新しいNPQのしくみ

植物細胞の中には、葉緑体という細胞内小器官(オルガネラ)があります。葉緑体の中にはチラコイドと呼ばれる膜でできた袋構造があり、その表面にはたくさんの光合成装置が並んでいます。ここに光があたると、光合成反応のアクセルが踏まれ電子が流れてATPができます。この電子とATPを使って二酸化炭素を固定し糖分を作る、その一連の反応が『光合成』です。光合成を行う光合成装置は、より多く光を当てると、より光合成を行いますが、実際には強すぎる光を当てると壊れてしまうという厄介な性質があります。この危険を避けるため、強い光を浴びたときには、そのエネルギーを熱に変換してわざと逃がすしくみを植物は発達させました。いわば光合成にブレーキをかけるしくみを備えたのです。一見無駄にみえるこの光合成のブレーキ機構については、現在の光合成研究の大きなテーマの一つになっています。ブレーキ機構の代表的なものに専門的にはqEクエンチング(*1)と呼ばれる仕組みがあります。これは水中の植物である藻類から陸上植物にいたるまでほとんどの植物に備わっていることがわかっており、環境が変動する中で植物が生き残るために必要な機能であったと考えられています。これまで、光合成反応の中でも、いかに光が集められ、いかに電子が流れ、いかにATPが作られるのか、といった光合成のアクセルに相当する部分のしくみに関してはたくさん研究が行われてきました。しかし、qEクエンチングのように「集めた光エネルギーを逃がす」ブレーキに相当する部分のしくみに関してはまだまだ謎が残されています。今回、従来知られていたものとは全く異なる新たなしくみが見つかりました。

研究グループは、単細胞の植物と言うべき緑藻クラミドモナスの葉緑体の中に生産されるLHCSR1タンパク質に注目しました。細胞に強い光を当てた時にLHCSR3タンパク質が合成されqEクエンチングを引き起こすことは知られていましたが、これとよく似たLHCSR1については、その存在こそ知られていたものの、機能についてはよくわかっていませんでした(LHCSR3タンパク質の詳細は2013年5月28日のプレスリリース「過剰な光エネルギーを消去する実体、光合成タンパク質超複合体を発見」、2016年9月9日のプレスリリース「青色光受容体が光合成にブレーキをかけることを発見」を参照)。そこで、まず通常の人工照明ではなく紫外線を含む照明でクラミドモナスを培養しました。その結果、葉緑体に大量にLHCSR1が蓄積され、qEクエンチングがおこることがわかりました(図1)。

図1.LHCSR1 の蓄積によって qE クエンチングはおこる。
npq4(対照株);npq4/lhcsr1(LHCSR1 欠失株)
A.LHCSR1 の免疫検出。B.ピコ秒蛍光寿命解析(赤:pH5.5, 強光条件相当、青:pH7.5, 弱光条件相当)

qEクエンチングは、クロロフィルの励起状態が急速に減衰する現象ですが、その過程はクロロフィル蛍光が消光(減衰)する過程として解析することができます。研究グループは、ピコ秒領域での蛍光減衰過程の詳細な解析を行いました。その結果明らかになったのは、蛍光の大きな減衰は光化学系Iで起こっていたことでした(図2)。

図2.蛍光の大きな減衰は光化学系 I でおこる。
ΔPSI(光化学系 I 欠損株);ΔPSII(光化学系 II 欠損株);ΔPSI/II(光化学系 I および II 欠損株) A-C.ピコ秒蛍光寿命解析(赤:pH5.5, 強光条件相当、青:pH7.5, 弱光条件相当)、 D.欠損株の免疫検証。ΔPSII のみが光化学系 I(PsaA/B)を保持している。

これまで、qEクエンチングは光化学系IIを取り巻くように存在する集光アンテナ部で起こることがさまざまな研究により明らかとなっています(例えば、2013年5月28日のプレスリリース「過剰な光エネルギーを消去する実体、光合成タンパク質超複合体を発見」を参照)。今回の研究により、「光化学系IIの集光アンテナ部に一度集められた光エネルギーが、LHCSR1によってさらに光化学系Iへと移され、そこで“安全に”使われる(図3)というしくみでもqEクエンチングはおこる」ことがわかりました。紫外線をあてると生産されるタンパク質であるLHCSR1は、光化学系Iから光化学系IIへとエネルギーを橋渡しするタンパク質であるのかもしれません。

図3.今回明らかになった強すぎるエネルギーを逃がす仕組みのモデル図。
弱光条件時、チラコイド膜内腔は中性条件にあります。このとき、集光アンテナがとらえた光エネルギーは光化学系IIに渡され、光化学系IIで電気化学エネルギーに変換されます。強光条件時はチラコイド膜上に大量の電子が流れ、チラコイド膜内腔は酸性条件になります。これによりLHCSR1は活性化され、以後集光アンテナがとらえた光エネルギーは光化学系Iへと渡されることになります。光化学系Iは、そのエネルギーを蛍光を発さず効率よく電気化学エネルギーに変換します。ただし、もともと育った光の成分の中に紫外線成分がない場合にはLHCSR1は発現しないため、このようなことはおこりません。

どちらかと言えば脆弱な光化学系IIに強すぎる光が当たる状況においても、もしLHCSR1さえあれば、その過剰な光エネルギーは光化学系Iへと受け渡され、光化学系Iの反応中心で電気化学エネルギーへと安全に変換されます。光化学系IIよりも光化学系Iの方が変換効率の良い光化学系であることは昔からわかっています。今回発見されたしくみは理にかなったしくみであると言えます。今後は次のような問題にも関心が集まるでしょう。地上には水中よりもむしろ多くの紫外線が降り注ぎます。ところが陸上植物はLHCSR1を持っていません。陸上植物はそれに代わるエネルギーの橋渡しタンパク質があって同様の新しいタイプのqEクエンチングを行っているのでしょうか?もし行っていないとすれば、なぜ行わなくても大丈夫なのでしょうか?まだまだ光合成には謎が残されています。

*1
qEクエンチング:クエンチング(q)とは一般に(火などが)“消える”、(乾きを)“癒やす”などの意味で使われるが、光合成反応においては、光エネルギーを吸収して興奮状態になったクロロフィルが鎮まることを意味する。その際の分子機構の違いにより、qEクエンチング、qTクエンチング、qMクエンチングなどが知られている。qEクエンチングは、光合成装置に電子が流れ葉緑体にエネルギー(E)が与えられたときに生じるフィードバック型のクエンチング。