ヒト
上野 直人
上野 直人
UENO, Naoto
基礎生物学研究所 形態形成研究部門 教授
総合研究大学院大学 生命科学研究科 基礎生物学専攻 教授

1957年東京生まれ。
1979年筑波大学農林学類卒業、1984年筑波大学大学院農学研究科博士課程修了。1984年ソーク研究所研究員、1989年筑波大学応用生物化学系講師、1993年北海道大学薬学部教授を経て、1997年より基礎生物学研究所教授。
さまざまなモデル生物を使って生き物の形づくりの謎に迫る

動物の初期胚の発生メカニズム

私たちの体は、もともとはたった1つの細胞、つまり受精卵からスタートしている。お母さんのお腹の中で、受精卵が分裂を繰り返し、1年近くかけて赤ちゃんの形になる。1つの丸い細胞がどうやって人間の形になるのか、改めて考えるととても不思議だ。上野研究室では、あらゆるモデル動物を使って、生き物の体づくりに共通するしくみを探っている。ただし、上野が発生学に興味をもちだしたのはポスドク時代。そこに至るまでの過程は研究者人生の基盤になっている。学生時代から振り返ってもらった。

無謀な学生、世界一流チームへ

筑波大学の学部時代は農芸化学を専攻し、卒業後は食品メーカーへの就職を考えていたという上野。研究者の道を志すようになったのは、村上和雄教授(現・筑波大学名誉教授)の研究室に入ったのがきっかけだった。当時、村上研究室は血圧調節ホルモンであるレニンを脳下垂体から単離することに成功し、さらに、ヒト・レニン遺伝子の塩基配列を世界に先駆けて決定した。朝早くから3万5千頭もの牛の脳下垂体の皮をむいたり、ハーバード大学やパスツール研究所という強豪を相手に一気呵成に立ち向かっていく当時の様子は、村上教授の数々の著書に書かれている。上野はその中のメンバーの1人だった。

Salk.jpg 大学院を出る頃、「自分の手で新しいホルモンを見つけたい」という思いが強くなっていった。上野は『ノーベル賞の決闘』(ニコラス・ロイド著、岩波書店)を読み、主人公の1人であるロジャー・ギルマンのラボに興味をもった。ギルマンのいる米国カリフォルニア州のソーク研究所は、多くのノーベル賞受賞者を輩出しており、青い空と海に映える洗練された建築様式も魅力で、世界中の多くの生命科学系研究者の憧れである。そこで働きたいと思ってもそう叶うものではないが、上野は村上教授に留学を打診してもらい、ギルマンのラボに行く道を切り開いた。 村上教授には「なんて無謀な学生だろう」と思われていたそうだが、上野にとってソーク研究所での経験は何物にもかえがたいものになった。
「研究所内にノーベル賞受賞者たちがふつうにいて、ディスカッションをしたり、ランチで一緒になったりする。そういう世界で研究できたこと自体が幸せでした。まさに高校球児にとっての甲子園のような場所ですね」

Roger_Guillemin.jpg ソーク研究所にいた4年間で、上野らは卵胞刺激ホルモンの分泌を調節するインヒビンとアクチビン、そして細胞増殖因子であるFGF1とFGF2の精製・構造決定を成し遂げた。
「中でも印象に残っているのは、インヒビンの研究ですね。ギルマンの弟子であるワイリー・ベールは、力があり自分で研究費を取れるので、ギルマンから独立して自分のラボをつくりました。 こうして同じ研究所内で2つのラボが、インヒビンの精製・構造決定を巡る激しいレースを始めたのです。相手チームの会話から進捗具合を探ったり、帰るときに相手の車が駐車場に止まっていると『まだ研究しているのか』と引き返したり。一番苦しい時期ではありましたが、非常にエキサイティングな日々でした」

“物質”から“生命現象”へ

FGFやアクチビンに似た分子が、生物の発生に重要な役割をしていることがわかってきたのをきっかけに、発生学に興味をもつようになった。それまで内分泌学の立場からホルモンや酵素を物質として見てきたが、それが生き物の形づくりというダイナミックな生命現象に関わっているという知見は、上野に新たな扉を開かせた。
「カエルの卵がなぜカエルのなるのか。そんなこと考えたこともありませんでしたが、あんなに単純な形をしたものがどうやって複雑な形になるのだろうと、改めてその不思議さに気づきました。それでやっと生命現象に興味をもつようになったのです。その点は小さい頃からの生き物好きが多い基生研の他の研究者とは違うところですね(笑)」

egg.jpg  1988年、筑波大学に戻り、アフリカツメガエルの初期発生に関する研究を始めた。まず、カエルの初期胚で発現している細胞増殖因子の1つであるBMPという遺伝子に注目した。BMPは骨形成を促す分子として知られていたが、カエルの初期胚では背腹を決める大事な因子であり、さらに、腹側で神経ができないようにするシグナルを伝えていることもわかった。その後、北海道大学薬学部に移ってから、BMPのシグナル伝達機構を調べ、ますますBMPが初期発生において重要な役割をしていることがわかっていった。

サンゴの産卵のメカニズムを探る

1997年に基生研に来てからは、アフリカツメツメガエルのほか、ショウジョウバエ、線虫、ホヤ、マウス、ゼブラフィッシュと、扱う動物がどんどん増えていき、基生研内では「上野動物園」と呼ばれている。アメリカのチームとの共同研究ではイヌも対象にしており、パグやブルドックの鼻がどうして短いのかを遺伝子レベルで解明しようとしている。また、細胞の変形や物理的な力が、結果的に組織の構築にどう影響しているのかといった、マクロな視点からも生き物の体づくりを調べている。

そして最近、上野研究室にサンゴが新たに加わった。サンゴは夏の満月の夜に一斉に卵を生む。産卵のタイミングを決める要因として、水温や潮の満ち引き、満月の光など、さまざまなことが考えられるがまだわかっていない。
「しかも、サンゴは褐虫藻(カッチュウソウ)という藻類が共生しています。もしかしたら褐虫藻が産卵の指令を出しているかもしれません。変わりゆく環境の中、さらに共生という相互関係をもちながら、サンゴはどのように反応しているのか。挑戦的なテーマですが、非常に面白いと思います」
ちなみにサンゴは沖縄の海に採取しに行く。水族館も併設されつつある上野研究室は、今後ますます進化していきそうだ。
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週末はテニスとロードバイク
bicycle.JPG 土曜の夜にテニスをして、日曜の朝からお昼にかけて自転車で山を登るのがオフの過ごし方。ロードバイクで長いときは6時間くらいかけて山を登るという。「坂道を上っていると人生に似ているなって思うんですよ。苦しいけど頑張っていればいつかは頂上に着ける。最初の頃は大変でしたけど、慣れてきてだいぶ楽になりましたし、努力や継続は大切だなと実感しますね」
 
研究室はこんなところ~研究室メンバーより~
 仕事するときは仕事する、遊ぶときは遊ぶ、そういう研究室ですね。また、上野先生は研究会にいろんな人たちを集めてオーガナイズするのがとてもうまく、共同研究が生まれる場をつくってくれます。僕たちもそのような研究会に連れていってもらえるので、人脈が広げられ、研究の幅も広がり、ありがたい環境だと思います。
研究室ホームページ: https://www.nibb.ac.jp/morphgen/

編集後記
取材後に『ノーベル賞の決闘』を読みました。1977年にノーベル生理学医学賞を受賞したロジャー・ギルマンとアンドルー・シャリーによるすさまじい研究競争を描いたドキュメンタリーで、ものすごく面白かったです。でも、この本を読んでまさか実際にギルマンの研究室に入ってしまうなんて、取材時の上野先生の穏やかなイメージとは裏腹に、その行動力と度胸に改めて感嘆しました!(取材:秦 千里)
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コンテンツ

  1. 研究者インタビュー(10)
  2. 研究者の視線(7)

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