2010年12月24日

心臓や動脈系、胸腺、副甲状腺などの形成に不可欠な遺伝子を新たに発見


岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所の大久保直助教および高田慎治教授らのグループは、東京女子医大との共同研究により、心臓や大動脈、胸腺、副甲状腺などの形成に不可欠な遺伝子を、マウスを用いた実験により新たに発見しました。ヒトやマウスなどの脊椎動物では、心臓の一部である流出路やそれに繋がる大動脈系、ならびに胸腺や副甲状腺などの咽頭部に形成される器官の一部は、胎児の時期に、咽頭弓と呼ばれる組織から発達します。咽頭弓やそこから発達する器官の形成には、Tbx1と呼ばれる遺伝子が重要であり、この遺伝子の異常によりディジョージ症候群という先天性の多臓器疾患が引き起こされることがすでに知られています。今回、大久保助教らは、Ripply3(リプリー3)と呼ばれる遺伝子の解析を行い、咽頭弓ならびに心臓や動脈系、胸腺、副甲状腺などの器官が正常に形成されるためには、Ripply3遺伝子が不可欠であることを、マウスを用いた実験により明らかにしました。さらに、Ripply3がTbx1の機能を調節することも同時に示しました。この結果は、心臓血管系や胸腺、副甲状腺などが形成されるしくみや、ディジョージ症候群のような先天性の多臓器疾患の発症メカニズムの解明に大きく貢献するものと期待されます。この研究の成果は、12月22日に発生生物学専門誌Development(電子版)において発表されました。

 

2010年12月7日

蝶類コムラサキ亜科はベーリング海峡を経由して、ユーラシアから新大陸へ繰り返し分布を拡大した


基礎生物学研究所の毛利秀雄名誉教授(元所長)らの研究グループは、日本の国蝶であるオオムラサキを含むコムラサキ亜科(タテハチョウ科)の代表的な種を網羅して、核ゲノムにある8つの遺伝子、ミトコンドリアゲノムにある7つの遺伝子の塩基配列決定を行い、その情報を基に、亜科内の属の類縁関係を明らかにするとともに、コムラサキ亜科はユーラシアから新大陸へ二度分布を拡大したこと、および、食草を転換した時期を明らかにしました。この研究はこれまで形態によって分類されてきたコムラサキ亜科の分類を再検討することが必要であることを示し、今後、より詳細な形態観察によって、系統を反映した分類体系の見直しが期待されます。この成果は、分子進化学専門誌Molecular Phylogenetics and Evolution(モレキュラー ファイロジェネティクス アンド エボリューション)電子版にて米国時間2010年11月9日に発表されました。

 

2010年11月20日

マメ科植物において、根粒の数と植物の形作りを同時に制御する遺伝子を発見


基礎生物学研究所の宮澤日子太大学院生および川口正代司教授らの研究グループは、マメ科植物において、根粒の数と植物の形の両方を制御する遺伝子を発見しました。マメ科植物が養分の少ない荒れ地でも生長できる秘訣は、根に根粒を形成し、内部に根粒菌と呼ばれる微生物を住まわせて共生し、その微生物の能力を上手く利用して空気中の窒素から栄養を作り出すことが出来るからです(この能力は、窒素固定能と呼ばれます)。根粒は、マメ科植物が進化の過程で獲得した特殊な共生器官です。今回の成果は、根粒の数の制御と植物の形づくりの機構を直接つなぐ重要な知見であり、将来的には荒れ地でも良く育つ植物の開発など、食料問題や環境問題の解決への貢献が期待されます。この成果は、発生生物学専門誌 Development (デベロップメント)電子版にて英国時間2010年11月19日に発表されました。

 

2010年11月16日

葉の大きさは細胞間のコミュニケーションにより制御される


種(しゅ)が同じ生物の間では、器官の大きさは非常に均一です。 これは、各々の種に特徴的な発生のプログラムが、器官に含まれる細胞の数と大きさを厳密に制御しているからだと考えられています。 また近年、植物の器官サイズがどのようにして決まるかの理解は、バイオマス増産という観点からも、その重要性が広く認識されています。 しかし、個々の細胞を組織化してできている器官が、いつも均一な大きさに発達するメカニズムは、未だによく分かっていません。 東京大学大学院理学系研究科の塚谷裕一教授、同研究科博士課程3年川出健介および立教大学の堀口吾朗准教授らの研究グループは、葉に含まれる細胞の数と大きさが細胞間のコミュニケーションを通じて統合されていることを、今回明らかにしました。 これは葉の大きさが、個々の細胞を越えた多細胞レベルで制御されていることを実証した初めての成果であり、国際誌Development誌に掲載され、掲載号中の注目すべき論文として紹介される予定です。

 

2010年9月22日

神経細胞のネットワーク形成には、樹状突起での局所的なタンパク質合成が不可欠


岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所(神経細胞生物学研究室)の椎名伸之准教授、東京工業大学大学院生命理工学研究科の徳永万喜洋教授らの研究グループは、マウスの脳神経細胞を用いて、神経細胞の樹状突起での局所的なタンパク質合成が、正常な神経ネットワークの構築に必要であることを明らかにしました。細胞の核の中のDNAに記録されている遺伝情報は、伝令RNAに写し取られ、その伝令RNAを鋳型にしてタンパク質合成が行われます。通常、タンパク質の合成は核の周辺の細胞質で行われるのが普通です。一方、神経細胞は「樹状突起」と呼ばれる長い突起がいくつも飛び出た特殊な形をしており、一部の遺伝情報については、核で写し取られた伝令RNAが核から遠く離れた突起内に輸送され、樹状突起内にて局所的にタンパク質合成が行われます。しかし、この樹状突起内での局所的なタンパク質合成の生理的な役割についての知見は限られていました。今回、椎名らは、「RNG105(アールエヌジー105)」と呼ばれる遺伝子に注目して研究を行い、樹状突起への伝令RNA輸送とそれに伴う局所的タンパク質合成が、正常な神経ネットワーク構築に必須であることを初めて示しました。以上の成果は、米国神経科学会誌Journal of Neuroscience(ジャーナルオブニューロサイエンス)2010年9月22日号にて発表されます。

 

2010年8月23日

基礎生物学研究所がテマセック生命科学研究所(シンガポール)と国際連携協定を締結


自然科学研究機構 基礎生物学研究所はシンガポールの国際的科学研究機関テマセック生命科学研究所(Temasek Life Sciences Laboratory,TLLと略)との間で5年間の国際連携協定を2010年8月16日に締結しました。本協定に基づき、共同研究の推進、学生および研究者の交流、実習コースの共催などを企画します。テマセック生命科学研究所は、基礎生物学研究所と同様に、動物・植物研究で最先端研究を展開するアジア屈指の研究所で、シンガポール国立大学のキャンパスの中に位置し、多くの主任研究者が同大学や南洋理工大学での研究職を併任するなどシンガポールの各大学とも提携関係にあります。

 


2010年8月9日

幹細胞の寿命は意外にも短かった!
〜マウスの精子幹細胞は次々と入れ替わる〜


精子は、次の世代を作るとても大切な使命を帯びた細胞です。精子を作るおおもととなるのは「幹細胞」です。大切な遺伝情報の原本(オリジナル)を持つ「幹細胞」は精巣の中で一つ一つ大切に守られていると、当然のごとく信じられて来ました。ショウジョウバエなどの場合は確かにその通りなのです。今回、基礎生物学研究所(生殖細胞研究部門)の吉田松生教授、英国ケンブリッジ大学(物理学科)のBenjamin D. Simons教授らの研究グループは、マウスの精子幹細胞の運命を1年以上にわたって追跡した結果を数学的に解析しました。その結果は驚くべきものでした。個々の幹細胞は決して特別に守られている訳ではなく、平均してわずか1〜2週間の寿命しか持たず、次々と消滅していたのです。そして、失われた幹細胞は、他の幹細胞から生まれた細胞によって補充されていたのです。更に、数学的解析の結果は、どの幹細胞が消えてどの幹細胞が生き残って増えていくかは、偶然に(確率論的に)決まることを示していました。このことから、幹細胞のグループがお互いに入れ替わりながら自らの集団を維持すると同時に精子を作る細胞を供給していることが分かりました。一つ一つの幹細胞が厳格に非対称分裂をするという定説に代わる、新しい幹細胞の姿です。以上の成果は、米国科学雑誌 Cell Stem Cell (セル・ステムセル)2010年8月号にて発表されました。

 

2010年7月26日

不妊を回避するメカニズムを発見


自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所の北舘祐 助教および小林悟 教授は、ショウジョウバエを用いた研究により、雄が不妊を回避するメカニズムを明らかにしました。生涯を通じて精子をつくり続けるためには精子幹細胞と呼ばれる細胞が必要です。この細胞は、細胞分裂を繰り返すことにより精子を枯渇させることなくつくり続けることができます。精子幹細胞が失われると不妊が引き起こされてしまいます。精子幹細胞が失われる原因として、精子幹細胞を生み出す前駆細胞(始原生殖細胞と呼ばれる)の数が著しく減少することが考えられます。北舘と小林は、始原生殖細胞の数が減少すると、少数の始原生殖細胞から効率よく精子幹細胞を作り出し不妊を回避する調節機構があることをショウジョウバエを用いて明らかにしました。これは、生物の最も重要な性質である「生殖機能」を確保するための巧妙な仕組みといえます。この成果は米国科学アカデミー紀要電子版で今週中(7月26日の週)に発表されます。

 


2010年7月16日

アヤメやネギがもつ、裏しかない葉「単面葉」の形作りの仕組みを解明


葉は光を受けて栄養分を作り出す光合成をおこなう場所です。多くの光を集めて効率の良い光合成をおこなうために、葉はふつう、表側と裏側の性質をもつ平たい形になるのが特徴で、このような葉を「両面葉」といいます。一方、アヤメやネギといった一部の植物は、「単面葉」という裏側の性質しか持たない葉をつくります。この単面葉の形作りの仕組みはこれまで不明でしたが、今回その基本的な仕組みが世界で初めて明らかになりました。基礎生物学研究所の山口貴大助教と東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の塚谷裕一教授らの研究グループは、単面葉では、葉の裏側の性質を決める遺伝子が葉全体で働くことで、裏側の性質しかもたなくなることを発見しました。さらに単面葉では、両面葉とは異なる仕組みで平たい形の葉をつくることを明らかにし、DROOPING LEAF (ドゥルーピングリーフ、略号DL) という遺伝子が、単面葉を平たくする働きを持つことを発見しました。この成果は、米科学雑誌 The Plant Cell(プラントセル)誌に掲載されました。

 


2010年7月16日

極小ペプチドによる発生制御のしくみを発見
〜最も小さな遺伝子の驚くべき役割〜


岡崎統合バイオサイエンスセンターの影山裕二特任助教らは、真核生物で最も小さなペプチド遺伝子が、遺伝子発現のスイッチとしてはたらいていることを発見しました。ヒトを含む動植物のゲノムには、普通のたんぱく質よりも小さいペプチド(アミノ酸100個以下)をコードする遺伝子が多数存在していると言われています。しかし、このようなペプチドが細胞内でどのようなはたらきをしているかについてはよく分かっていませんでした。影山特任助教らは今回、わずかアミノ酸11個からなるペプチドをコードするpri遺伝子が、ショウジョウバエの胚の発生過程を制御する一群の遺伝子の発現に必要であることを突き止めました。さらに、pri遺伝子にコードされるペプチドが、転写因子であるShavenbabyたんぱく質を転写抑制型から転写活性化型へと変換することにより、遺伝子発現制御のスイッチとしてはたらいていることを明らかにしました。今回の発見によって、遺伝子発現という生命の根幹を制御するしくみに小さなペプチドが関わっていることが明らかになりました。この発見が起点となって、さまざまな研究分野で小さなペプチドの研究が促進され、ペプチドの新たな役割の解明や新規ペプチド医薬の開発へとつながるものと期待されます。本研究成果は、2010年7月16日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌Scienceに掲載されました。

 


2010年5月27日

原因不明だった高ナトリウム血症の発症機構を解明
〜脳の体液Naレベルセンサーに対する抗体が産生される自己免疫疾患だった〜


通常、血中ナトリウム(Na)レベルは145mM付近に厳密に保たれています。例えば、絶水状態が長時間続くと体液中のNaレベルが上昇しますが、この状態で水と塩水を同時に提示されると、水を大量に摂取すると共に塩分摂取を回避します。また、抗利尿ホルモン(anti-diuretic hormone; ADH)であるバソプレッシンの脳下垂体後葉からの分泌量が増加し、排尿に伴う水分流出が抑えられます。こうした制御は脳内のセンサー分子群により体液の浸透圧やNaレベルが感知され、その情報が水分/塩分摂取行動の制御に関わる神経回路やバソプレッシン産生細胞へ送られることにより実現されています。この制御機構が何らかの理由で破綻すると体液Naレベルに恒常的な異常が現れます。基礎生物学研究所の野田昌晴教授らは、これまでの研究で電位依存性Naチャンネルと相同性のある分子Naxが体液Naレベルセンサーであることを明らかにしていました。血中Naレベルが恒常的に高くなる疾患は本態性高Na血症(essential hypernatremia)と呼ばれます。脳腫瘍形成や外傷によりバソプレッシン産生細胞のある脳内視床下部領域が損傷を受けてバソプレッシンの分泌能が低下したことが病因であることが多いことが知られています。しかし、核磁気共鳴画像法(MRI)を用いて検査を行っても著明な脳の異常が見当たらない症例もあり、その場合は原因不明とされてきました。野田昌晴教授らは、そのような原因不明の本態性高Na血症の一症例を解析したところ、患者の体内でNaxに対する自己抗体が産生されていたことを見出しました。この成果は、2010年5月27日に米国科学専門誌ニューロンにて発表されました。

 


2010年5月21日

成体メダカの卵巣で卵を継続的につくり出す幹細胞のゆりかごを発見
〜魚類の高い繁殖能力の基盤も明らかに〜


生き物にとって、自分たちの子孫を残していく事は最も基本的で重要な事柄です。多くの動物のオスでは、幹細胞が沢山の精子を一生涯にわたって作り続けることが明らかとなっています。一方で、メスが卵を作り出すメカニズムについては、不明な点が多く残されています。基礎生物学研究所の中村修平研究員、田中実准教授らは、メダカを用いた研究により、メダカ成体のメスの卵巣内に、精巣と似た構造があり、その“ゆりかご“に卵を作り出す幹細胞が存在することを発見、幹細胞が卵を継続的に作り出していることを世界で初めて明らかにしました。ほ乳類では、卵の元になる細胞の増殖は出生前に止まる、という考え方が定説です。今回の成果は、脊椎動物で初めて、卵巣内に卵をつくる幹細胞が存在することを示したものです。また、魚類が沢山の卵を作り続けることができる仕組みの謎が明らかになりました。この成果は、2010年5月21日に米国科学雑誌サイエンス(電子版)にて発表されます。

 


2010年3月23日

神経管形成に必要な細胞内のアクチン集積を引き起こす仕組みを発見


神経管形成は、脳や脊髄などの中枢神経系を作り出す重要な過程です。基礎生物学研究所の森田仁大学院生および上野直人教授は、シンシナティ小児病院医学センターのワイリー教授らとの共同研究で、細胞同士の接着を司るふたつの細胞接着分子の巧妙な働きによって、中枢神経系をつくる神経管が閉じるしくみの一端を明らかにしました。上野教授は「いままで、神経管閉鎖のメカニズムはアクチンなど細胞の中の細胞骨格の制御機構に注目が集まっていたが、今回の研究で細胞外での新たな調節機構が浮き彫りになった」と語っています。この成果は3月24日に発行予定の英科学専門誌Development(電子版)にて発表されます。

 


2010年3月19日

多く、長く、精子を作り続ける秘訣
‾ほ乳類精子形成における新しい分化モデル‾


ヒト男性の精巣では、一日に1億にもおよぶ精子を約50年にわたって作り続けます。この、沢山の精子を長い期間作り続けるという、生命にとって極めて重要な営みは、どんな細胞が支えているのでしょうか?従来、精巣の中の、ごく少数の自己複製能力を持つ限られた特別の細胞(幹細胞)だけが、この役目を果たしていると信じられて来ました。今回、基礎生物学研究所の吉田松生教授、京都大学の中川俊徳研究員、鍋島陽一教授らの研究グループは、マウスを用いた研究によりこの問題に挑戦しました。その結果、精子へと変わり始めた細胞が、しばらくの間は自己複製できる潜在能力を保っていて、幹細胞に何かあった時にはいつでも幹細胞に取って代われることが分かりました。実際、精巣が障害を受けた時には、これらの細胞の潜在能力が発揮され、速やかに障害を修復して精子の数を保とうとする事が明らかになりました。このように、従来信じられて来たよりもはるかに多くの細胞のグループが、継続する精子形成を支えているのです。これは、40年近く信じられて来たモデルを修正するものでした。以上の結果は、2010年3月19日発行の米国科学雑誌サイエンス(電子版)に掲載されます。

 


2010年2月2日

栄養環境によるオートファジー制御の解明に成功


基礎生物学研究所の鎌田芳彰助教、大隅良典教授(現東京工業大学)、神戸大の吉野健一助教、米澤一仁教授らの研究グループは、出芽酵母を用いて、細胞のリサイクルシステムであるオートファジーの「スイッチ」として機能するタンパク質の働きを明らかにしました。この成果は2010年1月27日発行の米国微生物学会誌Molecular and Cellular Biology誌に掲載されました。