2023.07.10 所長招聘セミナー 1 (NIBB運営会議委員研究紹介セミナー)
進化の原動力である突然変異は野外でいかに生じるか? 長寿命樹木のゲノム多様性分析
佐竹 暁子 博士(九州大学大学院理学研究院・教授)
2023年07月10日(月) 14:00 より 14:40 まで
岡崎コンファレンスセンター 大隅ホール
研究力強化戦略室 真野 昌二(7500)
地球上の生物多様性を生み出す原動力は、生物がもつDNA塩基配列に生じる突然変異である。細胞に格納されたDNAは常に複製エラーや紫外線による損傷にさらされているため、DNAの塩基配列には一定の率で変異が生じ次世代へ受け継がれる。この突然変異率は、生物進化を決定づける最も重要な因子であるため、これまで多くの研究がなされてきたが、野外環境に生息する生物ではゲノム上のわずかな変異を自然選択の影響を除去して検出することは難しいことから、突然変異率の高精度な推定は依然として生命科学の重要課題の一つとして残されている。
この課題に挑戦するために、私達は東南アジアの森林生態系を優占する長寿命植物を対象に研究を進めてきた。赤道直下に生息するフタバガキ科樹木Shorea laevisとS. leprosulaを対象に新規ゲノムを解読し、数百年かけて蓄積した体細胞変異の検出によって、次世代集団が受ける自然選択や遺伝的浮動の前に生じた突然変異率を精度良く推定することに成功した。成長とともに体細胞突然変異数がほぼ線形に増加することを野外で初めて示し、この線形増加関数の傾きをもとに年あたりの新生突然変異率を推定した結果、これまで高緯度地域に生息する長寿命樹木で得られた推定値よりも高い数値が得られた。また、成長速度に依存せず年あたりの新生突然変異率は一定であることも示された。これは、従来考えられてきた以上に多くの体細胞変異が熱帯地域で生じていることを意味する。個体内体細胞変異はC:G→T:Aへの変化が大多数であり、動物で観察された変異スペクトルと類似していた。また、突然変異への自然選択の作用を検出した結果、樹木が数百年かけて成長する過程で生じる体細胞変異は個体内ではほぼ中立であるが、次世代の種子が生産され発芽し成木へと成長する過程で負の自然選択により有害な変異が排除されていることが示唆された。
植物では、体細胞に生じた変異は、花粉や胚珠を形作り次世代へ受け継がれるため、体細胞突然変異は森林生態系の遺伝的多様性と種分化速度に影響を及ぼす可能性がある。今後は、多様な環境・種を対象にしたデータを取得し比較解析を行い、実証データを数理モデルによって見通しよく整理する研究が求められる。
Satake, A., et al. (2023). The molecular clock in long-lived tropical trees is independent of growth rate. https://doi.org/10.1101/2023.01.26.525665
Tomimoto, S., & Satake, A. (2023). Modelling somatic mutation accumulation and expansion in a long-lived tree with hierarchical modular architecture. Journal of Theoretical Biology, 565, 111465.