2007.06.22 部門公開セミナー
昆虫によるゴール形成機構、および、植物細胞制御機構の解明に向けたアプローチ
徳田 誠 博士 (産業技術総合研究所・生物機能工学)
2007年06月22日(金) 16:00 より 17:30 まで
明大寺地区1階会議室(111)
生物進化研究部門 長谷部 光泰 内線7546
ゴール形成者は、植物組織に刺激を与えることにより、その形態発生に異常を来たし、ゴールという特異的な構造を誘導して利用するという高度な能力を有している。とりわけ、昆虫によるゴールは、非常に精妙な形状で、かつ、再現性よく形成されるため、その誘導メカニズムは大変興味深いが、未だ明らかにされていない。
現在我々は、エゴノネコアシアブラムシのゴール形成過程に着目し、そのメカニズムの解明に取り組んでいる。このアブラムシは、春にふ化した幹母が、エゴノキの腋芽を刺激することにより、バナナの房状のゴールを誘導する。何らかの原因により、ゴール形成の途上で幹母が死ぬと、その腋芽から花が形成される現象(「エゴの遅れ花」)が知られている。エゴノキの通常の発生では、腋芽から直接花が誘導されることはないため、幹母がゴール誘導の過程で、花形成に関与する植物遺伝子の発現を操作していることが示唆される。そこで、ゴール形成の様々な段階でアブラムシを実験的に排除し、誘導される遅れ花の頻度や形態を調査するとともに、ゴール形成過程におけるエゴノキの形態形成関連遺伝子群の発現動態を解析する試みに取り組んでいる。
また、植食性昆虫の中には、落葉上で一部の植物組織を延命させるなど、植物細胞を生理的に改変して利用するものが知られている。我々は、エゴノキの葉にゴールを形成するタマバエの一種が、ゴール部分の植物細胞を延命させるのみならず、落葉上で、肥大成長および分裂増殖させるという驚異的な現象を発見した。そこで、タマバエによる植物細胞制御のメカニズムを明らかにするため、ゴール部分における光合成活性、および、ゴール成長時における水分含量やC/N比の変動などを調査した。その結果、落葉上でのゴールの成長には、ゴール組織における光合成産物よりも、落葉内の残存成分が主として利用されている事が示唆された。また、落葉上におけるゴールの成長に伴い、ゴール部分の水分含量が著しく増加しており、成長時に外界から大量の水分を取り込んでいる事が示唆された。トリチウム水を用いたトレーサー実験を行なった結果、ゴール組織は、落葉上に滴下した水を短時間(60分以内)のうちに大量に取り込むのみならず、落葉から離れた場所に滴下した水も、気相経由で積極的に取り込む能力を有することが判明した。以上の結果から、タマバエが、ゴール部分の植物細胞において、植物アクアポリンの活性化などの高度な生理的改変を行なっている可能性が強く示唆された。