基礎生物学研究所 プレスリリース


2007年 5月8日

アクチン細胞骨格を制御する短鎖ペプチド遺伝子を発見
〜細胞形態を決定する最小の役者〜

私たちの体の中で遺伝子が働くときには、DNAに書き込まれた遺伝情報をもとに、タンパク質 (ペプチド) が合成されます。合成されるペプチドは、多くの場合100以上のアミノ酸が結合したものですが、近藤武史大学院生 (奈良先端科学技術大学院大学) および 科学技術振興機構 さきがけ研究者の影山裕二研究員らは、わずか11アミノ酸の小さなペプチドを合成するショウジョウバエの遺伝子を発見しました。この11アミノ酸という大きさは、ヒトを含む真核生物の遺伝子の中でもっとも小さいものです。polished rice と名付けられたこの遺伝子は、細胞表面の突起を作るのに必要な骨格 (アクチン細胞骨格) を制御しており、細胞の形の決定に重要な働きをしていることが判明しました。この発見は、ごく小さなペプチドをコードしているゲノム領域が、生体内では重要な意味を持つ可能性を示しています。しかしながら、そのような小さな領域はこれまでほとんど注目されておらず、本研究で得られた結果は、現在猛烈な勢いで進行しているゲノム解析において、新たな遺伝子を見つけるための重要な指針になると考えられます。
本研究は、科学技術振興機構 (JST) さきがけ研究 (18-21 年度)「RNAと生体機能」研究領域のサポートのもと、影山研究員らの研究グループと、(独) 理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 形態形成シグナル研究グループの林茂生グループディレクターらの共同研究により行われました。研究の詳細は、2007年5月7日付けのネイチャー・セルバイオロジー (Nature Cell Biology) オンライン版で先行発表されました。

[研究の背景]
近年の研究により、様々な生物種のゲノム配列が決定され、非常にたくさんの機能不明の遺伝子がゲノム中に含まれることがわかってきました。これらの遺伝子のなかには通常の大きさ (100アミノ酸以上) のタンパク質をコードしていないものも多数含まれており、これらは機能性RNAとして働くと考えられています。しかしながら、その数は少ないものの、100アミノ酸以下の小さなペプチドをコードする遺伝子が植物を中心に見つかっており、上記遺伝子のうちの少なくとも一部は、小さなペプチドをコードしている可能性が指摘されていました。影山研究員らの研究グループでは、様々な遺伝学的解析の可能なショウジョウバエを用い、このような通常のタンパク質をコードしない遺伝子を多数同定しており (Genes to Cells, 10: 1163-1173.)、その機能を解析してきました。

[研究成果]
近藤武史大学院生 (奈良先端科学技術大学院大学)、科学技術振興機構 (JST) さきがけ研究者の影山裕二研究員らの研究グループは、ショウジョウバエの機能未知遺伝子の一つ (polished rice 遺伝子:略称 pri ) が小さなペプチドをコードしていることを見出しました。通常の遺伝子では、タンパク質をコードする領域 (ORF) は一つしかないのに対し、pri遺伝子では少なくとも4つの領域がそれぞれ小さなペプチド (11アミノ酸あるいは32アミノ酸) をコードしており、これまでの遺伝子の構造に対する概念を打ち破るものであることが判明しました。また、pri遺伝子の突然変異体では、体表にある細胞突起 (歯状突起) や、気管細胞の突起構造 (テニディア) が欠損していることを明らかにしました。さらに、(独) 理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 形態形成シグナル研究グループの加藤輝研究員、林茂生グループディレクターらとの共同研究により、これらの細胞構造の形成に必要なアクチン細胞骨格が、pri遺伝子の突然変異体において顕著な異常を示すことを見出しました。

図1

図1:(左) 真核生物における一般的な遺伝子から転写されたメッセンジャーRNA (mRNA) は、ある程度の大きさ (100アミノ酸以上) のタンパク質をコードする領域を一つだけ持つ。(右) 一方、pri 遺伝子から転写されたmRNAは、非常に小さな4つの領域がそれぞれ小さなペプチド (11アミノ酸あるいは32アミノ酸) へと翻訳される。

図2

図2:(左) ショウジョウバエ胚の表皮には歯状突起と呼ばれる突起構造が形成される。(右) pri 遺伝子を欠いたショウジョウバエ胚は、この突起構造を完全に欠損している。

[今後の展望]
本研究では、これまでの常識を越えた11アミノ酸という真核生物でもっとも小さなORFを持つ遺伝子を同定し、それが細胞構造の形成という基本的な生命現象に必須であることを示しました。この発見は、ごく小さなペプチドをコードする可能性のあるゲノム領域が、生物にとって重要な意味を持つことを示しています。そのような小さな領域はゲノム上に無数にあるため、現在猛烈な勢いで進行しているゲノム機能の解析において、遺伝子を同定する際の基準を再考する必要があると言えそうです。また、ゲノム上にはタンパク質をコードしないと考えられている遺伝子 (機能性RNA遺伝子)が多数存在すると言われていますが、これらのうちの少なくとも一部は小さなペプチドをコードしており、生体内で重要な機能を果たしていると予想されます。

[発表雑誌]
Nature Cell Biology
(英国時間 2007年5月7日 午後6時 オンライン版 先行発表)

論文タイトル:
Small peptide regulators of actin-based cell morphogenesis encoded by a polycistronic mRNA

著者:
Takefumi Kondo, Yoshiko Hashimoto, Kagayaki Kato, Sachi Inagaki, Shigeo Hayashi and Yuji Kageyama
(近藤武史、橋本祥子、加藤輝、稲垣幸、林茂生、影山裕二)

[研究グループ]
本研究は、科学技術振興機構 さきがけ研究者の影山裕二研究員の率いる研究グループ (近藤武史、橋本祥子、影山裕二) が中心となり、(独) 理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 形態形成シグナル研究グループの林茂生グループディレクターらとの共同研究として実施された。

[研究サポート]
本研究は科学技術振興機構 (JST) さきがけ研究 「RNAと生体機能」研究領域 (研究総括:野本明男) 研究テーマ:「ショウジョウバエをモデル系としたmRNA型non-coding RNAの解析」のサポートにより実施された。

注)この研究は研究グループが基礎生物学研究所に着任する前に行われた研究成果となります。(基生研 報道担当より)

[本件に関するお問い合わせ先]
独立行政法人 科学技術振興機構 さきがけ研究者
影山 裕二 (基礎生物学研究所 発生遺伝学研究部門)
Tel: 0564-59-5878 (研究室)
E-mail: kageyama@nibb.ac.jp
URL: http://germcell.nibb.ac.jp/wp/

[報道担当]
基礎生物学研究所 連携・広報企画運営戦略室
倉田 智子
Tel: 0564-55-7628
E-mail: press@nibb.ac.jp