2019.02.12 基生研セミナー
非平衡過程としての生命現象:分子と細胞の集団運動からマクロな形態形成へ
佐野 雅己(東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻)
2019年02月12日(火) 16:00 より 17:30 まで
明大寺地区1階 会議室 (111)
初期発生研究部門 小山 宏史、野々村 恵子(5862)
単なる物質の集まりがなぜ生命と呼ばれる状態を持ち、あたかも自ら意志を持つかのように振舞うに至るのか、生命に関する謎は尽きない。シュレジンガーは、「生命とは何か」の中で2つの重要な観点を提示した。その一つは、遺伝子の実体としての非周期結晶構造の予言であり、その後のDNAの発見につながった。一方、もう一つの観点である、負のエントロピーを生成するシステムとしての生命という考えは、その後、プリゴジンに代表される非平衡物理学の研究の端緒を開いたと言えるが、生命現象までを包括して記述できる熱力学のような体系はいまだ存在しない。その理由は必ずしも明確ではないが、おそらく生物は複製し、進化する過程で生き残るために必要なありとあらゆるものを取り入れてきたため、複雑で階層的、かつ動的で、一つの原理で記述されることを拒み続けているように思える。生物の非平衡で動的な側面を記述することに着目しても、ミッチェルの化学浸透論で見られるような自由エネルギーとエントロピーの絶え間ない交換の下で起こる分子モーター・分子ポンプ・各種酵素の反応、遺伝情報・シグナル伝達・代謝ネットワークなどのシステムダイナミクス、それらの集合として過不足なく制御される細胞レベルのダイナミクス、細胞集団の分化や形態形成の制御システム、情報とエネルギーを求める個体機能、個体の集団としてのダイナミクスなど、記述のレベルも多岐にわたり、それぞれの理解は学問として独立な発展を遂げている。それらをまとめて仮に、動的平衡と言い換えたとしても理解が進んだわけではない。生物に限ったことではないが、特徴的なことは、ミクロからマクロに向かうほど、見かけ上、熱力学第二法則などの物理法則は重要でなく、力学や確率で記述できる状況が増えてくるというのが物理屋としての現状の理解である。そこでは、第二法則も量子力学も忘れ、現象に即して、力学や情報を考慮したダイナミクスをつぶさに見て記述することが重要となってくる。やや、前置きが長くなったが、セミナーでは上記の背景の下、平衡や非平衡の定義、第二法則との関係、有用と思われるソフトマターの概念などについて述べた後、最近の知見として、マクロな細胞集団において、いかに非自明な集団運動や形態形成が起こりうるかを実験や解析の例をあげながら説明する予定である。