2023.07.10 所長招聘セミナー 2 (NIBB運営会議委員研究紹介セミナー)
Y染色体に依存しない哺乳類の新しい性決定メカニズム
A new sex-determining mechanism independent of the Y chromosome in mammal
黒岩 麻里 博士(北海道大学大学院理学研究院・教授)
2023年07月10日(月) 14:50 より 15:50 まで
岡崎コンファレンスセンター 大隅ホール
研究力強化戦略室 真野 昌二(7500)
SRY 遺伝子は、Y染色体上に存在する有胎盤哺乳類(以下、哺乳類)の性決定遺伝子として知られている。SRYタンパク質は転写因子としてSOX9 遺伝子上流に位置する精巣特異的エンハンサーに結合し、SOX9 の転写を上方制御することで精巣分化が進む。しかし、日本固有のアマミトゲネズミ (Tokudaia osimensis, 2n =25) は、哺乳類としては極めて珍しく、Y染色体を失っており、雌雄ともにXO型の性染色体をもつ。また、ゲノム中からSRY を完全に失っている。本種にY染色体がないことは1977年に報告されており、SRY に依存しない性決定メカニズムをもつことは古くから示唆されていた。しかし、本種は絶滅危惧種および国の天然記念物に指定されている事情から、研究材料を得ることが困難な状況が続き、長らくその謎は未解明のままであった。私は本種の生態保全を専門とする研究者の協力を仰ぎ、希少なDNAサンプルを得て、de novoアセンブリ解析を行いオスのドラフトゲノム配列を整備した。これを機会に、雌雄差のあるゲノム領域を特定するために、さらに解読した雌雄ゲノムのリードをドラフトゲノム配列にマップし、CNVsの検出を試みた。その結果、SOX9 上流にオス特異的な重複が存在することを特定した。この重複ユニット内には、マウスのエンハンサー候補配列として報告されていたEnh14の相同配列が含まれており、本種Enh14はマウス生体でエンハンサーとして機能することを確認した。そこで、ゲノム編集により、重複した本種Enh14をマウスEnh14と組換えたノックインマウスを作製した。ノックインマウス成体では、雌雄ともに性表現に変化はなかった。しかし、胎齢13.5日胚の生殖腺では、本種Enh14が組み込まれたXX個体で、SOX9陽性細胞が部分的に観察され、その発現量も野生型XX個体より増加していた。以上の成果より、SOX9 上流の重複配列をもつことでSOX9発現が制御されSRY なしに精巣分化が進むことが示唆され、シス因子による哺乳類の新しい性決定メカニズムの発見として、昨年に報告した。本セミナーでは、トゲネズミ属のユニークな性染色体の進化の話題を交え、以上の成果を中心にお話しする。
【参考文献】
Terao M*, Ogawa Y* et al. (2022) Turnover of mammal sex chromosomes in the Sry-deficient Amami spiny rat is due to male-specific upregulation of Sox9. Proc Natl Acad Sci U S A 119(49): e2211574119. * Equally contribution.