ステート遷移のライブイメージング

植物は,動物と違い,好ましくない環境から逃げることも,好ましい環境に近づくこともできません。そこで,さまざまな環境に器用に適応しながら生きています。こうした環境適応は広く研究されていますが,私たちは,特に光合成が効率良く行われる仕組みに注目しています。これまで,2つの光化学系の間で,光を集めるアンテナ(LHCII)を移動させ,エネルギーをバランス良く配分する仕組み“ステート遷移”について,単細胞緑藻クラミドモナスを用いて研究を進めてきました。

ステート遷移のモデル
光化学系1(PS1)に光をより集めたいときは,光化学系2(PS2)から,アンテナ分子である LHCII が複数切り離され,PS1 へと移動する。(Takahashi et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2006) 103:477-482; Iwai et al. Plant Cell (2008) 20:2177-2189 より)

細胞を解体して行う試験管内の実験から,ステート遷移の理解は分子レベルで進んでいますが(サイエンストピック2006/06/03,2009/1/14参照),細胞内でステート遷移が実際にどう進行するかについては,よくわかっていませんでした。今回私たちは,FLIM(蛍光寿命イメージング顕微鏡法)と呼ばれる新しい技術を用い,世界で初めて,生きた細胞の中で“ステート遷移”が起きている様子を可視化することに成功しました。そして,その結果驚くべきことが明らかになったのです。

実験は次のように行われました。まず,細胞に赤外光を当ててステート1と呼ばれる状態にします。このとき光化学系2のアンテナは大きくなっています。そこに青色光を当てると,光化学系2のアンテナの一部が切り離され,光化学系1へと移動します。この光化学系2のアンテナが小さくなっていく過程を,細胞内クロロフィルの発する蛍光イメージとして観察しました。

蛍光のイメージングは広く使われる技術ですが,通常使われる蛍光のスペクトルではなく,寿命を見るというトリックを用いました。光合成装置には多数のクロロフィルが含まれますが,どれも大変似たスペクトルを持つため,個々の違いを見分けるのは至難の業です。しかし蛍光寿命の違いを観察することで,クロロフィルのエネルギー状態の違いを見分けることが可能になるのです。

さて,FLIMでクラミドモナス生細胞を観察したところ,ステート1で見られた170-ps(ピコ秒)の成分(下図で青色で示した部分)は,青色光を照射すると5分ほどで250-ps(赤色)へと変化し,しかも250-psの成分は凝集していることがわかりました。変異株などを用いて詳しく調べた結果,これは,光化学系2の大きなアンテナの一部がはずれ,はずれたアンテナが凝集体を作り寿命250-psの蛍光を発しているためであることがわかりました。

FLIM で見たステート遷移の進行
ステート1(0 min)では 170-ps(青)の成分が優勢だが,ステート 2へと進行するに伴い250-ps(赤)の成分が優勢となる。250-ps の成分は均一には広がらず,塊を作っているように見える。

このように,「ステート遷移に伴なうアンテナの脱離」が可視化できたわけですが,私たちは,はずれたアンテナの寿命が短いことに興味を持ちました。せっかくエネルギーを集めても,アンテナは光化学系からはずれてしまうとそのエネルギーを渡す相手がないため,これまではその励起状態は長く保たれる(蛍光寿命>1000-ps)と考えられてきたからです。しかし,今回観察された凝集アンテナの蛍光寿命は予想よりも圧倒的に短かかったのです。これは,はずれたアンテナが,集めたエネルギーを自分の手で消去していることを示しています。こうしたエネルギーを消去する能力は,危険な高エネルギークロロフィルをなくすため,細胞にとって有利に働いていると考えられます。今回はずれたアンテナにエネルギー消去能力があることがわかったことで,長年に渡って議論されてきた大問題「強光下で植物が安全にエネルギーを消去する仕組み(NPQ)」や「壊れた光化学系を修復する仕組み(光阻害)」を解決できる可能性が出てきました。私たちはステート遷移という一つの現象をずっと追いかけて来ましたが,今,このような新しい問題に巻き込まれようとしています。