生き物が命をつなぐ仕組みを解き明かす

研究テーマ:
ショウジョウバエにおける生殖細胞形成機構

基礎生物学研究所 発生遺伝学研究部門 教授
総合研究大学院大学 生命科学研究科 基礎生物学専攻 教授
小林 悟

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次世代へ命をつなぐ特殊な能力を持つ生殖細胞。そこには生命の連続をめぐるさまざまな謎が隠されている。小林は大学院生時代、その形成に関わる意外な物質を突き止め、世界を驚かせた。以来、一貫して生殖細胞をテーマに研究を重ねている。「定説を覆すことほど嬉しいことはない」という積極的な研究姿勢を支えているものとは?

生殖細胞の研究とは
どんな生き物も、子孫を残すための生殖細胞を持っている。人間で言えば、精子や卵のもととなる細胞だ。それは、父と母から受け継いだDNAを乗せ、生命の連続を司る。これまで、地球上の生き物は命を途切れなくつなぐために生殖細胞にさまざまな仕掛けを作ってきた。小林はショウジョウバエを使って、その仕組みを解き明かそうとしている。

10万匹のハエとの生活
ハエの生殖細胞形成のメカニズムを探る研究を始めたのは、大学院生時代。この分野の先駆者としてアメリカから帰国したばかりの岡田益吉先生との出会いがきっかけだった。ショウジョウバエは、突然変異を利用して遺伝子の働きを知ることができるため、今ではマウスやメダカなどと並んでよく使われているが、当時はマイナーな実験動物だった。しかし、すでに岡田先生が、ハエの卵の後ろ部分に「生殖細胞になれ」と指令を出す物質があることを突き止めており、研究室は「その物質がわかったらすごい仕事になる」という雰囲気に包まれていた。

最初の数年は、研究者というよりも単純作業の繰り返しで丁稚奉公のようだった。ハエの卵の中で生殖細胞が作られる仕組みを解き明かすには、無数の卵が必要。そのため、10万匹のハエを飼い、餌を与え育て、交尾させ、ひたすら卵を集めた。ハエそのものの体長は3ミリ、それが生む卵はたったの0.5ミリだ。肉眼では見えない。

極細のピペットが操作できる特殊な顕微鏡を使い、その極小の卵に様々な物質を注入する技術「マイクロインジェクション」を習得。毎日、10時間以上もひたすら注射し続けた。

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数年の研究の果てに
そして、生殖細胞のもととなる極細胞の形成に関わる物質を調べて行くと「ミトコンドリア」に行き着いた。今でこそミトコンドリアにはさまざまな機能があることが知られているが、その当時、生殖細胞を作る仕組みに関係あるとは誰も思っていなかった。

「ミトコンドリアと分かったときは、もうショックでしたね。頭が真っ白になって放心状態でした。科学雑誌「Science」に発表しても『何かの間違いだ』という意見が世界中からたくさん出ました。でも、自分を信じるしかない。反論に対して、ひとつひとつ、論文を出し続けて、ようやく認められました。ボス(岡田先生)が背中を押してくれたこともあってできたんです。本当に苦労しましたが、その経験が研究者としての土台になった」

父の顕微鏡と研究への想い
長年研究を続けていると幾度かやめてしまおうと真剣に思うときがある。定説を覆すことはリスクを伴う。そんなときは、菌類学者だった父・小林義雄の形見でもある顕微鏡をじっと眺める。

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父は第二次世界大戦中、日本が満州国に建てた博物館に研究員として派遣されていた。そのときに、使っていたのがこの顕微鏡だった。終戦後の混乱の中、満州から日本へ帰る目処も立たない、命の保証すらない中でこっそり顕微鏡をのぞき、研究への情熱をつないでいたという。

「明日死ぬかもしれない状況で研究を続けていた父を思えば、今、自分の置かれている状況なんてたいした事はない。『研究したい』という魂がここにあると思うんです。父がというよりも、これを見て研究への気持ちをつないでいた人がいたんだ、ということがすごい。研究は、踏ん張らないとできない。パッションをどれだけ維持できるかは本当に大事だと思います」

研究のこれから
これまで、ハエで見つけた生殖細胞の仕組みは、マウスやミミズでも共通の部分があることがわかってきた。

最近小林は、水産や医学などさまざまな分野の研究者が集う研究チームに加わった。さまざまな生き物の生殖細胞を比較し、共通点や相違点を明らかにしようという試みだ。

「長い生命の歴史から見ると、体細胞より、生殖細胞の方が中心ですよね。僕たち個体は命を次世代につなぐ生殖細胞の乗り物とも言える。あらゆる生き物は生命を維持するために、巧妙に生殖細胞を作り上げてきた。だから、進化の過程でどう変わってきたのかを知ることは、ものすごく面白い。現段階では、ハエでも未知なことがたくさんあるので、自分が生きている間には到底わからないでしょうけど、それにつながる研究が進められたら楽しいですよね」

種を超えて、生命の維持という壮大な謎に迫ろうとしている。


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熱中!プラモデル作り
研究の合間の息抜きはプラモデル作り。小さいころから手先が器用で根っから細かい作業が好きなのだ。飽きることなく何時間でも没頭できる。この才能なしにはマイクロインジェクションは習得できなかったかも?!
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人生のブレイクスルーは剣道
今の姿からは想像できないが、なんと小さい頃は、不登校児。体が弱く勉強もぱっとしなかったそうだ。しかし、高校で人生が180度転換。「カッコいいと憧れて入った剣道部で、血尿や熱が出るほどしごかれました。でも、その後の人生でそれ以上つらいことはなかったですね(笑)研究の苦労も乗り越えられた。なぜか研究室も体育会系の学生が集まってきます」

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研究室はこんなところ〜メンバーより
元気な研究室です。面白い事をやりたいというのが一貫していて、自由度が高いですね。逆に言えば、統制がとれていないのかもしれませんが(笑)。でも、自分で考える余地がないと研究者にはなれないので、その意味ではすごく鍛えられますよ。

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編集後記
冷静に論理を組み立てて語る人、と思っていたら、同時にエネルギッシュで情熱的な人でもある。インタビューの間、口をついて出てきたのは「楽しい」「面白い」「嬉しい」。高校に出前授業に行くのは「サイエンスって面白いと思ってほしいから」、研究者をめざす学生を育てるのは「それぞれの個性を掘り出すのが楽しいから」。どんなことも楽しむパワーと熱意に元気をもらいました!(取材: 鈴木和歌奈)

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