植物学者 塚谷裕一の
調査旅行記

マダガスカル調査(2000年12月-2001年1月)

 2000年12月から2001年年初にかけての調査の中心地は、マダガスカルでした。マダガスカルというと、皆さん思い浮かべられるのは、多分、バオバブかアイアイ、キツネザル、ホシガメ、あるいはカメレオンといった動植物でしょう。そういったものがイメージさせるのは、マダガスカルのキャッチフレーズ、「太古の島」であろうと思います。しかし実際はというと、これは驚くほど荒廃した大地でした(ちなみに島と言っても大きく、日本列島よりも広い面積の国です)。調査期間中には何度か、マダガスカルを飛行機で斜めに横切る機会がありました。その眼下に広がっていたのは、隅々まで焼き尽くされた赤土の大地だったのです。遠目に辛うじて残っているかのように見える緑は、植林されたユーカリ林ばかり。ユーカリ林は、ちょうど日本の杉林のようなもので、他の動植物を受け付けない極めて排他的な空間を作ります。地元では、アレルギー患者も出始めているとのことでした。聞くところによれば、現在ではすでに、全森林の95%が破壊されているとのことです。

Madagascar1 マダガスカルの赤土の大地

 そんなわけで、目的とするストレプトカーパスは、岩山の頂上近くや自然保護区などに、ぽつぽつと残っているだけで、容易なことでは見つかりませんでした。そもそも、自生地にたどり着くまでが大変です。行けども行けども赤土の焼け野原なのですから。それでもロゼット状になる種、低木になる種、葉を1枚しか作らない種、等々、マダガスカルで多様化した形態は、ほぼ一通り確認することができました。また葉の形態形成を研究している私にとって、ストレプトカーパスとは別に今回、レースソウの自生地を調査できたのは、大変幸運でした。レースソウもマダガスカルの固有種。葉にアポトーシスのような現象が起き、穴だらけになる(レース状になるので、この名前があります)変わった植物です(写真)。持ち帰った植物は、幸いうちの培養室で育ち始めましたので、どうぞご興味のある方はお出でください。まだやっと穴が空きはじめたところですが。

Madagascar2 レースソウ

 ところでマダガスカルは、文化的にもずいぶん変わったところです。アフリカの土地なのに、多数派住民はアジア・マレー系の民族。彼らは漂流の間にもとの文化を失ったのか、ほとんど空白状態からスタートしたようです。そこへフランスによる植民地政策が入り、そうして撤退した後、現代に至っているという次第。人々はマレー系の顔立ちですが、本来あったはずの熟達した手工芸技術を持っていません。反面見事な焼き色の、立派なフランスパンが沢山売られています。それも、東南アジアの市場にありがちな、ごみごみとした路地裏の地べたでです。フランスパンは生活に完全に定着していて、歩きながら囓っている姿もよく見かけましたし、中華料理の店に行ってさえ当然のようにフランスパンが供されます。どんな田舎に行っても、日本の地方ではまだ手に入らないくらいの、ちゃんとしたフランスパンを売っていました。味もしっかりしています。なお、今回初めてワニの肉のソテーを食べる機会がありました。しっかりと弾力のある白身魚という感じで、なかなかおいしいものです。観光で行かれるような機会がありましたら、どうぞお試し下さい。お勧めします。もっとも野外では、川で逆にワニに食べられてしまう事故があるそうですので、そちらはどうぞご注意を。

Madagascar4 Madagascar3
ディディエラの樹            バオバブと共に

(2001年2月14日)