植物葉緑体電子伝達経路の解明

光合成は,光を集め,そのエネルギーを2つの光化学系に与えて電子を移動させる反応です。電子の移動とともにATPが合成され,さらに二酸化炭素を用いた炭水化物の合成が行われます。電子の移動は,水の分解に始まり,光化学系II-シトクロムbf複合体-光化学系I-NADP+と伝わる「リニア電子伝達」が広く知られていますが(図1),歴史的には,リニア電子伝達の発見よりさらに4年前,1954年に「サイクリック(循環的)電子伝達」が発見されています。サイクリック電子伝達では光化学系IIは使われず,電子はもっぱら光化学系Iの回りを循環します(図1)。その際,リニア電子伝達より多くのATPが合成されるため,サイクリック電子伝達は細胞にとって多くのATPが必要な環境で重要です。植物は,必要に応じてリニア/サイクリック2つの電子伝達のバランスをとることで,効率良くしかも逆境に強い光合成を行っているのです。ところが,サイクリック電子伝達の詳細は謎に包まれていました。光化学系Iを出た電子がどの分子を経由して再び光化学系Iへ戻ってくるのか,長い間わからなかったのです(図1)。有力な仮説の一つは「FQR仮説」と呼ばれます.光化学系Iから出た電子が,FQR(仮称)と呼ばれる未発見の酵素を介してチラコイド膜中のプラストキノンに渡され,そこからシトクロムbf複合体を通って光化学系Iへ戻ってくるというものです。しかし,数十年にわたる探索を経てもFQRは見つかっていません。

図1.葉緑体チラコイド膜に存在する2種類の電子伝達経路
電子の流れを矢印で示す。サイクリック電子伝達の経路は謎だった。

皆川准教授のグループは,植物プランクトンを材料として光合成研究を進めてきました。植物プランクトンは,その光合成によって地球上の二酸化炭素固定量の約半分を担い炭素循環を支える,環境にとって大変重要な生物群です。そのモデルとして選ばれたのが単細胞緑藻クラミドモナスです。この緑藻は,光化学系IIのみにエネルギーを与え続けると,光化学系Iで行われるサイクリック電子伝達の能力が著しく高まることで知られています。そこで,サイクリック電子伝達の実態を詳しく調べる目的で,“光化学系IIのみにエネルギーを与えた”特別な状態のクラミドモナス細胞から光化学系Iを分離しました。驚いたことに,そこには光化学系Iばかりでなく,シトクロムbf複合体などリニア電子伝達でおなじみのタンパク質が集合してできた,分子量約150万の“超”複合体が見つかったのです(図2)。CEF(Cyclic Electron Flow)超複合体と名付けられたこのタンパク質複合体に光を当てると,電子は光化学系Iから隣に結合したシトクロムbf複合体へと移動しました。また光化学系Iに残された正電荷はシトクロムbf複合体からの電子によって消滅しました。すなわち,CEF超複合体は自身の中にサイクリック電子伝達の回路を含んでいたのです(図2)。今回の発見によって,サイクリック電子伝達は,リニア電子伝達の部品をサイクリック電子伝達仕様に再配置したタンパク質複合体で行われることが明らかになりました。

図2.姿を現した CEF 超複合体
電子は,まず光化学系 I からフェレドキシンへ移動し,隣に結合したシトクロム bf 複合体を介してプラストキノンへ渡る。さらに,再びシトクロム bf 複合体,プラストシアニンを通って光化学系 I に戻りサイクリック電子伝達が完成する。FNR, フェレドキシン-NADPH 酸化還元酵素。

この研究は,巨大タンパク質複合体の精密な分離技術,および微細な電子移動シグナルを検出できる優れた分光装置の開発(図3)によって初めて可能となったものです。今後,CEF超複合体のさらに詳細な解析を行うとともに,リニア/サイクリック電子伝達がいかに切り替わるのか,その調節機構についても解析を進める予定です。今回の研究は,植物が自然環境の下で生き残るために光合成をどのように調節しているのか理解する突破口となるでしょう。また,今後気候変動が植物プランクトン生態へ与える影響の予測や,過酷な環境で生育可能な農作物の開発などに役立つと考えられます。

図3.低温科学研究所で開発した分光装置 Chlamy-spec
白色光,青色光,赤外光などさまざまな光を照射しながら,特定波長における微細吸収変化(ΔA~0.0001)の時間分解測定をすることが可能になった。