2006年 12月 4日

発生・再生・がん化に関わるタンパク質Wntの分泌メカニズムの解明
  〜Wntへの特殊な脂質付加が細胞外への分泌に必要〜


多細胞生物を構成する細胞同士は、緊密に情報のやり取りをしています。情報伝達の方法の一つは、細胞間でのタンパク質の受け渡しによって行われます。情報を伝える側の細胞は、ある種のタンパク質を細胞外へと分泌し、それを情報を受け取る側の細胞が細胞表面で受け取ります。受け渡されるタンパク質の種類や、量によって、伝えられる情報の内容は様々です。情報伝達に使われるタンパク質として、Wnt(ウィント)と呼ばれるタンパク質があります。Wntタンパク質によって伝えられる情報(Wntシグナル)は、動物の体の様々な組織が形作られる上でで必要不可欠であることが知られています。また、Wntシグナルが過剰に伝わりすぎると、細胞ががん化します。最近では、Wntシグナルは幹細胞が正常な数で維持されることにも重要であることがわかってきました。Wntシグナルを適切に伝える為には、細胞外に分泌されるWntタンパク質の量が厳密にコントロールされる必要があります。今回、基礎生物学研究所の高田律子研究員、高田慎治教授らのグループは、Wntタンパク質には特殊な脂質(パルミトレイン酸)が共有結合しており、この脂質の結合が細胞外へのWntタンパク質の分泌に必要であることを明らかにしました。この結果は、これまで不明な点が多かったWntタンパク質の分泌メカニズムの理解を大きく進めるものであり、発生、再生、がん化などの幅広い生命現象の根底をなす分子メカニズムの解明へと繋がるものとして、また再生医療やがんの治療などの応用面への展開が期待されるものとして注目されます。本研究は基礎生物学研究所と大阪大学蛋白質研究所などとの共同研究として実施されました。研究の詳細は、2006年12月4日に、デベロップメンタル・セル (Developmental Cell)誌に掲載されます。
 


2006年 11月 7日

シダの超高感度光センサーの仕組み解明と,種子植物への導入
  〜室内等の薄暗い環境に適応した植物の創出へ向けて〜


多くのシダ植物は、一般の植物が光の量が足りないために健全に生育することができない林床などの薄暗い場所で旺盛に繁茂することができます。これを可能にしているのは、シダ植物が持っている高感度の光センサーです。シダ植物はこのセンサーで微弱な光を捉え、葉や葉緑体の配置を調節して、光を最も有効に利用できるようにしています。今回鐘ヶ江らは、このセンサータンパク質PHY3が赤色光センサー・青色光センサーの両方の機能を併せ持つことを示し、さらに各センサーの相乗効果で光感度が上昇することで、非常に弱い光に応答できることを明らかにしました。この超高感度光センサーは、普通の花を咲かせる植物には存在しませんが、シロイヌナズナに導入しても働くことがわかりました。この高感度光センサーを利用することで、多くの植物の光感度を上昇させることが可能になるかもしれません。そうなれば、室内などの比較的暗い光環境下でもいろいろな植物を栽培することが可能になり、室内緑化などの応用面への展開が期待されます。本研究は首都大学東京大学院理工学研究科と基礎生物学研究所との共同研究として実施されました。研究の詳細は、2006年11月6-10日の間に、米国科学アカデミー紀要(PNAS)オンライン版で先行発表されます。
 


2006年 11月 6日

外分泌腺と腎臓に共通した機能を生み出す因子CP2L1を発見


私たちの体には、涙、唾、汗といった分泌液を体外へ放出する外分泌腺と呼ばれる器官が多数存在します。腎臓も尿を排出するという点で特殊な外分泌腺と考えられます。これらの組織では共通して、腺房という部分でつくられた分泌液が、導管と呼ばれる管を通過する間に液の成分が調整されますが、異なる組織にこうした類似性が生み出される仕組みは全く不明でした。今回、基礎生物学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の山口良文研究員(現・東京大学大学院薬学系研究科助手)、高田慎治教授らの研究グループは、複数の外分泌腺組織の導管に共通に発現する転写制御因子CP2L1を同定し、この因子が唾液腺と腎臓の導管部の機能成熟に必須であることを、遺伝子改変マウスを用いて明らかにしました。さらに、外分泌腺導管部に機能的類似性を生み出すための分子メカニズムの一端を明らかにし、CP2L1がその中で大きな役割をはたすことを示唆するデータを得ました。これらの発見は、異なる組織間に機能の類似性が生じる仕組みを明らかにしていく上で、重要な手掛かりになると考えられます。また、今後さらに研究を発展させることによって、唾液腺や腎臓に生じる様々な疾患の治療への基礎的知見が得られる可能性があります。研究の詳細は、2006年11月1日、ディベロップメント(Development)誌オンライン版で先行発表されました。
 


2006年 9月 2日

ショウジョウバエの胚生殖巣で活性化する遺伝子の網羅的カタログ化に成功
〜 卵・精子の発生プログラム解明のヒントに 〜


卵や精子、すなわち生殖細胞は次世代に生命を受け渡す大切な細胞です。この生殖細胞は、卵巣や精巣などの生殖巣とよばれる器官のなかでつくられます。発生過程の初期に生殖細胞になるように運命づけられた細胞(始原生殖細胞)は、生殖巣の中で細胞の形や性質をダイナミックに変化させ、最終的に卵や精子へと分化するのです。このダイナミックな変化を制御するメカニズムを知るためには、そこで働く遺伝子のカタログをつくることがまず重要です。基礎生物学研究所の重信秀治助手、北舘佑総研大大学院生、小林悟教授らの研究グループは、発生初期の生殖巣(胚生殖巣)の重要性に注目しました。胚生殖巣のなかで生殖細胞の発生のプログラムがおおよそ決定されると考えたからです。小林教授らは,モデル生物であるキイロショウジョウバエの胚生殖巣で活性化する遺伝子を網羅的にカタログ化することに成功しました。その結果、およそ3,000もの遺伝子の活性化が認められました。これはショウジョウバエ全遺伝子の約20%に相当します。生殖細胞の発生は、多くの生物で共通点が見られることから、今回の研究成果はヒトを含めた動物全般の生殖細胞研究における重要な基礎情報になるとともに、将来生殖医療への展開も期待できます。研究の詳細は、2006年9月1日、米国科学アカデミー紀要(PNAS)オンライン版で先行発表されました。
 


2006年 7月 27日

気孔開口を仲介する光受容体の進化


植物は、気孔と呼ばれる微小な開口部を介して水の蒸散を行ったり、光合成に必要な二酸化炭素を大気から吸収します。このように植物の生存を左右する気孔の開閉は、光環境や乾燥が関与する非常に複雑なメカニズムで制御されており、植物生理学の重要な研究課題の一つです。今回土井らは、シダ植物をもちいて光による気孔開口の制御のしくみを研究しました。種子植物ではフォトトロピンという色素蛋白質が気孔開口のための光受容体であることが既に知られていますが、シダ植物の場合はこれと異なり、光合成色素であるクロロフィル(葉緑素)が気孔開口のための光受容体としても働いていることが判明しました。気孔とその開口機構の進化を考察するうえで重要な発見です。本研究は九州大学理学部と基礎生物学研究所との共同研究として実施され、研究の詳細は、Plant Cell Physiology誌 2006年6月号に掲載されました。
 


2006年 7月 3日

動物の形づくりの基本ステップ「細胞どうしの滑り込み運動」の鍵となる因子 XGAPを発見


動物は球形の受精卵から発生を開始し、頭からしっぽへの体軸を持った細長い形を作り上げます。 このような胚の前後(頭と尾)方向への伸長は、1)個々の細胞が紡錘形へと形を変える、2)細胞の両端に、細胞が移動する際に必要な細胞突起ができる、3)細胞がその後、 お互いの間に入り込む「滑り込み運動」を起こす、というステップによって引き起こされます。基礎生物学研究所の兵頭-三浦純子研究員、上野直人教授らは、上の2)の細胞突起を安定に形成するために必要な因子XGAPをアフリカツメガエルで発見しました。XGAPはPARと呼ばれる一群のタンパク質が細胞両端で安定に存在することに 必要であり、XGAPの機能がなくなるとPARタンパク質が細胞両端に安定化されず、滑り込み運動も阻害され、結果として原腸形成に異常が起こることが示されました。PARタンパク質はヒトを含めたさまざまな動物において、細胞の相対的な向き(極性)の形成に必須の因子であることがわかっています。またXGAPと良く似た遺伝子はヒトも存在します。したがって今回の発見は、アフリカツメガエルだけではなく、ヒトを含む脊椎動物全般の形づくりの 仕組みを解明する上で重要な発見です。ヒトの二分脊椎症は、このような発生初期の形づくりの過程と深く関わっていることが分かっており、今回の発見がその病因解明につながる可能性があります。本研究は独立行政法人産業技術総合研究所生物情報解析研究センター、および京都大学との共同研究として実施されました。 研究の詳細は、2006年7月10日、ディベロップメンタル・セル(Developmental Cell)誌に掲載されます。