2007年6月11日

運動能の高い細胞、動きの制御に新知見

基礎生物学研究所 形態形成部門の木下典行准教授らは、体の形づくりの初期における細胞運動に、パキシリンというタンパク質が不可欠であることを明らかにしました。人間を含む多くの動物の体は、体の外側を覆う表皮、その内側の骨や筋肉、そして最も内側に消化管が配置されています。このような正しい配置を作るには、体づくりの初期に、それぞれの元になる細胞が正しい位置に移動することが必要です。この現象において、将来骨や筋肉や血管などをつくる中胚葉と呼ばれる細胞群は、高い運動能を持つことが知られています。今回、木下准教授らの研究グループは、中胚葉細胞の高い運動能は、パキシリンタンパク質の分解と更新が適切にコントロールされることによって生み出されるということを発見しました。この成果は体の形づくりを理解する上で重要な発見であり、また二分脊椎症などの病因解明や癌浸潤のメカニズムの理解にもつながるものとして期待されます。研究の詳細は6月11日発行のネイチャー・セルバイオロジー (Nature Cell Biology) 電子版で発表されました。

[研究の背景]

体の形が作られる過程では、細胞は活発に移動します。特に、将来骨や筋肉や血管などをつくる細胞である中胚葉の細胞群は高い運動能を持ち、中胚葉の細胞運動は体の基本的な形をつくることに大きな役割を果たします。
木下准教授らは、アフリカツメガエルをモデルに、中胚葉の細胞が動く仕組みを解き明かそうと研究を行っています。細胞が動く時、細胞の中では細胞骨格と呼ばれる骨組みの構造が大きく変化します。骨組みの構造変化により、細胞の形が変わり、動きが生じます。木下らは、細胞の表面にある接着班という構造に注目しました。細胞をテントに例えると、テントを支える支柱が細胞骨格で、接着班はテントの支柱が地面に接している部分に相当します。接着班は、細胞が細胞外の足場に接している部分です。

[研究成果]

今回、木下らは接着班を構成するタンパク質として知られるパキシリンに注目しました。中胚葉の細胞はパキシリンを失うと、運動が阻害されることがわかりました。このことから、中胚葉細胞の高い運動能にはパキシリンが不可欠であることが明らかとなりました。

図1

図1:(左) 正常な中胚葉組織では、細胞運動によって赤と緑の細胞が混ざり合う。(右) パキシリンを失った中胚葉組織では、細胞運動が阻害され、赤と緑の細胞はうまく混じり合うことができない。

また研究グループは、このパキシリンが 「非古典的Wnt(ウイント)シグナル」 と呼ばれる情報によって、積極的に分解されていることを新たに発見しました。そして、パキシリンの分解を阻害すると、細胞運動が抑制されることから、パキシリンの分解は中胚葉の細胞運動に必須であることが明らかになりました。なぜ運動に不可欠なものが、積極的に分解されるのでしょうか?木下らは、詳細な観察によりこの謎を解明しました。接着班において、パキシリンは次々と分解されると共に、直ちに新たなパキシリンが補充されます。そしてこのパキシリンの更新が、接着班の動きを活性化し、接着班が動くことによって細胞の接着と移動のバランスが調節され、中胚葉細胞の運動性が高まることが明らかとなりました。

図2

図2:接着班の動態と細胞運動を測定する実験。斑点状に見えるのが接着班である。正常細胞では、接着班の動きが活発であり、細胞運動も大きい。パキシリンの分解を阻害すると、接着班の動きが抑制され、細胞はほとんど動かない。

[今後の展望]

今回の研究により、体づくりに必要な細胞運動の制御の一端が明らかとなりました。特に 「非古典的Wnt(ウイント)シグナル」 が中胚葉細胞運動に必須であることは以前から知られていましたが、具体的な作用機序は長らく謎でした。今回の研究により、このシグナルがどのようにして細胞運動を制御しているのか、具体的な作用機序が明らかになったことは、大変重要な成果です。また、Wntシグナルの欠失は、二分脊椎症などの先天異常を引き起こすことが知られており、その病因メカニズム解明につながるものと期待されます。また、運動能が特に高い細胞として知られる、浸潤性の癌細胞の運動の理解にも繋がると期待されます。

[発表雑誌]

Nature Cell Biology ネイチャー・セルバイオロジー 電子版

論文タイトル:
Wnt signalling regulates paxillin ubiquitination essential for mesodermal cell motility

著者:
Hidekazu Iioka, Shun-ichiro Iemura, Tohru Natsume and Noriyuki Kinoshita

[研究グループ]

本研究は、基礎生物学研究所形態形成部門(飯岡英和 研究員、木下典行 准教授)が中心となり、産業技術総合研究所との共同研究として実施されました。

[本件に関するお問い合わせ先]

基礎生物学研究所 形態形成部門
准教授 木下 典行 (きのした のりゆき)
Tel: 0564-55-7573(研究室)
E-mail: nkinoshi@nibb.ac.jp

[報道担当]

基礎生物学研究所 連携・広報企画運営戦略室
倉田 智子
Tel: 0564-55-7628
E-mail: press@nibb.ac.jp