過剰なエネルギーを消去する光化学系超複合体

自然環境は、自ら活発に動くことが出来ない植物にとって、時として非常に過酷な条件になり得ます。特に、植物が光合成を行うにあたって必要不可欠な光は、自然環境の中でも大きく、そして急激に変化します。このような光の変化の中でも、植物や光合成藻類たちは素早く、そして確実に適応して生き延びています。これまでの研究から、光合成反応の現場である葉緑体の中では、光の変化に応じて、様々な生物反応がダイナミックに展開されていることが分かってきました。その中でも強い光、特に光合成の許容量を超えるような過剰な光から光合成器官を守るために、植物はqEクエンチングと呼ばれる『余分な光エネルギーを消去する』反応を駆動することが分かっています。しかし、このqEクエンチングが『どこで』『どのように』行われているのか、これまで明確にした報告はありませんでした。

研究グループは,単細胞緑藻であるクラミドモナスを用いて,余分な光エネルギーを消去している実体の解明を試みました。最近の研究から、強過ぎる光を安全に消去するqEクエンチング反応には、LHCSRと呼ばれるタンパク質が深く関与することが分かってきました。本研究では、緑藻へ強い光を当て続け(図1)、qEクエンチングを駆動している細胞から、光エネルギーを消去する実体を捕えることに成功しました(図2)。それは、光合成反応の基幹部であるPSII-LHCIIと呼ばれるタンパク質複合体にLHCSRタンパク質が結合したPSII-LHCII-LHCSR超複合体であり、精製した超複合体を用いた試験管内での活性測定においても、実際の細胞内での反応と同様にpHの変化により、光エネルギーを消去することを発見しました。

光は、植物や藻類が行う光合成反応に必須の物質です。一方で、光合成反応に使う以上の光(強い光)は、光合成の基幹部(PSIIタンパク質複合体)を破壊し、細胞へ深刻なダメージを与える危険性があります。そこで、このような強い光の一部は、qEクエンチング反応により安全に熱エネルギーに変換され、消去されます。緑藻クラミドモナスでは、LHCSRと呼ばれるタンパク質が、qEクエンチングに関与すると考えられていますが、これまで細胞内のどこでqEクエンチングが起きているのかは分かっていませんでした。今回の研究により、強光照射中の緑藻では、葉緑体中のチラコイド膜上に存在するPSII-LHCIIタンパク質複合体にLHCSRタンパク質が結合した巨大なPSII-LHCII-LHCSR超複合体が形成されることが分かりました。さらに、qEクエンチングを引き起こすきっかけである『チラコイド膜内の酸性化』を模して、PSII-LHCII-LHCSRタンパク質超複合体を酸性溶液に入れたところ、照射した光エネルギーが消去されることが判明しました。以上の解析結果から、強光で培養した緑藻から取り出したPSII-LHCII-LHCSRタンパク質超複合体こそが、これまで長らく実体が分からなかったqEクエンチング反応の場であることが明らかになりました。この成果は、初めてqEクエンチングを行うタンパク質超複合体を精製し、その特徴を明らかにしたものです。

今回の研究により、初めてqEクエンチングを行うタンパク質超複合体を捕えることに成功しました。今後はこの技術を用い、緑藻だけではなく、地球上に繁栄している陸上の高等植物や水中の様々な光合成藻類が、どのようなqEクエンチング装置を備えているのかを明らかにし、強光防御装置の進化を解き明かすことが可能になるでしょう。また、qEクエンチング超複合体の詳細な解析を進めることで、光エネルギーの消去、つまりエネルギー損失の過程を明らかにし、より効率的に光エネルギーを利用可能な光合成生物の創成につながるものと期待されます。

図 2. 細胞から取り出した超複合体による qE クエンチングの仕組み