胞が元になって、新たな細胞を供給する仕組みがあるからです。岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所の林良樹助教、ミネソタ大学の中藤博志准教授らからなる研究グループは、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(以下、HSPG)と呼ばれる糖タンパク質が、幹細胞の維持に必須であることを新たに発見しました。HSPGはタンパク質の本体から糖の長い鎖(糖鎖)を複数伸ばした構造をしています。研究グループはHSPG遺伝子が壊れたショウジョウバエの突然変異体を用いて、精子や卵をつくりだす幹細胞(生殖幹細胞)の様子を観察しました。その結果、HSPGが失われると幹細胞は維持されずに消失してしまうことがわかりました。また研究グループは、HSPGが、幹細胞の維持に必要な拡散性タンパク質の作用範囲を制御しており、この仕組みが幹細胞の居場所(ニッチ)の広さを決めていることを示しました。HSPGはショウジョウバエのみならず、私たち人間を含む多くの動物種において存在しています。本研究の成果は、私たちの体内おける幹細胞維持のメカニズムに重要な知見を提供するものであります。また、幹細胞移植医療において不可欠な、体外での幹細胞の培養や、移植された幹細胞の体内における適切な制御において重要な基礎的知見を提供するものであり、応用医療まで含めた幅広い研究分野において重要な基礎になるものと期待されます。この成果は2009年11月17日(米国時間)、米国の細胞生物学専門誌The Journal of Cell Biologyに掲載されました。

 


2009年9月16日

神経軸索の正しい進路選択には細胞骨格である微小管の安定化制御が必須である


発生過程において、神経細胞から発した軸索は、伸長途中の細胞外の軸索ガイダンス分子を感知することによって正しい経路を選択し、最終的に標的となる正しい神経細胞と神経結合を形成します。軸索ガイダンス分子の情報は、軸索内の細胞骨格を制御することにつながると考えられますが、細胞骨格制御の分子機構の詳細は不明でした。基礎生物学研究所 統合神経生物学研究部門の新谷隆史助教、野田昌晴教授らの研究グループは、Adenomatous polyposis coli 2 (APC2)という分子が、細胞骨格である微小管の制御を行うことによって軸索ガイダンス分子に対する軸索の応答性を決定していることを明らかにしました。この成果は、これまで不明であった神経回路形成における微小管の制御機構を明らかにした重要な知見です。研究の詳細は、2009年9月16日、米国神経科学会学会誌Journal of Neuroscience誌で発表されました。

 


2009年9月10日

遺伝子組換えで生きた化石を作る
〜陸上植物の起源に新仮説を提唱〜


基礎生物学研究所生物進化研究部門の岡野陽介研究員、長谷部光泰教授らの研究グループは、科学技術振興機構、金沢大学学際科学実験センターとの共同研究によって、コケ植物のヒメツリガネゴケにおいてポリコーム抑制複合体2(PRC2)遺伝子(以下ポリコーム遺伝子)と呼ばれる細胞の記憶を制御する遺伝子を壊すと、枝分かれをする絶滅した化石植物(前維管束植物)に似た植物体が形成されることを発見しました。従来、陸上植物の祖先は現生コケ植物のような形をしていたと考えられてきました。しかし、今回の発見は、枝分かれ構造を持った前維管束植物が陸上植物の祖先であった可能性もあることを示唆しており、今後、陸上植物の進化過程を再検討する必要が出てきました。この成果は、米国科学アカデミー紀要電子版にて9月10日(日本時間)に発表されました。

 


2009年9月1日

オオバコの仲間は雑種だらけ
〜日本古来のオオバコは、大陸産のセイヨウオオバコの雑種から生じた〜


基礎生物学研究所の石川直子研究員、山形大学の横山潤教授、東京大学の塚谷裕一教授からなる研究グループは、道端に生えて、踏まれても踏まれても丈夫に育つことで世界的にも身近な雑草、オオバコの仲間について遺伝子解析を行い、日本古来のオオバコは、ユーラシア大陸に広く分布し最近日本への帰化が見られるセイヨウオオバコの雑種から生じた種(しゅ)であることを明らかにしました。また、広くオオバコ属の類縁関係を調べ、驚くほど多くのオオバコ属植物が、互いに複雑に入り組んだ雑種の関係になっていることを明らかにしました。この成果は、アメリカ植物学会が編集する国際誌、American Journal of Botany誌2009年9月号に掲載されます。

 


2009年8月11日

マウス胚組織の内側、外側を決める遺伝子 prickle1


私たちの体の形は、始まりはたった一つの細胞からなる受精卵の丸い形です。細胞の数が増え、複雑な形づくりの過程を経て、それぞれの生き物の形がつくられていきます。基礎生物学研究所 形態形成研究部門の田尾嘉誉研究員、上野直人教授らの研究グループは、マウスを用いて、prickle1(プリックル1)という遺伝子が、ごく初期(着床直後の頃)の体の形作りに必須であることを明らかにしました。prickle1 遺伝子を破壊したマウスの胚は、発生初期にエピブラスト(原始外胚葉) と呼ばれる組織で通常見られる内側、外側の特徴が失われ、死に至ることが明らかとなりました。本研究は、基礎生物学研究所と理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター動物資源開発室との共同研究により行われました。研究の詳細は米国科学アカデミー紀要(PNAS) 電子版8月25日号で発表されます。

 


2009年8月10日

ミトコンドリアだけ分別して分解
‾細胞内リサイクルシステム“ オートファジー”の分別機構の一端を解明‾


基礎生物学研究所 分子細胞生物学研究部門の岡本浩二研究員、岡本徳子研究員および大隅良典教授らのグループは、細胞内のリサイクルシステムにおいて、細胞小器官の一つ、ミトコンドリアだけを特に分別して処理する機構を明らかにしました。ミトコンドリアは細胞内でエネルギーを作り出す重要な細胞小器官ですが、酸化ストレスにさらされて傷つき、不要になったミトコンドリアは分解される必要があります。研究グループは、酵母で新しく発見したAtg32タンパク質が、“分別マーク” のような役割を果たすことにより、古くなったミトコンドリアが分別処理される仕組みを初めて明らかにしました。この成果は、科学専門誌Developmental Cell(7月21日号)に掲載されました。

 


2009年7月31日

植物の受精を制御する因子を発見
‾植物のオスとメスの協調性は遺伝子の重複によって進化した‾


異なった種類の植物を交配しても種ができません。この大きな原因の一つは、花粉管からの精細胞(動物の精子に相当する細胞)の放出と雌しべの卵装置での卵細胞の開放が調度良いタイミングで起こらないことにあります。基礎生物学研究所 生物進化研究部門の宮崎さおり研究員らの研究グループは、シロイヌナズナ(アブラナ科)を材料として、花粉管側で卵装置を認識する因子を発見しました。しかも、今回発見した花粉管側(雄側)因子はこれまで報告されていた卵装置側(雌側)因子と、花の咲く植物の雄雌が進化した頃に、同じ祖先遺伝子から進化してきたことがわかりました。雌雄で互いを認識する因子が同じ遺伝子に起源していたという発見は植物の雌雄の協調性がどのように進化するのかを解明する第一歩になりました。また、今回の発見により、異なった種間での交配を可能とする仕組みの研究が進み、将来的には、作物の品種改良への応用が期待されます。この成果は、米国の科学雑誌カレントバイオロジー電子版にて7月30日(米国東部時間)に発表されました。

 


2009年7月01日

霊長類の大脳皮質で両眼視に関わる新しい構造を発見


私たちの脳は、右眼と左眼それぞれから入力される情報を1つの像に統合する情報処理の仕組みを持っています。基礎生物学研究所の高畑亨研究員(現バンダービルト大)と山森哲雄教授らの研究グループは霊長類(マカクザル)を用いて、左右の眼の視覚入力バランスが大きく崩れた時、大脳皮質の一次視覚野で神経活動が変化し、今まで知られていなかった神経ネットワーク構造が可視化されることを新たに発見しました。この構造は、両眼視の情報処理と密接な関連があることが示唆されます。今後、この成果をきっかけとして、一次視覚野での情報処理ネットワークの全容解明に近づくことが期待されます。また、今回の発見はケガや病気などにより網膜が損傷した際に、脳の情報処理機能にどのような補償が生じるのかを理解する上でも重要な知見となります。この成果は、米国科学アカデミー紀要電子版にて7月1日〜7月4日までに発表されます。

 


2009年5月25日

無脊椎動物の生殖腺刺激ホルモンを世界に先駆けヒトデから発見


基礎生物学研究所の長濱嘉孝特任教授と東京学芸大学の三田雅敏教授らの研究グループは、棘皮動物であるイトマキヒトデの放射神経抽出物から無脊椎動物で最初となる生殖腺刺激ホルモンを精製し、構造を明らかにすることに成功しました。驚いたことに、ヒトデの生殖腺刺激ホルモンは、ヒト女性の妊娠や分娩を助ける働きのあるリラキシンと呼ばれるホルモンに良く似た化学構造を持つことがわかりました。今後、このリラキシン様ホルモンが他の無脊椎動物にも存在し、同様の働きを示すのかを明らかにすることが必要です。そのような研究を通して、有用な海産無脊椎動物(ウニ、カニ、エビ等)のより詳しい生殖機構が明らかになることが期待されます。研究成果は、米国科学アカデミー紀要電子版(5月21日号)にて発表されました。

 


2009年5月7日

基礎生物学研究所がマックス・プランク植物育種学研究所(ドイツ)と学術交流協定を締結


自然科学研究機構 基礎生物学研究所は、植物科学分野での研究推進の為、新たにドイツのマックス・プランク植物育種学研究所(MPIZ)と学術交流協定を締結しました。本協定に基づき、植物科学分野における共同研究の推進、合同シンポジウムの開催、学生および研究者の交流、実習コースの共催などを企画します。この活動は、基礎生物学研究所においては、国際共同研究支援プログラムの一環として行われるもので、学術交流の効果を広く国内に広げるため、基礎生物学研究所が日本とドイツの植物科学研究交流の窓口として機能することを目指しています。

 


2009年4月10日

長いDNAをコンパクトに収納する
‾染色体凝縮の謎にメス‾


基礎生物学研究所 ゲノム動態研究部門の定塚勝樹助教と堀内嵩教授は、細胞の核の中のDNAをコンパクトに収納する” 染色体凝縮“と呼ばれる現象において、凝縮に必要な蛋白質複合体(コンデンシン)が染色体DNAに結合するメカニズムを明らかにしました。研究グループはDNAと蛋白質複合体の結合に不可欠なDNA配列を明らかにすると共に、リクルーターと呼ばれる蛋白質の役割を明らかにしました。これにより、染色体が形作られる仕組みの完全理解に向けて大きく前進しました。この成果は、2009年4月10日発行の米国の科学雑誌「Molecular Cell」に掲載されました。

 


2009年3月31日

大人びた葉の性質をつくる仕組みを発見


基礎生物学研究所 植物発生遺伝学研究部門の塚谷裕一客員教授らの研究グループは、シロイヌナズナというアブラナ科の植物を用いて、植物が年相応の葉をつける、「異形葉性」と呼ばれる現象の背景となる仕組みを新たに発見しました。研究グループは、本来幼弱な1枚目の本葉が、より成熟した葉の性質を持つという変異体に注目し、詳しい解析を行いました。その結果、成熟した葉は、細胞数が増えると共に、一つ一つの細胞体積は減っているという、新たな事実を発見し、また、この現象が特別なRNAによって制御されていることを明らかにしました。この成果は英国の科学雑誌デヴェロップメント誌(Development)にて発表されました。

 


2009年1月29日

上向きと下向きの光の動きを脳へ伝える2種類の網膜神経節細胞の同定に成功


基礎生物学研究所 統合神経生物学研究部門の野田昌晴教授らの研究グループは、専修大学の石金浩史講師および理化学研究所脳科学総合研究センターの臼井支朗チームリーダーらのグループと共同で、上向きまたは下向きの光の動きに反応する2種類の網膜神経節細胞を同定し、それらの細胞の機能と構造および脳への結合様式などの詳細を世界で初めて明らかにしました。これらの成果は、光の動きの方向を感知する視覚系メカニズムおよび眼球運動制御メカニズムの解明につながると期待されます。研究の詳細は、2009年1月29日、米国の科学雑誌プロスワン(PLoS ONE)誌で発表されました。

 


2008年12月12日

セロトニンの視覚に果たす役割を解明
〜鮮明な視覚像を得るための脳の仕組み〜


セロトニンは、神経細胞間で情報伝達を行う化学物質である神経伝達物質の1つです。脳内のセロトニン濃度の低下と鬱病等との関係が示唆されていますが、セロトニンの脳における機能はよくわかっていません。基礎生物学研究所 脳生物学研究部門の山森哲雄教授らの研究グループは大阪大学の佐藤宏道教授のグループと共同で、セロトニンが脳内における視覚の情報処理において、雑音(ノイズ)を減少させる役割と、視覚刺激のコントラストを適当な強さに調節する役割を持つことを明らかにしました。今回の研究は、セロトニンの高次脳機能における役割の一端を初めて明確に示したものであり、今後、その脳における役割の全容解明に貢献するものと期待されます。この研究成果は脳科学専門誌Cerebral Cortex オンライン版に12月5日に掲載されました。

 


2008年12月11日

植物種子の発芽エネルギー生成に必須な新規輸送体を発見


基礎生物学研究所 高次細胞機構研究部門の新井祐子研究員、林誠准教授、西村幹夫教授は、種子の発芽エネルギー生成に必須となるタンパク質PNC(ピーエヌシー)を新たに発見しました。植物の種子には脂肪やデンプンといった貯蔵物質が蓄えられており、植物は発芽に必要なエネルギーをこれらの貯蔵物質を分解することによって得ています。脂肪を燃やしてエネルギーを得る過程は主にペルオキシソームと呼ばれる細胞内の構造の中で行われます。この過程に必要な物質が、どのようにしてペルオキシソーム内部に集まるのか、その全容は解明されていません。今回、研究グループは脂肪代謝に必要な物質の一つであるアデノシン三リン酸(ATP) をペルオキシソーム内に輸送するタンパク質PNCを発見しました。このPNCタンパク質を少量しか持たないように改変した変異体植物では、貯蔵脂肪の分解がうまく進まず、健全に発芽することができなくなりました。この研究により、発芽における脂肪の代謝メカニズムの一端が明らかになったと共に、発芽における脂肪の重要性が示されました。今後、この輸送体の研究を進めることで、種子発芽の仕組みを解明するとともに発芽を調節する手法の開発につながることが期待されます。今回の研究成果は、学術雑誌「The Plant Cell」12月号オンライン版に12月10日に掲載されました。また同誌の巻頭に注目論文としてとりあげられました。

 


2008年11月22日

世界初!マナマコの放卵・放精(生殖行動)を誘発する神経ホルモンを発見
〜マナマコの大量生産可能に〜


九州大学(吉国通庸大学院農学研究院教授:研究代表者)、自然科学研究機構(大野 薫基礎生物学研究所助教)、水産総合研究センター(山野恵祐養殖研究所チーム長)の共同研究グループは、マナマコの神経から放卵・放精などの生殖行動を誘発する神経ホルモンの解明に世界で初めて成功しました。今回の研究成果は、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センターが実施する「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」の平成18年度採択課題「水産無脊椎動物の生殖腺刺激ホルモンの解明と応用(研究代表者:吉国通庸教授)」の研究の一環として共同研究グループが行ったもので、米国発生生物学会誌(Developmental Biology誌)に掲載されます。

 


2008年09月16日

植物の新規細胞小器官“ERボディ”の形成の仕組みを解明


基礎生物学研究所 高次細胞機構研究部門の山田健志助教および西村幹夫教授らは、京都大学大学院 理学研究科 永野惇大学院生および西村いくこ教授と共同して、植物の小胞体から形成される細胞内小器官(オルガネラ)、ERボディの形成機構を明らかにしました。ERボディは、小胞体から形成される新規細胞小器官として2001年に高次細胞機構研究部門がモデル植物のシロイヌナズナより発見し、解析が続けられています。植物は様々な環境に適応して生きるために、新しい機能をもつ細胞小器官を形成したり、既存の細胞小器官の機能を変換したりすることができます。ERボディは、小胞体という本来分泌タンパク質の合成の場として働く細胞小器官が、βグルコシダーゼという酵素を大量に蓄積するために特殊化した新しい細胞小器官です。ERボディは幼植物体に見られますが、傷害や食害によっても誘導されるため、病害や虫害に対する防御のための細胞小器官であると考えられています。さらに、ERボディは、シロイヌナズナを含むアブラナ目にみられる細胞小器官であることがわかっています。これまでは、どのようにして小胞体よりERボディが形成されるのか、わかっていませんでした。今回、研究グループが発見しNAI2と名付けた遺伝子がERボディの形成に必須であることが初めて明らかになりました。今後、この遺伝子を用いて様々な作物にERボディを作らせ、病害や虫害に対する抵抗性を高めさせることができるのではないかと期待されます。今回の研究成果は、9月9日に雑誌「The Plant Cell」オンライン版に掲載されました。
 


2008年02月06日

網膜神経節細胞のサブタイプの1つを発生期から見分けることに成功
〜光の動きを伝える視神経回路形成の発達機構の一端が明らかに〜


眼の網膜で受け取られた視覚刺激は、網膜神経節細胞を介して脳に伝えられます。ほ乳類の網膜神経節細胞は形態的な違いから12種類以上に分類され、それぞれが異なる視覚情報を脳に運ぶことが知られています。しかしながら発生期において網膜神経節細胞の種類の違いを見分ける方法がこれまでなかったために、それぞれの発達機構を明らかにすることはできませんでした。基礎生物学研究所の野田昌晴教授らは、発生期において、1種類の網膜神経節細胞で活性化する遺伝子をマウスで発見し、この遺伝子を目印にすることで、この特定の種類の網膜神経節細胞の発達を、初期の段階から見分けることに成功しました。この網膜神経節細胞は、特に上下方向に動く光の情報を伝えていると考えられています。今回の成果は、光の動きを感知する網膜神経回路がどのようにして形成されるのか、脳は受け取った視覚情報を基にいかにして行動を引き起こすのかを明らかにしていく上で重要な手掛かりになると考えられます。研究の詳細は、2008年2月6日、米国の科学雑誌プロスワン(PLoS ONE)誌で発表されました。
 


2007年12月25日

塚谷 裕一 客員教授が日本学術振興会賞を受賞


基礎生物学研究所 植物発生遺伝学研究部門の塚谷裕一客員教授(東京大学大学院 理学系研究科教授)が第4回 日本学術振興会賞を受賞しました。受賞対象の研究は「葉の形態形成メカニズムの解明」です。日本学術振興会賞は、我が国の学術研究の水準を世界トップレベルにおいて発展させるために、創造性に富み優れた研究能力を有する若手研究者(45歳未満対象)を顕彰し、その研究意欲を高め研究の発展を支援する必要から平成16年度に創設された賞で、日本学術振興会が選考を行います。受賞式は3月3日に日本学士院で行われる予定です。
 


2007年12月14日

コケゲノムの解読
〜植物の陸上征服を可能とした遺伝子の進化解明へ一歩前進〜


日本、米国、ドイツ、イギリスなど6ヶ国からなる国際共同研究チームがコケ植物ヒメツリガネゴケのゲノム解読に成功しました。日本は、基礎生物学研究所、金沢大学、国立情報学研究所、国立遺伝学研究所、東京大学、名古屋大学、総合研究大学院大学、科学技術振興機構の研究者グループが完全長cDNAの配列決定を分担し、約3万6千遺伝子を発見しました。その結果、陸上植物の進化過程で、植物の形作りや環境応答に必要な植物ホルモン関連遺伝子、乾燥耐性に必要な遺伝子、放射線などによってダメージを受けた遺伝子の効率的な修復機構に関わる遺伝子などが生じたことがわかりました。今後、これらの遺伝子の詳細な機能解析を行うことによって、陸上植物の進化に関与した遺伝子の解明、コケ植物の持つ高い環境耐性能力などを利用した農林業的応用や地球環境対策への応用が進むことが期待できます。この成果は、2007年12月14日に米国科学誌Science(サイエンス)オンライン速報版で公開されました。
 


2007年10月9日

卵や精子のもとの細胞(生殖細胞)は性分化に大きな役割をはたす


基礎生物学研究所の黒川紘美 元大学院生と田中実 准教授らは、卵や精子のもとになる細胞である生殖細胞がなくなるメダカを作成し、生殖細胞が性分化に果たす役割を解析しました。その結果、生殖細胞をまったく持たないメダカは、遺伝的に決まっている性別にかかわらず外見がオスの形態になることが明らかになりました。これは生殖細胞が卵や精子になるだけでなく、身体がオス・メスに分かれていく過程(性分化)にも積極的に関与することを示しています。動物の性分化および性転換の分子メカニズム解明につながる成果として注目されます。この成果は米国科学アカデミー紀要オンライン版にて2007年10月9日-13日の間に発表されました。
 


2007年7月13日

細胞内の分解/リサイクルのシステムを支える膜形成の仕組みを解明


基礎生物学研究所 分子細胞生物学研究部門の中戸川 仁 助教および大隅 良典 教授らは、細胞内の分解/リサイクルシステムであるオートファジー(自食作用)における特殊な膜構造を作り出す仕組みを明らかにしました。オートファジーとは、細胞が持つタンパク質や構造体を大規模に分解/リサイクルするための仕組みのことです。オートファジーは細胞内の新陳代謝を高めたり、飢餓時には分解産物からエネルギーを得るなど、様々な生命活動において重要な働きをしています。オートファジーには、分解すべきものを取り囲んで隔離する特殊なふくろ(オートファゴソーム)が必要ですが、このふくろを作り上げる仕組みはこれまで謎に包まれていました。研究グループは、オートファゴソームの形成に必要な「Atg8」という小さなタンパク質に、ふくろの材料となりうる脂質膜同士をつなぎ合わせ、特殊な融合状態(ヘミフュージョン)にする機能があることを明らかにしました。さらに、このAtg8の機能は、オートファゴソームの膜を大きく伸ばす段階に重要であることを発見しました。本発見は全く新しい生体膜形成メカニズムを示しており、オートファジーのメカニズム全容解明のための突破口となると期待されます。また最近、オートファジーは細胞内の浄化メカニズムとして、パーキンソン病やハンチントン病といった神経変性疾患等の原因となる異常タンパク質の蓄積を防ぐことで、これらの発症に対して抑制的に働くことが明らかとなってきました。本研究は、これら病気の予防法や治療法の開発につながる可能性も秘めています。本研究は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「代謝と機能制御」研究領域(研究総括:西島正弘)の研究テーマ「オートファジーにおける脂質膜組織化機構の解明(研究者:中戸川 仁、基礎生物学研究所 分子細胞生物学研究部門、助教)」の一環として、同研究所の大隅良典教授らのグループとの共同研究によって得られたものです。今回の研究成果は、米国科学雑誌「Cell(セル)」オンライン版にて207年7月13日に公開されました。
 


2007年7月3日

精子の幹細胞を維持する機構を解明
〜幹細胞を維持する細胞(ニッチ)の形成機構を明らかに〜


岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所の小林悟教授らは、精子をつくる幹細胞を維持する機構を世界にさきがけショウジョウバエで明らかにしました。幹細胞が維持されるために必要な細胞群は、生殖幹細胞ニッチ(ニッチ)と呼ばれています。本研究グループは、セブンレス(sevenless)という名の遺伝子に注目、この遺伝子の機能が精巣原基で失われるとニッチが異常に拡大することを明らかにしました。さらに、それに伴い幹細胞や精子に分化する途中の細胞が精巣中に過剰に蓄積され、精巣が腫瘍化することも明らかとなりました。ニッチおよび生殖幹細胞は、一生を通して精子が作られ続けるために必要ですが、これらの細胞が異常に増えると腫瘍化を引き起こすことが明らかとなったわけです。この危険性を回避し、正常に精子を作り続けるために、セブンレス遺伝子が必要であることが示されました。幹細胞は分化した細胞を供給する元となるもので、器官の成長や維持さらに再生時に重要な役割を果たします。一方、幹細胞数の異常な減少や増加は、腫瘍化など器官の正常な機能を妨げる要因になると考えられています。したがって、適正な数の幹細胞を維持する機構の解明は、生物学や医学の研究分野で特に注目されている研究課題です。幹細胞の維持には幹細胞と隣接するニッチと呼ばれる細胞群の働きが必須であることがいくつかの器官で知られています。しかし、ニッチそのものが発生過程で形成される機構についてはほとんど明らかにされていませんでした。本研究で得られた知見は、多くの器官におけるニッチや幹細胞の形成機構を明らかにする基盤となることが期待され、生殖・再生医療にもつながる可能性があります。本研究は、岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所の北舘祐研究員、小林悟教授らの研究グループにより行われました。研究の詳細は、2007 年7月3日に、米国の専門誌 デベロップメンタル セル(Developmental Cell)誌で発表されました。
 


2007年6月11日

運動能の高い細胞、動きの制御に新知見


基礎生物学研究所形態形成部門の木下典行准教授らは、体の形づくりの初期における細胞運動に、パキシリンというタンパク質が不可欠であることを明らかにしました。人間を含む多くの動物の体は、体の外側を覆う表皮、その内側の骨や筋肉、そして最も内側に消化管が配置されています。このような正しい配置を作るには、体づくりの初期に、それぞれの元になる細胞が正しい位置に移動することが必要です。この現象において、将来骨や肉や血管などをつくる中胚葉と呼ばれる細胞群は、高い運動能を持つことが知られています。今回、木下准教授らの研究グループは、中胚葉細胞の高い運動能は、パキシリンタンパク質の分解と更新が適切にコントロルされることによって生み出されるということを発見しました。この成果は体の形づくりを理解する上で重要な発見であり、また二分脊椎症などの病因解明や癌浸潤のメカニズムの理解にもつながるものとして期待されます。研究の詳細は2007年6月11日発行のネイチャー・セルバイオロジー (Nature Cell Biology) 電子版で発表されました。
 


2007年 5月 29日

メダカの生殖腺形成をコントロールする遺伝子を発見


基礎生物学研究所の生殖遺伝学研究室(田中実准教授・斎藤大助研究員・中村修平大学院生)と科学技術振興機構の森永千佳子研究員らは、生殖腺が過剰に発達し、雄から雌への性転換をおこす突然変異体メダカを単離し、hotei(布袋)と命名しました。そしてその原因遺伝子が抗ミュラー管ホルモン受容体タイプ2(amhrII )であることを明らかにしました。性転換は動物によってはしばしば認められる現象ですが,そのメカニズムはまったく解明されていません。また、将来の卵や精子となる細胞(生殖細胞)の数がどのように制御されているかも、明らかにされていませんでした。メダカはY 染色体を持つ個体が雄となり、その性は終生変わることがありません。hotei 変異体では、Y染色体を持つ変異体メダカの約半数が卵巣,あるいは精巣と卵巣とが混じり合った中間的形態の生殖腺を形成し、ヒレの形などの第二次性徴も雌型となりました。これは生殖細胞の数の制御が、生殖腺の性分化に深く関与していることを示唆する初めての結果です。同定された原因遺伝子amhrII は、哺乳類において卵管・子宮,などの雌の生殖腺付属器官が発達するために必須の遺伝子であり、魚からヒトに至るまで広く共通の生殖腺形成と性分化メカニズム解明につながると期待されます。本研究は、JST戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「小型魚突然変異体群を用いた脳領域発生の研究」(研究代表者:近藤寿人 大阪大学大学院生命機能研究科教授)のサポートのもとに行われました。この成果は米国科学アカデミー紀要オンライン版にて2007年5月29日に先行発表されました。
 


2007年 5月 8日

アクチン細胞骨格を制御する短鎖ペプチド遺伝子を発見
〜細胞形態を決定する最小の役者〜


私たちの体の中で遺伝子が働くときには、DNAに書き込まれた遺伝情報をもとに、タンパク質 (ペプチド) が合成されます。合成されるペプチドは、多くの場合100以上のアミノ酸が結合したものですが、近藤武史大学院生 (奈良先端科学技術大学院大学) および 科学技術振興機構 さきがけ研究者の影山裕二研究員らは、わずか11アミノ酸の小さなペプチドを合成するショウジョウバエの遺伝子を発見しました。この11アミノ酸という大きさは、ヒトを含む真核生物の遺伝子の中でもっとも小さいものです。polished rice と名付けられたこの遺伝子は、細胞表面の突起を作るのに必要な骨格(アクチン細胞骨格)を制御しており、細胞の形の決定に重要な働きをしていることが判明しました。この発見は、ごく小さなペプチドをコードしているゲノム領域が、生体内では重要な意味を持つ可能性を示しています。しかしながら、そのような小さな領域はこれまでほとんど注目されておらず、本研究で得れた結果は、現在猛烈な勢いで進行しているゲノム解析において、新たな遺伝子を見つけるための重要な指針になると考えられます。本研究は、科学技術振興機構 (JST) さきがけ研究 (18-21 年度)「RNAと生体機能」研究領域のサポートのもと、影山研究員らの研究グループと、(独) 理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 形態形成シグナル研究グループの林茂生グループディレクターらの共同研究により行われました。研究の詳細は、2007年5月7日付けのネイチャー・セルバイオロジー (Nature Cell Biology) オンライン版で先行発表されました。
 


2007年 5月 4日

初期胚の細胞が集団で動くしくみ発見


ヒトを含めた動物の卵は受精したあとに、生き物のかたちづくりのもっとも重要なステップである原腸形成と呼ばれる運動を経て成長します。その運動は将来神経や、皮ふをつくる外胚葉、心臓や骨格筋をつくる中胚葉、胃や腸をつくる内胚葉とよばれる3つの組織細胞の集団が将来の器官をつくるために、ダイナミックに移動して正しい位置に配置します。その移動の間に同じ細胞集団の中の個々の細胞が、集団から離れ他の集団の細胞と交じり合わないように、お互いを認識して接着する(くっつく)ことによって動くことが必須です。基礎生物学研究所の鄭恵英研究員と上野直人教授らは、細胞を互いに接着させることによって、原腸形成を調節するタンパク質をアフリカツメガエルで発見しました。このANR5はヒトを含めた多くの脊椎動物にもあることがわかっており、動物種を超えて共通の働きを持っていることが予想されます。原腸形成が始まるときにこのタンパク質を働かなくすると、異なる細胞同士が交じり合って細胞の移動や異なる細胞同士の分離がうまくいかず、調和のとれた細胞移動に障害が起き、その結果、体長が短くなったり、神経形成の異常ながみられるようになりました。また同タンパク質は細胞膜にあるPAPCというタンパク質に直接結合して、RhoAと呼ばれる細胞内の酵素を活性化することにより、細胞が動くために必要な膜突起の形成を調節していることが明らかになりました。この研究成果は2007年5月3日付けの「カレントバイオロジー」(オンライン版)に掲載されました。
 


2007年 4月 17日

生殖細胞の死を回避するメカニズム


卵や精子すなわち生殖細胞は、子孫をつくるために必要不可欠な細胞です。この生殖細胞は、発生過程の初期につくられる始原生殖細胞と呼ばれる細胞に由来します。始原生殖細胞は生殖細胞を経て次世代の個体を作り、再びその個体の中で始原生殖細胞がつくられるという過程が繰り返されることで生物の生命が維持されているのです。しかし不思議なことに、このような始原生殖細胞はもともとは死ぬようにプログラムされていることが、岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所の佐藤仁泰研究員、小林悟教授らによるショウジョウバエを用いた研究から明らかになりました。そして始原生殖細胞の中に含まれるナノス (Nanos)と呼ばれるタンパク質がこの細胞死のプログラムを抑制することにより、はじめて始原生殖細胞が生き残ることができるようになるという仕組みが判明しました。ナノス・タンパク質はマウスでもショウジョウバエと同様に始原生殖細胞の生存に関わっていることから、この研究成果は哺乳類を含めた動物全般の生殖細胞の維持の機構を明らかにする上で重要と考えられます。本研究は、科学技術振興機構(JST) CREST 研究(12-17 年度) のサポートのもと岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所の佐藤仁泰研究員、林良樹研究員( 現ミネソタ大学研究員)、小林悟教授らの研究グループにより行われました。研究の詳細は、2007 年4 月16-20 日に、米国科学アカデミー紀要(PNAS)オンライン版で先行発表されます。
 


2007年 4月 5日

体液中のナトリウム濃度検知は脳のグリア細胞が行っている


血液や脳脊髄液に代表される体液(細胞外)中のNa(ナトリウム)濃度は生理的Na濃度(約145 mM)に厳密に保たれています。また細胞内のNa濃度(約15 mM)も、同様に厳密に制御されています。細胞内外のこのNa濃度の勾配は、物質輸送の駆動力になっているだけでなく、神経細胞においては活動電位の発生に主要な役割を担っています。このように生命にとって必須であるNa恒常性を保つため、私たちの体は、塩分・水分の経口摂取と腎臓における排泄・再吸収の制御を統合的に行っています。体液のNaと水のバランスが崩れた時、例えば、長時間の脱水は体液中のNa濃度を上昇させます。この時私たちは、のどの渇きを覚え、水分の補給を行うとともに、塩分摂取を抑制します。それでは、この体液中のNa濃度上昇を、私たちの体はどこでどのようにして感知しているのでしょうか。基礎生物学研究所の野田昌晴教授らの研究グループは、この体液中のNa濃度の上昇を検出するセンサーがNaxチャンネルであり、その部位が脳内の感覚性脳室周囲器官であることをこれまでに明らかにしてきました。Naxは細胞外のNa濃度が上昇した時(閾値は約150 mM)に開くという特異なチャンネル分子です。今回の研究により、Naxは感覚性脳室周囲器官のグリア細胞に発現しており、Na濃度上昇の情報はグリア細胞で検出された後、神経細胞に伝達されるという仕組みが明らかになりました。細胞外液のNa濃度の上昇をグリア細胞上のNaxチャンネルが感知すると、Na+/K+-ATPaseが活性化し、グリア細胞のグルコース(糖)代謝が活性化します。その結果、乳酸が産生され、この乳酸が隣接する神経細胞の発火頻度を調節します。これまでグリア細胞は、神経細胞のサポート役と考えられてきました。しかし脳内のNa濃度の検出では、脇役と思われてきたグリア細胞が主役を果たしており、むしろ神経細胞はグリア細胞によってコントロールされていることが明らかになりました。この成果はグリア細胞と神経細胞の役割の常識を覆す発見として注目されます。また食塩の過剰摂取は高血圧や胃ガン等の疾病リスクを高めることが知られており、食塩摂取行動の制御メカニズムの解明はこれらの疾患のリスク低減につながると期待されます。研究の詳細は2007年4月4日付のNeuron誌オンライン版で先行発表されました。
 


2007年 2月 20日

メダカの性決定遺伝子はDMY遺伝子である


多くの生物には雄と雌の二つの性が存在します。性はどのようにして決まるのか、近年その仕組みを遺伝子レベルで解明する研究が盛んに行われています。ほ乳類では、SRY遺伝子の有無により性別が決まることが明らかになっています。一方、ほ乳類以外の脊椎動物の性決定遺伝子は精力的に探索されましたが長らく不明でした。基礎生物学研究所 松田勝研究員、長濱嘉孝教授らと新潟大学の酒泉満教授らの研究グループは2002年にメダカのY染色体から性決定遺伝子の有力な候補遺伝子を発見し、DMYと名付けました。DMY遺伝子はほ乳類の性決定遺伝子SRYとは全く構造の異なるタンパク質をコードする遺伝子です。DMY遺伝子突然変異体はメスになることから、DMYは正常発生において雄になるために必須の遺伝子であることが分かりました。しかしながらDMY遺伝子がメダカの性決定遺伝子であることを示すためには、DMY遺伝子が雄への分化に十分であることを示す必要がありました。本研究において松田らは、DMY遺伝子を遺伝的には雌のメダカ卵に導入し、雄になる個体を得ました。よって先の結果と合わせ、「DMY遺伝子は、メダカの雄への分化に必要かつ十分な遺伝子である。」という結論に達することができました。DMYは脊椎動物で見つかった2番目の性決定遺伝子となります。この研究により、メダカは、ほ乳類以外の脊椎動物において、特定の遺伝子の有無によって性別を判定できる唯一の動物という位置づけになりました。水生動物は環境変化の影響を直接に受けると考えられています。環境変化による生物の性別への影響を検証する為のモデルとして、メダカの果たす役割はより大きくなると期待されます。またメダカに関するゲノム情報の収集やバイオリソース事業が日本を中心として活発に展開されつつあることから、メダカは性研究の貴重なモデル生物として国内外の研究者からの注目がますます高まると予想されます。 本研究は基礎生物学研究所(松田勝・長濱嘉孝)と新潟大学(四宮愛・酒泉満)を中心とした研究グループにより実施されました。研究の詳細は2007年2月19-23日の間に、米国科学アカデミー紀要(PNAS)オンライン版で先行発表されました。
 


2007年 1月 13日

大腸菌環状ゲノムの線状化に成功


生物の遺伝情報を担っているのは染色体(ゲノム:以下ゲノムと呼称)ですが、それには線状のものと環状のものがあります。我々人間を含め、動物・植物のゲノムは細胞の核の中に存在し、全て線状です。一方バクテリア等の原核生物のゲノムは、ほとんどが環状でできています。何故そうなったかについては分かっていません。その理由を探るために、基礎生物学研究所の堀内嵩教授らの研究グループは、良く知られたバクテリアの一つ、大腸菌の環状ゲノムの線状化に挑戦し、世界で初めて成功しました。大腸菌に感染するウイルスであるN15ファージの能力を応用し、環状のゲノムに切れ込みを入れ、環を開いて線状化する方法を用いました。ゲノム中のDNAは2本の鎖状分子が縒り合わさった二重らせん構造をもっていますが、今回の手法で線状化すると、その末端は2本の鎖が切れ目無く連続したヘアピンのような状態になっています。驚いたことに、線状ゲノムの菌は、環状ゲノムの菌と同様に、正常に生育しました。生育ばかりでなく、他の性質についても、ほとんど変わりませんでした。また、この線状ゲノムへの変換では、ゲノムの末端をどこに持ってくるかが重要であることが明らかになりました。正常に生育するのは、ゲノムの中央に複製開始点があり、両腕の長さが同じ場合です。両腕の長さが違えば違うほど、生育が悪くなり、極端に違うと生存出来ませんでした。この成果は世界で初めての環状ゲノムの線状化成功であると共に、線状化に用いた手法はゲノム工学の技術として注目されます。研究の詳細は、2007年1月13日、EMBO reports誌オンライン版で先行発表されました。